第7話 王立学園




「それではオリーシャ様、お気をつけて」


 そう言って私を見送るリアは、笑いを堪え切れきれずに体を震わせていた。


 何故彼女が笑っているのかというと、私のやらかしに対する笑いだ。

 しかし、私としてもそこに不快感はない。友達が軽くやらかしてちょっとややこしいことになったのを面白がっているようなものといえば伝わるだろうか。


 そしてそれは、あれから二年間で積み上げてきたリアとの信頼関係が、貴族の子女とその侍女としてはおかしくとも私たちにとっては良好なものであることを物語っていた。

 ただ、そのやらかし自体はここ最近の私の悩みの種そのものだったのだが。




 自分がオリーシャ・フォン・ヘヴラウであるということを受け入れられているという事実に気づかされてから二年が経ち、私は十四歳という王立学園に入学する年齢に到達していた。


 それまでのことは、色々あったようで特に何もなかったといった感じだ。

 私は家に籠り、ついにはニレッダ男爵に魔法を教えることもなかった。その代わりに色々としたこともあるのだが、今は割愛させてもらおう。


 リアとはそれ以前よりもはるかに親密になり、ここ一年くらいは常に私の傍に置いていた。

 その距離感は貴族の子女とその侍女というよりは友達といった方が適切なもので、自業自得だが家で割と孤立している私にとって貴重な相手だったことは語るまでもないだろう。


 王立学園のことも前向きに捉えており、同世代の気が合う友達というものに飢え始めていた私は、王立学園へ入学することをかなり楽しみにしていた。

 ……二か月前までは。


「……はあ」


 現在は、入学式を一週間後に控え、つい先ほど王都までようやく辿り着いたといったところだ。


 たった今リアに見送られながら王立学園へと足を踏み入れ、気分的には心機一転、今後の学園生活に向けて気合いを入れたいところである。

 だが、そんな中で私は、不自然なほど私に集められている周囲の視線に思わずため息をついてしまっていた。

 そしてその視線は単一的なものではなく、好意的なものから嫌悪を向けてくるものまで様々である。いっそ思いっきり嫌われる方がまだマシなレベルで様々な感情が込められているその視線こそが、私の気分を重くしている原因というわけだ。




 その理由は、私の魔法遺伝子に関する知識がもたらすものではなく、三か月ほど前に受けた入学試験が原因だ。


 王立学園は『学問の前には皆平等であるべきだ』という考えから、身分問わず門を開いているし、学内でも本来の身分の差は撤廃される。

 だが、その思想は本物である上に学問の前に平等というスタンスは徹底されているのだが、身分の差の撤廃というのは素直に頷けないところだった。

 確かに「本来の身分差に関係なく生徒を扱っている」という文言に噓偽りはないのだが、嘘偽りがないだけで、概ね学内での扱いは本来の身分と同様に扱われているのだ。




 その屁理屈とでもいうべき構造の正体は、入学試験のシステムにある。


 王立学園の入学試験では、九科目ある試験の中から三科目を選択し、その合計点数で合否を判断するというシステムを採用している。

 これは王立学園の教育システムにも帰着する話で、王立学園では共通科目や必修科目といった授業はなく、生徒一人一人が自分に必要な知識やスキルに応じて自由に授業を選択することができるという四年制の学園となっている。

 そのため入学してくる生徒に求めるものもそれらに応じた事前に習得している知識を求めるもので、入学試験にもそういったものを測れるシステムを採用しているのだ。


 そしてその中の一つに、貴族としての教養を問われる科目がある。

 それは、言葉遣いやマナーといった社交の場に置いて必要なスキルや領地を治めたり官僚として働く際に必要な知識を問われる科目となっており、難易度は比較的……いや、貴族として幼少期からそういった知識を教わってきた者にとっては他の科目と比べ物にならないほど簡単なものだ。


