第三章 強敵との対峙

 どこからともなく鶏の甲高い鳴き声が聞こえ、俺は重いまぶたを開ける。

 昨夜の宴を終えた後、俺たちは約束通りに空き家を一軒譲ってもらった。こちらの家も大部屋一つしかなかったので、埃被った床の上に藁布団を敷き、三人並んで眠りについた。

 この家にも窓はなかったが、板張りの壁は所々に穴が空いており、粘土での補強もなされていない。朝日の光が呆気なく家の中に侵入し、寝ぼけ目を容赦なく眩ませる。

 少しずつ眠気が覚めていくとともに、パサパサと何かが擦れる音が聞こえてきた。二日酔いでよろめきながら立ち上がり、あたりを見渡してみる。すると、すでに起きていたバトラーさんが、埃被っていた床を箒で掃いてくれていた。


「おはようございます、バトラーさん」


 ふらついた足でバトラーさんのもとへ向かい、挨拶する。バトラーさんはいつもの柔和な笑みを浮かべ、挨拶を返した。特にふらついたりしていないあたり、どうやらバトラーさんは酒にめっぽう強いほうらしい。

 掃除を肩代わりしようとしたが、バトラーさんに遠慮されてしまう。そして、別のことを俺に頼んだ。


「朝食を食べたら来てほしいと、マスコロさんから伝言を預かっています。手伝ってもらいたい村の仕事があるそうです。肉体労働が多くなるので、私は来ないでほしいと止められてしまいまして。すみませんが、代わりにお願いしてもよろしいですかな?」


 俺は了解し、手早くパンを数口だけ食べ、外へ出る支度を始めた。

 タキシードの上に毛皮のコートを羽織ったままだったので、まだローラがむにゃむにゃと眠っているうちに、モグリーさんからお下がりでもらった布の服に着替える。そして、留守をしてくれるバトラーさんに一礼し、ローラを置いて一足先にマスコロさんのもとへ向かった。


 晴天の中、マスコロさんは外にいた。パグを含むほかの男たちも一緒だった。みんなして飲んだくれた後だからか、アルコールの臭いがあたりに充満している。


「思いのほか起きるのが早かったな。それじゃあ、作業分担するぞ」


 マスコロさんの指揮のもと、俺たちは早速仕事に取りかかった。


 バトラーさんが言っていたとおり、俺たちがやる仕事は、井戸の水汲みや木こりといった力仕事が主だった。村の女性たちはどこにいるんだとパグに訊いたところ、畑仕事をやっているとのことだ。

 すぐにでもローラを起こしに行こうかと提言したが、そこまでしなくてもいいとマスコロさんが遠慮する。パグはあからさまに不服そうな顔をしていた。


 つりそうになる腕をほぐしながら、黙々と木こりの仕事をこなしていく。少しして、俺たちの家からようやくローラが姿を見せた。同じ布の服に着替え、大きな寝ぐせをそのままにし、慌ただしく畑のほうへ駆けていった。

 課せられたぶんの木こりが終わり、水桶運びや森の食材探しをしていた人たちも手助けする。昼になる前におおよその仕事が片付くと、マスコロさんは「お前さんのおかげでずいぶんと楽ができた」と褒めてくれた。長年執事を務めていたからか、こういった雑務には慣れてしまったのかもしれない。


 男たちが休憩に入る中、マスコロさんとパグが、せっかくだからと俺を畑に案内してくれた。畑に到着したとき、酒とは違った臭いが鼻をついた。

 程なくして、それらが家畜の糞と体臭によるものと知る。畑のすぐ隣では、鶏や山羊を柵に囲って飼育していた。動物の糞は畑の肥料になるから、飼育も同時に行っているのは合理的だなと納得した。


 日常的に行う畑仕事は、主に雑草抜きとのことだ。女性たちが横並びになって屈み、大麦の苗に沿って雑草や害虫を取り除いていた。

 女性たちが手際よく作業を進めていく中、露骨に作業が遅れている女が一人いた。案の定ローラだ。執事だった俺と違い、ローラは国政の勉学ばかりしていたので、仕方ないと言えば仕方ない。


