御出でよ! アヤカシ荘へ!

@Butler_3737

御出でよ! 九尾さん!!

 今は夏。サンサンと照る太陽に照らされて、汗がほとばしる美少女が一人。

何を隠そう、遠野とおの 縁ゆかり。私の事である。

「なんて……言ってみたりして……」

熱さで思考がやられたのか、小説の冒頭の様な言葉が頭を過る。


猛暑の中、長袖を着ている私は、

端から見れば頭がおかしいと思う。

いや、自分でも頭おかしいと思っている。


でも、そうせざるを得ない事情があるならどうだろうか?

いや……頭がおかしいだろう。


「Q.そもそも、何故私は歩いているのか。

 A.自転車が壊れたから……Q.E.D」

本来なら、自転車で清々しく帰路についていた筈だが、

途中でうんともすんとも言わなくなってしまった。

一応引けることは引けるのだが……ペダルを漕いでも進みやしない。

空回りという意味を体で感じたのは初めてだ。


「きっと、妖怪の仕業ね。そうなのね……」

壊れた自転車の責任を昔流行った歌でごまかしながら、

ポタポタとあふれる汗を拭うと、バランスを崩しそうになる。

慌ててハンドルを掴んで態勢を整えた。


「おっとっと……自転車って、乗ってるときは良いけど、

 降りてるときはかなり邪魔だよね。

 これを、”使った後の折り畳み傘理論”と称すのはどうだろうか」

便利なモノは等しく使用後には不便になるもの。

これはきっと社会的ホニャララの陰謀に違いない。


あぁ。こんな無様な思考も、

自転車に乗れさえすれば鼻歌交じりに一蹴出来るのに。

自転車は良い。走って風を感じている時、

風もまた私を感じているのだ。


「だぁぁあああ!! まずい! このままでは!!」

私は命を燃やし、急いで家に帰る事にした。

家にさえ帰る事が出来れば私は生き返る事が出来る。


陸上選手さながらのスピードかつ、体があまり揺れないように

私は自宅であるアパートへと向かう。


火事場のなんとやらか……思ったよりも早く着いた。

アヤカシ荘とか書かれた木札を横目にスルーして、

私は家のドアを開ける。


すると、中から冷え冷えとした冷気が、

私の体を包んでいった。

(助かった! 私は……助かったんだ!!)

大げさだろうか。少し涙が滲んでいる。

でも、それほどに……長く苦しい戦いかえりみちだった。

「ただいま~!」

勝者の凱旋よろしく、大声で帰宅を告げると、

奥から、長身色白の美女が あらわれた!


「お帰り縁」

美女は妖艶な微笑みで私を見つめる。

きっと彼女なら国を傾ける悪女に慣れる素質が……


「邪念。変な事考えてない?」

「な、何でもないよ……はは。

 いやぁ外暑いね~…さすが夏だよぉ」

(なぜばれた……? 私のポーカーフェイスは完璧だったはず)


少しだけ戦慄と寒気を覚えたが、それは断じてこの冷気の所為ではないと思いたい。

私の体から普通の汗と冷汗が同時に出ている気がする。

区別付けられるのかは分からないけど……。


彼女は、ボタボタと雫が地面に落ちる様を見かねたのか、

心配そうに私に声をかけて来た。

「それにしても凄い汗ねぇ……冷やしてあげましょうか?」

「是非に。それはもうがっつりとお願いします」

「フフッ、なにそれ」

そして笑いながら私に向けて両手を広げた彼女に迷わずダイブする。

すると、体が冷気で冷やされていった。


それは寒すぎず、弱すぎない絶妙な冷え加減。

汗はやがて掃滅され、私の不快感が消えていく。


「あ~……気持ちいい……ひんやりする。

 ありがとう、雪華」

にへらとお礼を言うと、彼女は私を強く抱きしめた。


流石、夏に抱きしめられたいランキング上位(自作)に入るだけある。

今更ながら、このお方は雪華。種族は雪女である。

訳あって、一緒に住むことになった同居人だ。


彼女の周りには冷気が漂っているので,

暑い日はこうして抱き合う事も少なくない。

……向こうに何かメリットはあるのだろうか。

ふと、疑問がよぎる私を、雪華の声が邪魔した。


「ん? 貴女なんかお腹膨らんでない?」

「なぬ? 無礼な。貴様はこの私が太ったと申すのか!」

それは聞き捨てならない。

私は先程まで、頑張って運動していたのだから少しは痩せているはずだ。

それに……代々私の家系は食べても太らない様に

体の作りがうんぬんかんぬん……

「なんで武士っぽいのよ。

 違うでしょ? あなた何抱えてるの?」

(はて……? 抱えているとな……?)


