第3話
太陽が優しく私を照らしてくれる。今日は快晴、絶好の山菜狩り日和だ。昨日は薬草採集の後、アイツにピクニックへ連行されてしまったため放置状態になってしまっていたが今日でその遅れ分を取り返したいと思う。今日はアイツは…
「(キョロキョロ)」
いない。珍しいこともあるもんだと思ったがむしろ好都合である。
「(アイツに遭遇する前に出発しよう。)」
迅速に荷物をまとめ、今日の目的を再確認する。場所は昨日の薬草採取と同じ山。今日の狙いは3つ、香草、キノコ、ツクシだ。昨日の夜、母さんが「明日はスープを作りたいな…。」とぼやいていたので娘として一肌脱いでやる所存である。
「それじゃあ行くか、母さん行ってきまーす。」
「気をつけて行ってきなさいよー!最近は山で熊を頻繁に見かけるらしいから…。」
「大丈夫、分かってるってー。」
頻繁に見かけると言っても週に一回程度と低頻度である。私の母は心配性で事あるごとにお節介を焼いてくる。正直鬱陶しいと感じてしまうこともあるが愛情の裏返しとして受け入れている。
「本当に大丈夫かしら…はぁ…。」
母の囁きを尻目に私は山菜狩りに向かった。
ー3時間後ー
「一通り集め終えたかな?」
私の手元にはずっしりと山菜の入った籠があった。狼の発見報告に怯えた村の人たちが山に入らなくなっていたらしく手付かずの山菜だらけだった。
「(早く山菜狩りを終えられて、山菜もいっぱい集められたし超ラッキー。早く家に帰って母さんに褒めてもらおー。)」
今日の夕飯に思いを馳せウキウキで帰ろうと思った次の瞬間、森の雰囲気が一変していることに気づいた。さっきまで聞こえていた鳥たちの鳴き声がピタリとやんでいる。不気味に感じ周りに対する警戒心が自然に高まっていく。木が生い茂る音、風に揺られる雑草、微かに振動する大地…。振動する大地…?
「(バッ!)」
勢いよく後ろを振り返ると猛然と私目掛けて走ってくる一頭のクマが視界に入る。
「は…?」
思考が空白になり、唖然と熊が走って近づいてくるのを見届けてしまう。そうしている間にも熊と私との距離は徐々に詰まっていく。
「(ま、まずい、まずい、まずい!ど、どうしよう。取り敢えず熊から逃げなきゃ!でも背中を見せて逃げるのは逆効果だって村の猟師たちが言ってた。な、ならどうすれば…。)」
考えを張り巡らせるが、緊迫した状態で良案が浮かぶわけもなく何の手も打てずいると…。
「フシュー、フシュー…。」
ヨダレを垂らしながら興奮した熊が私の前に立っていた。
「(目、目を合わさないようにしないと…。)」
熊は私の近くに顔を寄せ匂いを嗅いでくる。
「(怖ぇぇぇ…。は、早く終われぇぇ…。)」
目をギュッとつむり熊が私から離れるのを待つ。熊は私の周りを一通り確認すると、幸いにもすぐに私を襲ってくるのではなく、側にあった山菜に気を取られていた。
「(よ、良かったぁ…。でもこの状況、いつ襲われてもおかしくない。山菜に気を取られてる今のうちにここから離脱しよう。)」
ゆっくり、ゆっくりと熊に気取られないように後退していく。20mほど離れたが今だに熊には気づかれていない。
「(い、いい感じ!この調子で行けば…!)」
バキッ!
手を置いた場所にあった小枝が小気味良い音を立てて折れた。瞬間、熊の顔がこちらに向き直る。
「(や、ヤバい!)」
私は猟師の忠告を忘れて走り出した。迫る熊の足音を背中で感じながら、それでも全力で走る。
「(こんな事になるなら母さんの忠告をしっかり聴いておけば良かった、私のバカ…。)」
後悔してももう遅いと分かりつつも自身の考えの浅さを呪わずにはいられない。
熊の足音は先程よりも近づき、より鮮明に振動が伝わってくる。もう後数秒もしたら私は追いつかれるだろう。
「(もう少しアイツに優しくしてあげてもよかったかもな…。)」
走馬灯のように記憶がフラッシュバックしていく。記憶の中の私は彼にキツく当たってばかりだったので、もし次があったら優しくしてあげるのもいいかもしれない。
さらに足音が近づいたのを感じ、後ろを振り返ると腕を大きく振り翳している熊の姿があった。
「(あ…、死ぬ…。)」
完全に自身の死を悟った瞬間
「大丈夫かい!?」
正真正銘の勇者がそこにはいた。
勇者な君と私〜彼を遠ざけるたった一つの冴えた策略〜 @m4gokoro
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