「やーっぱり出遅れてんなあ、お嬢ちゃん。代わってやってもいいんだぞ?」


 またもうきうきになって、ローラをからかいに行くパグ。ローラはお静かになさいと怒鳴っていたが、俺も心配になってそばに行くと、今度は羞恥で頬を染め始めた。


「普段から俺みたいに雑務をやっていたわけじゃないんだから、仕方ないだろ。これから覚えていけばいい。終わるまでそばで応援するから、頑張れ」


 俺が励ますと、ローラは「わかってるわよ」と言い、ぷいとそっぽを向いた。


 寛容な女性たちの声援も受けながら、ローラも十五分ばかり遅れて完遂する。その後、へとへとになって地べたに倒れ込んでしまったので、俺はローラを家まで運ぶことにした。両手で抱え上げたら顔を真っ赤にして拒絶されたので、仕方なくおんぶで抱えた。

 家に着き、壁にもたれかかるようにローラを座らせる。次に、バトラーさんと協力して、迅速に布切れと水入りコップを用意した。先に水を飲ませ、汗だくになった顔を布切れで拭くと、しばらくしてようやくローラは息を整え始めた。


「悔しいー。これじゃあただの足手まといじゃない、私」


 布切れを受け取って自分で汗を拭きながら、ローラは不機嫌そうに呟く。すると、玄関のほうから笑い声が聞こえてきたので、俺たちはそちらに注目した。どうやら、パグも俺たちの家までついて来ていたようだ。


「お嬢ちゃん、やっぱりその口調が素だよなあ。昨日のお偉いさんみてえな口調、どうも似合わなくて気に食わなかったんだよな」


 パグの言葉に思わず失笑し、それを見たローラはまたも赤面してしまう。今にも殴りかかってきそうだったので、俺はどうどうと落ち着かせながら弁明した。


「パグはよそよそしいって言いたいんだよ。俺たちはもう村の一員で仲間なんだから、社交辞令なんてする必要はないだろ?」


 その通りだと言わんばかりに、パグもうんうんとうなずく。ローラは羞恥に駆られながらも、殴りかかるのを止め、しぶしぶ納得してくれた。


 大麦以外に野菜の栽培もしているらしく、そちらの畑もローラが休憩している間に女性たちが手早く終わらせてしまった。ほかにも家畜の世話や糞の回収があるが、当面は畑の雑草抜きを最後までやり遂げるのがローラの目標となった。

 森で木の実拾いをしていた子供たちも、かごいっぱいの収穫ととも戻ってくる。村仕事がおおよそ片付いたところで、ちょうど良く昼を迎えた。マスコロさんたちにパプリカを支給してもらうと、俺たちはパグとも別れて帰宅し、藁の円座に腰かけ、残っているパンと一緒に食した。

 城の食卓で出された肉料理やワインが恋しくならないかと、不安になってちらとローラを盗み見る。ローラは愚痴どころか不機嫌そうな態度すら見せることなく、小さな口でパプリカにがぶりとかじりついていた。相当な覚悟で城から逃亡したというのに、食事ひとつで不平不満を言うわけがないかと、俺は心の中で密かに反省した。


「食事が終わりましたら、早速演劇の企画を始めるのですかな?」


 先に食べ終えたバトラーさんが、パプリカの種を小皿に入れながらローラに尋ねる。ローラはこくりとうなずいて答えた。


「ええ。私とアスームの二人でやるから、おじいは遠慮せず休んでいてちょうだい」


 かしこまりましたと返事し、バトラーさんはぴんと人差し指を立てて言う。


「でしたら、マスコロさんたちに知識共有でもしてみますかな。上手くいけば、食材をもっと幅広くこしらえられるようになるかもしれません」


 俺たちに会釈すると、バトラーさんはゆったりとした足取りで家を出ていった。遅れて俺たちも食事を終え、城で作った台本の数々を巾着袋から引っ張り出し、早速選出を始める。