 なので、貴族の受験生でこの科目を選択しない人はいない。

 もちろん私のようにそういったことを切り捨ててわがままに生きる貴族の子息子女も少しはいるが、ここは国内でもトップクラスの人間を教育するための学び舎なので、そういった人たちではまず入学することができないのだ。


 そして当然、いくら簡単といってもそういったことを学ぶことがない平民には全くわからない科目だ。

 なので、暗黙の了解として、貴族はこの科目を選択し、平民は選択しないというルールのようなものが出来上がっている。




 そしてここからが学園側の言い分でもあるのだが、その科目を受けた生徒───つまり貴族の子息子女は、学内においても『そういった授業』を選択する可能性が高いという理由でその授業の際に必要なものが揃っている寮へと入れているのだ。


 これが俗に貴族寮と呼ばれているのだが、まあ通常の平民寮に比べて明らかに優遇されている。

 もちろん、実際にその言い分を呑み込めるくらいには『そういった授業』に様々なものを要するので、問題はない。

 もっといえば、現実的に考えてちゃんと貴族と平民を区別して扱った方が問題が少ないのも事実なので、その理由が吞み込めなかったとしても文句をいう意味はないだろう。


 それでも文句をいう人はいるにはいるのだが、今したいのはそういった話ではない。

 つまり、私がいいたいのは、そのルールを破ってしまった愚か者がいるということだ。

 当然、私である。




 だが言い訳をさせてほしい。


 私は、この事件が広まるまでそういったシステムであるということを知らなかったのだ。

 ……まあ、助言しようとする父やリアの話を拒否して頑なに試験に関する話題を避け続けてきた私の失態でしかないのだが。


 そんなわけで、私としては普通に解けそうな科目を選択して入学試験を受けたに過ぎない。

 具体的には、算術・言語・魔法だ。貴族としての教育を早々に放棄して諦めた私にとっては、その科目はそこに含まれていなかったというだけである。


 ただそんなものは言い訳にしかならず、平民寮に入る貴族がいるという噂は瞬く間に広がっていった。

 そしてそれに対する反応は、本当に様々なものだった。


 学園の意図を理解している者の中でも厳格な人たちからは基本的に非難をされたが、実際学園内の治安は良く警備も行き届いているので、貴族でも学びたいことが別ならば何の問題もないだろうという意見もあった。

 そこから派生して、むしろ貴族寮に入っておきながら『そういった授業』を選択しない人はアウトなのではという議論まで発展したとかいう話もある。

 さらには学園側の意図を理解していない文句をいいたいだけの平民たちからは妙に持ち上げられたし、逆に馬鹿にしているのかと憤慨する人もいた。

 ……という話をリアから聞いた。


 学園側としても何か特別な処置をするわけにもいかず、父と色々話し合ったらしいが、最終的には件の言い分の範囲外に勝手に出て行った私のことは学園の思想通り平等に扱うことしかできないということで話が纏まったらしい。




 そんなこんなで、私は入学前からして色々注目を浴びてしまったのだ。それも、あまりよくない意味で。

 さらにいえば、それに加えて、最初から魔法に関する件で世間から注目されていたということもある。


 私は、ただでさえ注目されるのがあまり好きではない上に友達作りにも困難という状況を前にして、憂鬱にならずにはいられなかった。

 そんな中でも救いがあるとすれば、貴族寮が個室なのに対して平民寮が相部屋であることだ。

 つまり、こんな状況下でも誰か一人は確実に私と接点を持たざるを得なく、もちろんそれが私にとって合う相手でなければ意味はないのだが、運が良ければそこでいい人と───




 なんて、考えていたのだが。


「……まあ、そうだよね。そんな気はしてた」


 我ながら、思わずそんな独り言を呟いてしまうくらいにはショックだったらしい。


 そもそも、父が学園側と色々話し合った上で本当に何も手を打たないなんてことはありえない話だったのだ。

 学園の理念的に私の扱いは変えられないというだけで、文句が出たとしてもねじ伏せられる範囲では何かしているに決まっている。

 そして私の部屋がルームメイト募集中という風になっているのも、そのうちの一つというわけだろう。


 しかしこの件に関して騒ぎ立てても意味はないので、素直に割り当てられた部屋へと入り、先に届けられていた荷物を片付けていく。

 そうして単純作業に勤しんでいるうちに、先ほどまで沈んでいた気分も徐々に晴れてきていた。


(まあ、しばらくすれば落ち着くでしょ)


