虹光の聖堂

とある街の外れ

ダウンタウンの喧騒から一歩引いた場所

寂れた路地の先


ひときわ異質な聖堂が、静かに佇んでいる。


いつからそこに存在していたのか

それすら解らない。


ただ、印象派の絵画で見たような荘厳な造りが、この建物のえも言えぬ寂寥感を引き立てている。


印象派の画家は、光を描くことに心血を注いだそうだ。


いつだったか、そんなことを聞いたことがある。

私も、確かめたくなった。


中は教会のような造りになっていた。

中央には祭壇と、その横に大きなパイプオルガンがあり、そこへ繋がるように真紅のカーペットが真っ直ぐに敷かれている。


両端を埋めるように列をなして並べられている

ウォールナットの長椅子に主人はおらず、

埃っぽい堂内には張り詰めたような静寂が満ちている。


ふと上を見上げ、思わず息を呑んだ。


天井に造られた虹色のステンドグラスに外の光が優しく差し込み、部屋の中に充満した埃に色がつき、まるで虹色の光のように私に向かって降り注いでいた。


次の瞬間、私は何かを思い出したように真紅のカーペットを駆ける。汗がじんわりと全身を包み、感情が全身を伝って指先まで迫ってくるのが解る。


木製の椅子に座り、白鍵と黒鍵に手をかける。


この胸の高鳴りを忘れないように。

私は私の人生のすべてを賭けて、音を奏でた。


奏で続けた。


東方の雅楽、高山地帯の民族舞踊、祝いの歌。


私が旅先で出会った数多くの愛しい思い出と

往く先々出会った様々な感情。

その全てを鍵盤にぶつけた。


時間を忘れて、食べることも、眠ることさえも忘れて、無我夢中で音を奏で続けた。

指先からは血が流れ、体を包んでいた汗は止まることを知らない。それでも私は動き続ける手を止めることはできなかった。


日が沈み、日が昇り、そんな繰り返しを三回続けた朝

私は音を奏でる手を止めた。


虹色の朝日が、カーペットに差し込んでいる。


私の目からも、一筋の涙が溢れた。

ゆっくりとその光の輪の中に歩みを進める

そこで、ようやく分かった。


ステンドグラスを突き抜けて、天使たちが私の頭上に舞い降りてくる。

私の背中には翼が生え、そのまま空へと羽ばたいた。


この悠久の出会いに、心から感謝を。


ありがとう


そして、さようなら。


虹光の聖堂、そこは魂の流れ着く先。

いつからとも解らぬほど、そこにある。


(2024 10月22日 とある絵画を見て)

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