 どれが良いかとローラに尋ねてみたところ、すでに心に決めている台本があるようだった。


「最初の公演は『敗走』にしたいわ。それ以外考えてない」


 昨夜みんなに演技を見せたときの受けが良かったからだろうか。ローラの相当な入れ込みように、下手すると自己陶酔に浸っているのではないかと、俺は思わず不安になる。

 だが、ローラが述べた理由を聞き、その提案が深く練られたものであると知った。


「劇場の常連客からすれば、私たちなんて、ぽっと出の自惚れた凡人の集いくらいにしか見ていないわ。だからこそ、ただの凡人ではないって思い知らせるほどの強烈なインパクトを与える必要があるの」

「だから、陰鬱な『敗走』をあえて選ぶのか」

「そうよ。主演は言うまでもなく私とあなた。私たちの演技で、どれだけ観客を魅入らせられるかにかかっているわ。あと、物語の世界観に浸らせるための演出作りも大事」


 俺は感心するとともに、ローラを軽んずるような想像をしてしまったことを悔いた。


「いきなりしょげちゃって、どうしたのよ?」

「いや、すまん。お前がここまでいろいろと考えていたとは思わなくて」

「……それってもしかして、深く考えてないって思ってたってこと?」


 図星を突かれて思わず目が泳いでしまい、俺はローラに思いきりすねを蹴られた。


 ローラの提案にはおおむね賛成だったが、一点だけ、子供たちの観客層は考慮しないのかと確認した。曰く、今回は考慮しないらしい。あくまで観客たちを思い知らせることに全力を費やすとのことだった。

 台本が決まったところで、次は予算組みだ。一から台本を読み直しながら、役者が何人必要か、どういった衣装や道具が必要となるかを想定し、羽ペンでメモする。ほかにも板を一枚借り、そこに衣装のデザインを描くことで、必要な材料は何かも確認していった。

 必要なものを調べ終えたところで、それを基におおよその予算を算出する。これを基に、公演のチケット料金も判断していくこととなる。しばらく金に困ることはないとはいえ、支出に見合う収入を得られなければ意味がない。


 予算の算出まで終えたころには、外は夕暮れを迎えて紅色の光を落としていた。あとは城下町に向かい、劇場の予約と材料の調達をするのみとなる。裏方のキャスティングを詳細に決めるうえで、舞台の下見もする必要もあるだろう。

 ひとまず今日は作業を中断し、散らばった台本やメモを二人がかりで束ねていく。お互いの体がぶつかりかけたとき、ローラが飛び跳ねるように俺から距離を取り始めたので、俺は怪訝に思った。


「その、近くの川で水浴びしてくるから、おじいが戻ってきたらそう伝えてちょうだい」


 片づけが終わるや否や、ローラが替えの服と布を片手に、そそくさと玄関に向かいながら俺に言う。どうやら、ただ汗の臭いを気にしていただけだったようだ。


 留守番をしながら二人を待っていると、先にバトラーさんが戻ってきた。曰く、山羊を飼育しているならと、チーズの作りかたをマスコロさんたちに教えてきたらしい。俺も以前に、山羊の胃袋にミルクを入れておくと、凝結してチーズになるという話を聞いたことがある。山羊を飼育しているこの村なら、確かに同じ方法での製造は可能だろう。

 遅れて、ローラが水浴びを終えて帰宅してきた。ちょうど、夕食の準備をしているモグリーさんの手伝いに行こうとしていたところだったので、俺たちは三人で外へ出た。


 今日の夕食は、大麦で作ったおかゆだ。モグリーさんが村のかまどで全員分作ってくれていたので、俺たちは陶器の皿に取り分け、村人たちに配っていった。最後に、俺たちとマスコロさん一家のぶんを取り、外で立ち話をしながら熱々のおかゆを平らげた。

 夕日も落ちきってすっかり暗くなったところで、マスコロさんたちと別れて帰宅する。水桶に溜まった水をコップですくって飲み、歯を磨いた後、俺たちは外で水をかけながら皿とコップを洗う。

 食器の片づけまで終えたところで、俺たちは藁布団を敷いて横になり、泥のように眠った。筋肉痛と疲れが酷くなっていた今、何よりも休息を欲していた。


 夜が明け、畑のほうから聞こえる鶏の声で再び目を覚ます。壁の穴から漏れる朝日の光を受けながら立ち上がると、程なくしてローラも眠たげながら起床した。そしてバトラーさんはというと、やはり一足先に起きて部屋の清掃に勤しんでいた。