お腹に手を当ててみると、

私発祥ではない確かな膨らみがそこにある。


「あぁ! そうだった、この子が怪我してたから拾ってきたの」

どうやら熱さは私の記憶すら奪っていったらしい。

考えてみれば、私が長袖を着る事になった理由がこれだった。


自転車で帰路についていた途中、

道端に倒れていた狐を見つけた。

怪我していたし、放置することもできない。

家の方が近いし、そこで治療しようと思ったのだ。


しかし、問題が二つ。

一つ目は自転車が壊れた事。

二つ目は狐をどう運ぶか。


まぁ、自転車は引いていくしかない。

そして、生憎カゴが無いタイプの自転車だったから、

長袖を着てその中に保護することにした。

スカートに入れるわけにもいかないでしょう……?


「とまぁ、そんな次第でございます」

「成程ねぇ……それにしても狐……

 こんな所にいるなんて珍しいわ」

「考えるのは後でしょ。

 雪華、救急箱取ってきてくれない?

 動物用の奴ね!」

「はいはい。分かってるわよ」

怪我の具合を見ながら、必要な物を頭に浮かべる。

そんなに酷い怪我ではないし、持ち前の知識でもなんとかなりそうだ。


とりあえず、お風呂に入って体を清めてから、

雪華が持ってきた救急箱を開いて治療を始める。


「しかし貴女も色んなもの拾ってくるわよねぇ……」

「怪我を見ちゃうと……放置はできないでしょ?」

「お節介者ね、まぁそこが好きなんだけど」

雪華が何か言っているが、治療に夢中で上手く聞き取れない。

まぁ今は怪我を治すのが優先だろう。


「よし、治療終わり!」

慣れているとはいえ本職ではないので、

会話を止めて専念しなければいけなかったが、

何とか、時間を掛けて治療は終了した。

幸いな事に狐は暴れなかったし、何ならぐっすりと眠っている。

その安らかな顔に、愛着と安心感が湧いてきた。


「ぐっすり眠ってるわね」

「寝顔が可愛いなぁ……」

少し撫でてやれば、もぞもぞと動く狐に、

私達は笑みを浮かべる。


「明日になったら念のため動物病院に連れて行きましょうか」

「そうだねぇ……お腹空いた……」

「あれだけ集中していれば無理もないでしょう?

 ご飯温めといたから、食べましょう?」

「流石私の雪華! スパダリ! 結婚した!」

「聞き飽きた文言ね。そもそもダーリンなの?」

「細かい事は気にしない気にしない。スパダリ彼女は存在しまぁす!」

遅い夕食をいただいて、明日の日程を決める。

暫く保護する可能性を考えると、ペット用品も必要かな。


そんな感じで準備を済ませた私は、

布団に潜って眠りについた。

狐を枕元に置いて。


「んん…もう朝かぁ…」

気付いたら朝だった。

夢も見ずにぐっすりと寝られたのは恐らく、

自転車というウェイトを課して有酸素運動をしたご褒美なのだろうか。


(とりあえず……あの子を病院に連れていかなくちゃね)

もう少し寝ていたい欲を押しとどめながら大きく伸びをしていると、

「う~ん……」と聞きなれない声が聞こえた。



「ん?……」

それは、どうやら私の布団の中から聞こえている。

恐る恐る目を向けてみると、可愛らしい女の子が私に添い寝をしていた。

一糸纏わぬ姿で。


(え!? この人だれ!?)

昨日の記憶は……ある。

私は何もしていない。無実だ。

だが、この現状は何だろうか。


チュンチュンと、鳥の鳴き声が聞こえる。

なぜ、鳥は朝に鳴くのだろう。

それは否だ。朝以外にも鳴いている。

私達が、その事実を理解していないだけなのだ……。


現実逃避していた思考を彼女の身じろぎや、

寝ぼけている声が引き戻す。


(あっ、可愛い……じゃなくって……、

 とりあえず状況を整理しよう)

目が覚めるとそこには、可愛い女の子が居ました。

いつ潜り込んできたんだろうね。

私ってば、モテモテだなぁハッハッハ……。


「違う。これは由々しき事態ですよ。

 ……とりあえず雪華に見られたらマズいのはわかる……

 早く何とかしなくt」

「由香里~おはよ……う……?」


(見……見られた…)

あぁ、神様。もう少し猶予をくれても良かったんじゃない?