 入学前に広がった話も、実際学園生活が始まって貴族が平民寮に入るという事態の結果が伴ってくれば、それが日常となって受け入れられていくだろう。……何も問題が起きなければ。

 それに、いつまでもネガティブ思考をしていても仕方がない。それが自分の力ではどうにもならないことならばなおさらだ。




 逆に考えれば、こういう状況だからこそ気軽に私に関わりに行くのが危険だということを利点だと捉えることもできる。


 なぜなら、私に(私にとって嫌な意味で)接触したいと思っている人はこの学園にもいくらでもいるからだ。

 彼らがこんな状況でとりあえず様子を見ているうちに、こちらから話を聞いてくるなというけん制ができれば面倒な話をされることが少なく済むはずである。


 いや、正確にいうのなら、おそらくリアがそうだと判断しているという感じだろうか。

 正直、私に興味があって近づこうとする人に関する話はリアに任せっきりだし、学園内においても何か対策をしていると言っていた。

 特にこの話が出回ってからは、それまでどこか焦燥感のようなものを滲ませていたリアにもどこか余裕のようなものが生まれていた。もっといえばこの状況を楽しんでもいるようだったので、そうではないかと私が勝手に思っているだけなのだが。




 とにかく、まずは平穏に学園生活を送ることだ。

 まずは私が無害であるということをアピールしなければ、私が友人として望むような相手は決して近づいてくることはないだろう。

 むしろ、この時点でコンタクトを取ってくるような輩とは関わらない方がいい。


 そして、学生の本分として学業もこなさなければならない。

 とはいえ、同年代と比べて三倍以上自分という人間と付き合ってきた私にとっては、選択式授業というのはありがたかった。自分に向いている形式のものだけに絞っていけば、単位を取ることはそう難しくないだろう。


 まずはこの二つ。

 特に、面倒だが学園で開催されるイベント系には積極的に顔を出した方がいいかもしれない。


 授業の形式上、人を避けようと思えばいくらでも避けることができる。

 それはつまり、能動的に自分をアピールしていかなければ、自分がどんな人間かということが永遠に理解されないまま、厄介な立ち位置であまり関わらない方がいい『よくわからない』人だと判断され続けるということだ。


 どこまで行っても私が厄介な立ち位置ということは変わらないのだから、『よくわからない』という部分を、前者を覆すほどの利点に変えなければならない。

 この時点でコンタクトを取ってくる輩を避けるべきだというのは、そういうことだ。現時点でも私はその利点というものを持っているが、それは魔法に関する話だ。だから、それを期待して近づいてくる人とは関わらない方がいい。




 こんなこと、自分でも柄ではないとわかっている。


 私は基本的に怠け者だし、おひとり様タイプだ。友達を作るために躍起になるなんて、本音を言えば面倒だしやりたくない。

 それでも、本当に一人というのは寂しいものなのだ。それは日本にいたころに嫌というほど痛感した。


 もちろん生きていくのに困るわけではないし、一人で楽しめることもいくらでもある。むしろ、他の人といるなんて面倒な事の方が多い。それでもやはり、いつかどこかでふと寂しさを感じてしまうのが、人間という厄介な生き物なのだ。

 私は改めて決意を固めると、まずは旅の疲れを癒すべく、思う存分眠りについた。





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ダークファンタジーの現実 @YA07

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