 朝食を済ませ、ローラと一緒に外へ出て、ほかの村人たちと一緒にマスコロさんのもとへ向かう。そして、村の仕事を始める前に、演劇の件で昼に城下町へ向かうと伝えた。

 マスコロさんの了解を得た直後、突然パグや村人たちから、稽古とかはしないのかと詰問を受けた。どうやら、みんなも同じく演劇を心待ちにしているらしい。


「もうすぐ準備が終わるから、あと数日だけ待って。まだ詳細のスケジュールは伝えられないけど、おそらく毎日三時間はみんなで稽古をすることになるわ」


 ローラからそう説明すると、パグたちは快く返事を返してくれた。


 ローラや女性たちと別れ、俺たち男組は作業を開始する。俺は今回、パグから鹿狩りについて教えてもらうこととなった。森は鹿にとって格好の住処らしく、探せば数匹ばかりは見つけられるらしい。

 弓を貸してもらい、俺たちは森に入って鹿探しに没頭する。一時間ほどさまよい、ようやく一匹の鹿を発見したが、照準が合わずに矢が外れてしまい、逃げられてしまう。

 さらに一時間歩いてまた別の鹿を見つけ、今度は慎重に弓を射て命中させる。「鹿狩りも早く慣れちまうかもしれねえな」と、パグからお褒めの言葉を頂けた。


 仕留めた鹿を村に持ち帰ったところ、マスコロさんやほかの男たちからも称賛された。マスコロさんが慣れた手つきで鹿をさばき、塩漬けにして貯蔵庫に保存する。次の祝い事まで鹿肉はお預けとなったので、「絶対に演劇を成功させねえと」と、パグは躍起になっていた。

 ほかの仕事も落ち着き、昼を迎える。パグと一緒にローラの様子を見に行くと、またもばてて地べたに倒れ込み、女性たちに介抱されていた。だが、女性たちの話を聞くに、今日は畑仕事を最後までやり遂げたらしい。その頑張りに免じてか、パグもからかうのをよしてくれた。


 ようやく仕事がひと段落つき、へばったままのローラをおんぶして帰宅する。バトラーさんを交えて昼食を取った後、俺とローラは交代で水浴びをして汗を流し、新たな服に着替えた。

 ちなみにこの服も、バトラーさんが洗濯をして用意してくれたものだ。俺たちが仕事で手が回らない間に、バトラーさんが家事を一通りこなしてくれていたので、ありがたい限りだった。

 身支度まで済んだところで、俺たちは予定どおり劇場へ向かう旨をマスコロさんに伝える。寒さに備えて毛皮のコートやブーツを身に着け、早速ブライダル城下町へ出発した。


 俺たちが向かおうとしている劇場は、名をジオカーレ劇場という。ブライダル城下町の上層に建てられており、よく貴族たちが芸術家たちの公演を鑑賞しに訪れる。

 そして、フローラ大陸における芸術を重んじる考えは、ジオカーレ劇場にも色濃く根付いている。つまり、芸術家としての実力さえ認められれば、庶民であろうと劇場の立ち入りが許されるのだ。


 いずれ俺たちもそうなると自らを奮い立たせながら、数時間ほどの徒歩を経てジオカーレ劇場に到着する。ブライダル城下町唯一の劇場なだけあって、劇場の周りは大勢の観客たちで賑わっていた。公演が控えているのか、観客だけでなく芸術家たちが出入りしている様子も窺えた。

 入口の前にある掲示板には、公演スケジュールのほかに、ここを訪れる芸術家たちの宣伝ポスターも貼られている。その中でも特に際立っていたのが、バレエグループ・ダンザのポスターだった。

 バレエグループ・ダンザは、このジオカーレ劇場において、ナンバーワンの地位を確立している団体だ。ブライダル王国代表として何年もアテナに出場しており、「舞踏といえばダンザ」と言わしめるほど、世界各国でも高く評価されている。ジオカーレ劇場の舞台に立つということは、これらの強敵と競争していかなければならないということなのだ。