「えっと……これはですねぇ」

言い訳を考えようとしたが、その前に牽制の声がかかる。

「縁さん? そのお方はどなたでしょうか?」

「いや……それが私にもわからなくて……」

「そうなの……」

雪華は普段敬語を使う事は無い。

では、どのタイミングで使うのか。

推して死ぬべしだ。


「朝ごはん出来ているわよ? 冷凍卵焼きが」

めっちゃ怒ってらっしゃる。


彼女の得意料理。並びに特異料理の一つである冷凍シリーズ。

それは、怒り状態の時に出来上がる代物である。

カチカチで歯を犠牲にする覚悟が無ければ完食は難しいだろう。

だが、味は悪くない。寧ろ美味しい。

味をちゃんと調えてくれているのは、

彼女が見せる一片の温情なのかもしれない。冷たいけど。


でも、待って欲しい。私にも言い分がある。

「いや……雪華、さん? ……少しお話を聞いてくれないかな?」

「あら、お話なら、ご飯食べてからゆっくりしましょうね?」

「いやぁ……はは。それじゃ手遅れになるんですよ」

主にお腹が。

いや、まぁ夏だし、逆にありかな。

うん。変わり種アイスと思えば行けるか……?


「なんて……雪華も分かってるでしょ?

 そんな暇無かったじゃん」


実際の所、雪華のそれはフリだ。

そもそも、昨日夜遅くまで一緒に居た時点で、

私の罪はない。


「浮気現場を目撃した妻を演じてみたかったのよね。

 どうだった?」

「怖かったですよ。えぇ。肝が冷えました。

 そもそも、この現状に今も冷えてますけどね」


(そもそも、浮気現場って……、

付き合ってるわけでもあるまいし……)

と、口に出すと不機嫌になるから心の内に仕舞っておくとして……


この子について話をしようと思った矢先……

「う、う~ん……ハッ!?」

「あ、起きた」

私の目覚めを刺激的にした犯人が目を覚ました。



「おはようございます、縁さん、雪華さん」

「え?どうして私たちの名前知ってるの?」

起きた彼女にとりあえず服を着せると、

彼女は正座をしながら私達にお辞儀をした。


「あなたは一体誰? そんな恰好で縁の布団に入り込むなんて……

 私ですらやったことないのに!」

「いやあんたにやられたら凍死するわ!」

急なボケに内なる突っ込み魂が爆発した。

実際、雪華抱き枕は私の体調どころか、

命の灯火にまで影響しそうなのでご遠慮願いたい。


「ゴホンっ……申し遅れました、私は月音、九尾の狐です」

「九尾……ってあの?」

「妖怪の”亜人”ねぇ……どおりで……」

雪華は納得したように頷いた。

流石、切り替えが早い。

さて、ここまで情報が揃えば私だってわかる。


「昨日の狐ちゃんかぁ……」

確かに、昨日狐が居た所に狐の姿は無い。

また私は妖怪を拾ってきたのか……

「はい、この度は怪我を治療していただき誠にありがとうございます」

彼女はまた、深々とお礼をした。



とりあえず、月音と名乗る少女を楽な姿勢にさせて、

話を聞いてみたが、状況はこうだ。


この町の山奥に住んでいた月音は仲間の狐達と過ごしていたらしい。

だが、妖怪と普通の狐では勝手が違う。

狐達と馴染む事が出来なかった少女は山奥から追い出され……、

その時に怪我してしまい、衰弱して化身も出来ず、

倒れている所を私が拾った、と。


「つくづく妖怪と”縁”が多いわね……縁は」

「ん~…確かに? 名は体を表す的な……?

