独白 ──ある少年と友の日常──

四月朔日燈里

私と友とラベリング

 物書きにとって、額面通りにしか物事を感じ取れないというのはどれだけの欠点なのだろうか。


 私は、所謂『バカ舌』だ。

 どんな料理でも、味自体ではなく情報を味わっている。

 私にとって、米は米であるし、パンはパンであるし、ステーキはステーキであるのだ。


 別に、素材が異なっていれば、味の違いを理解することはできる。

 白米ではなく玄米にしたり、白パンから黒パンにしたり、牛ではなく豚にしたりすれば、私は間違いなく差を感じられる。

 だから、味覚障害というわけではない。


 けれど、わからないのだ。

 今日の米はいつもより少し良い米にしてみたと言われても。

 このパンはバターの配合が他と違うと言われても。

 このステーキは特殊な隠し包丁を入れてあると言われても。

 全くわからないのだ。


 それは、当に物事をラベリングするように。

 名前を付けて、情報を書き込んで。

 中身あじを見ずに、決めつけてしまうように。

 私は、情報りょうり得てたべてしまうのだ。


 そんなことを一度、友人に相談してみたことがある。

 高校からの帰り道。

 若干曇りがかった空の下、冷え始めた夕方の空気の中で。


 困っているというほど深刻ではないけれど、少し不便だとは思っている。

 なんて言い訳のように添えながら。


 そうして帰ってきた言葉は、私にとって考え付かないようなものだった。



 ────そりゃお前、味を気にしてないからだろ。



 『はい?』と思わず聞き返せば、彼は溜息を吐いてわけを話す。

 彼が言うには、『何を食べても美味しいというから』だそうだ。


 いや、全然意味が理解できないのだけれど。

 そう二の句を継ぐ前に、友人はより深く解説してくれた。



 なんでも、私は味に頓着することがないらしい。

 どれだけ賞賛されたものでも、どれだけ批判されたものでも、必ずと言ってよいほど『美味しい』という。

 食べ残すことも、後から文句を言うこともない。

 だから、その言葉が嘘ではないと知ったとき大層気味が悪かったとも。


 確かに、言われてみれば私は好き嫌いというものがない。

 食べ物の体さえとっていれば、焦げていたって食べる。

 

 そして、友人は私に向けて人差し指を突き付け、まとめるようにこう言った。


 

 ────お前は、『許容範囲』が広すぎるんだ。

 味覚だけじゃない。あらゆる面で、全てを許しすぎてしまう。だから、何も頓着しないし感心しないんだ。



 と。

 そう言われて、今までの疑問がすとんと腑に落ちた。


 ああ、なるほど。

 そうだったのか。

 だから、わからないのか。


 脳裏に過ぎったのは、親や周囲の大人の声。

 『良いから、そうしなさい』と口々に責め立てる声。


 そうして私は、無自覚に心の内を溢した。



 ────だって、そうしろって言われてきたから。



 気付いた時には、もう遅かった。

 私が溢した言葉は音となって彼の耳に入ってしまったし、それを聞いた彼は足を止めてしまった。


 やらかした。

 そう思って、私は焦りながら友人に謝った。

 何故なら、今の発言は彼の考えに文句を言ったことと殆ど変わらないからだ。

 相談に乗ってほしいといったのは私であるのだから、私が彼の考えを否定していいわけがないのだ。


 が、彼はそんな私の様子を見て噴き出した。

 また、私はよくわからなくって間抜けな声を出す。

 どこにも笑う要素なんてなかっただろうに。


 肩を震わせる友人と、慌てふためく私。

 ある程度笑いが引いたらしい彼は、再び歩み出すと前にいた私の背をばちりと叩いた。



 ────別にそれくらいじゃ怒んないって。

 ずっと昔から一緒なんだから、それくらい分かるよ。

 お前の好きなようにするのが一番だろ。



 呆ける私を置いて、彼はすたすたと歩いていく。

 そうして、振り返って私の名前を呼ぶのだ。

 早く来ないと置いていくぞ、と付け加えて。


 

 ────もう置いていってるだろ!



 私は彼の背を追って駆け出した。


 友人────否、親友は十数年来の付き合いである。

 保育園から小学校、中学校、そして現在まで。

 一時も離れることはなく、ずっと一緒にいるのだ。


 だから、彼は私以上に私を理解している。

 理解してくれている。

 他の何者でもない『私』自身を。


 そして、私はそんな彼を心から好んでいる。

 

 もし、彼が同じように私に相談するとしよう。

 そのとき、私は絶対に彼のように悩みに答えるし、彼のように励ますだろう。


 否定も、肯定もせず、ただ事実だけを述べて。

 彼自身に在り方を決めさせるだろう。


 だって、私は彼の親友であるのだから。

 彼という存在を歪めようとはしないのだ。






 物書きにとって、額面通りにしか物事を感じ取れないというのはどれだけの欠点なのだろうか。

 恐らく、数え切れないほどの不利益があるはずだ。


 けれど、私は今日も『私』のまま言の葉を紡ぐ。

 『私』を許しながら。

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