「見てちょうだい、ドブネズミが紛れ込んでいるわ」

「また思い上がってのこのことやって来たんでしょうね。一流たちの公演の時間を奪われて、いい迷惑よ」


 ダンザのポスターを遠くから眺めていたところ、周囲の者たちに失笑されてしまう。俺たちはそれらを無視し、看板の案内を頼りに、エントランスを横切って裏口のほうへと向かった。

 裏口の道は劇場スタッフや芸術家たちしか立ち寄らないからか、騒然としていたエントランスと違い、しんと静まり返っていた。壁掛けランプのみが灯る中、絨毯の敷かれた廊下を渡り、公演者用の窓口へと向かう。


 窓口カウンターの前には、二人組が先に並んでいるようだった。ちょうどスタッフとの話が終わったらしく、その二人組がくるりと振り返り、思いがけず目が合う。

 一人は、派手やかなプールポワンを着た小太りの男だった。人を見下しているかのような目つきからも、性根の悪そうな人柄が窺える。

 そしてもう一人は、縮れた赤い長髪が印象的な女性だった。隣の男と違い、こちらは控えめなデザインのドレスを着ていて、どことなくお淑やかな印象を受けた。


「またドブネズミが現れたか!」


 俺たちが通り過ぎようとした途端、男は俺たちを指差し、声高らかに嘲笑し始めた。振り向いて睨むローラに構わず、男は罵倒を続ける。


「いやはや、こいつは傑作だ。君たちはどのようなおままごとをなさるのですかな? 君たちのような身のほど知らずが大金をはたいて公演を開き、無様に恥を晒して消えていく様を、私はこれまで何度も目にしてきた。そのような滑稽な姿を、今回も期待してもいいのですかな?」


 不愉快極まりなかったが、男は確かに敗北者たちを多く見てきたのだろう。一流の芸術があれば庶民でも認められるとはいえ、その道は決して楽なものではない。生半可な芸を披露しようものなら、最期まで生き恥を晒していくことになる。そうして、侮蔑に耐えられず自害した者たちがいると、俺もローラから教えてもらったことがある。

 一つため息を吐き、俺は赤毛の女性に視線を移す。意外なことに、女性のほうは俺たちを嘲笑う気がないようだった。申し訳なさそうにうつむく女性をよそに、男は下品な笑いを止めることなく言う。


「おお、さすがはチーノ。我らがダンザのエース。このようなクズどもにまで謙虚でいられるとは、器も大したものだな。だが、ドブネズミに頭を下げる必要などないであろう? おぬしは堂々としておればいいのだよ」


 俺とローラは息を呑み、互いに目を合わせた。この二人が、かの有名なバレエグループの重鎮たちなのだと理解した。

 そして、どうやらローラの闘争心に火がついたらしい。再び男に目を向け、ローラは次に含み笑いを浮かべ始める。


「何も言い返せんのか、このクズどもは? 舞台に立つ前からこの体たらくでは、まるで我々の相手にはならんなあ?」


 煽り続けてくる男に対し、ローラは笑みをそのままに口を開いた。


「正直、安心しましたわ。ジオカーレ劇場のナンバーワンがこのような小物ならば、ここでのし上がるのもさぞかし容易なのでしょうね」

「……何だと?」


 青筋を立てる男に指を突きつけ、ローラは堂々と言葉を続ける。


「見ていなさい。近いうちに、あなたがたが独占するジオカーレ劇場での地位と人気を、私たちローリエ劇団が根こそぎ奪ってみせるわ。いずれナンバーワンになる劇団の名を覚えて帰ることね」


 ローラと男は、無言のまましばらく睨み合っていた。先に痺れを切らした男が、露骨にぺっと唾を吐き、俺たちを横目に睨みながら立ち去る。赤毛の女性は俺たちに一礼し、急いで男の後を追っていった。

 バトラーさんがいつものようにほっほっと笑いながら、ローラに言う。


「もう後には退けなくなりましたな。ナンバーワンの者たちを相手に、ここまで大口を叩かれたのですから」


 ローラは舌をちろっと出して、いたずらっぽく笑った。つくづくおてんばな姫君だと、俺は鼻でため息をつきながら苦笑いした。

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