 まぁでも、元気になってよかったよ」

私の事は置いといて、月音に声を掛けると、

「はい! 助けていただいてありがとうございます」

気持ちの良い返事をしてくれた。

(良い子だね。)

「で? あなたはこれからどうするつもりなの?」

雪華が月音に向かって問いかける。

それもそうか……今、彼女は住む所が無い。


「そうですね……どうしましょう……住処からは追い出されてしまいましたし……」

「あなた九尾なんだから奪い返せばいいじゃない?」

「……私、暴力はちょっと苦手で……使えるものなんてこの狐火くらいしか……」

月音の指先に小さな灯りが出現する。

彼女らしいと言うべきか、かなり慎ましい。

この灯火では何も出来ないだろう。


「すごく気の弱い子ね……どうする?」

雪華の問いに待ってましたと口元を緩める。

実際、話を聞いた時から既に決めていたし、

それを分かっているのか、彼女もやれやれといった表情だ。


「じゃ、ここに住む?」

「え?」

月音は、私の言葉に一瞬止まり、勢いよく両手を振った。

「そ……そんな恐れ多いです! ただでさえ助けてもらったのにその上住処までなんて!」

「そんなこと言ってもさ。このままじゃ色々困るでしょ?」

「えっと……あの……」

どうしていいのか分からないだろうけど、

ここに貴女の意見を覆せるような味方はいない。

……なんか悪役っぽいな……?


さて置いて、雪華に助けを求める彼女。

だが、それは悪手だった。


「いいんじゃない? 住んでも」

「雪華さん!?」

「私だってこの家に住まわせてもらってるし」

そう。彼女は既にこちら側だ。

残念だったね、月音。


「それに……縁は一度決めたことって曲げないもの」

「そう、私は既に決めた! 月音はここの住民だということを!

 これは覆る事は絶対に…………無いっ!!」

「でも私妖怪……亜人ですよ!? 怖いんですよ!?」

「いやぁ……そんなこと言われてもねぇ……」

今更過ぎるとしか言いようが無くない?

ここにどんだけ妖怪が住んでいると……。

いや、この子は知らないのか。

「というかなんで妖怪って言われて全く動じないんですかあなたは!」

仕方ない。怪我人にあまり心労を負わせるのも本位じゃないけど……、

彼女にとって残酷な事実を話す時が来たらしい。


「それはまぁ…もうすでに妖怪がここに住んでいるから…かな?」

「え……?」

一瞬、彼女の動きは、また止まった。

戦場なら命取りだろう。

そして、目を見開いてバッと雪華の方を見た。


「あれ? 気付かなかった? 私……雪女よ?」

「えええええええ!?」

おぉう……騒音トラブルになりそうな大声。

「その反応を見ると知らなかったっぽいね」

冷気とか色々と察せる状況はあっただろうけど、

そもそも、彼女はずっと寝ていた。

知らないのも無理はなかったかぁ……。


「妖怪を従えている人間……まさか陰陽師!?」

「なわけあるかい!……ハッ、やるな!?」

また、急に飛んできたボールに突っ込んでしまった。

陰陽師とか……漫画やアニメじゃあるまいし。

そんな人が居るわけないじゃん?……多分。


「……ゴホン。私は自分の意思でここに住んでいるわ」

「そ……そうなんですね……」

さあ、もう後がないぞ?

どうする月音……!


「で、ここに住む?」

「でも……」

「あら。まだ何かあるの?」

「私が入ったことで家賃とか大変なことになるのでは……?」

家賃かぁ……良い着眼点だ。

しかし、私には無効である。


「何だ…そんなことね。

 お金のことなら心配ないわよ?」

雪華が私の代わりにネタバラシした。


「だってここ、この子のアパートだし」

「え?」

「どうも、美少女オーナー縁です。

 こんごとも よろしく」

「えぇ……?」


彼女は優しい。

迷惑を掛けないかどうか、役に立てるかどうか。

そればかりを考えて、自分の意見を潰している気がする。

「月音はどうしたいの?」

「私は……」

「迷惑とか気にしなくて良い。

 まずは、貴女がどうしたいか。でしょ?」


月音が目を潤ませて、呟くように声を出した。

「ここに……ここに、住みたい、です。

 こんなに優しくて……暖かいのは初めてでした……。

 この暖かさを知ってしまったら…もう失いたくないです……」

ポロポロと涙を零しながら、申し訳なさそうに。

「独りになるのは……嫌です……」

「うん」

彼女の涙を拭ってあげて、私は一つ頷く。


なら決定だ。お決まりのセリフを彼女に掛けた。

「なら御出でよ、九尾の狐の月音さん」

「はい……はいっ! よろしくお願いします!」

「うむ、よろしい」


こうして一人? このアパートに家族が増えました。

私の日常は更に賑やかになりそうです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

御出でよ! アヤカシ荘へ! @Butler_3737

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る