第5話 リアの話


 沈黙の間に考えをまとめていると、再びリアが口を開いた。


「もう良いですか?私のことも大方バレているようですし」

「……ああ、そうだな」


 リアの言葉に父が頷く。

 これは、状況を正確に呑み込めていない私に対して、改めて説明をしてくれるということでいいのだろうか。


「オリーシャ様。お察しの通り、私はかつてニレッダ領にて魔族の態勢が整わないように破壊工作をするのが任務でした」

「……」


 いや、そこまでは全然全くこれっぽっちもお察しできていなかったけど。


「そして、今はオリーシャ様に手を出そうとする者を排除するのが任務です」


 手を出す……って、ニレッダ男爵が「特に何もない」と言った私におかしな話だと言ったのはそういう感じの話だったと。


 だとすると、正式な場で魔法の話を聞いてきたニレッダ男爵は、その排除対象ではない───それこそ、話の流れ的にリアを手放す対価に得た権利というわけだろうか。

 しかし、それでもわからないことはある。


「私ってそんな重要な人じゃなくない?たかが魔法を少し多く使えたくらいで、そんな手を出すとか」

「……はぁ」


 リアがため息をつく。


 主人に対して明らかな無礼行為だが、それをどうこう言う者はいなかった。

 私は身分の差をあまり気にしないからだが、父やニレッダ男爵まで何も言わないということは、やはりリアは何か特別な立場の人間なのだろう。


「それは普段オリーシャ様が言っているでしょう」

「私が?」

「はい。人間と魔族の差はなんですか?」

「それは、魔法の……あー、そういうこと」


 リアの言葉で、私はようやく合点がいった。


 人間と魔族の差は、ゲームの時では魔力の違いだけだった。

 魔族には魔力を帯びた角が生えており、それによって人間とは決定的に魔力量の差が生まれる。

 だが、それだけだ。


 それに対して、この世界ではそれ以外の機能が角に込められていた。

 それは、直感的に自分の使える魔法がわかるというもの。それにより、人間と魔族の間に強烈な優劣関係が生まれていたのだ。


 そこに、なぜか自分の使える魔法を導き出す人間が現れた。もちろん、私のことだ。

 もし、私が他の人に対してもそれを導き出すことができたら。その知識を伝授することができたら。人間と魔族の関係は、大きく変わることになる。


 そしてその知識を得た者は、その新たな世界の中で強い権力を持つことだろう。

 人間が私を欲する理由はこれで十分だ。


 さらにいうと、私は魔族からも狙われていると思われる。

 私は今、彼らにとって最大の脅威と考えられているのはずだ。


 魔族というのは、魔族と人間の違いが角だけであるが故に、その角さえ削り落とすなどの方法で隠ぺいしてしまえば人間社会の中に容易に溶け込むことができる。

 全ての人間を管理することなど不可能だし、実際私たちの領地にも潜んでいる魔族は少なからずいるはずだ。魔族と日常的に交戦していた経験のあるリアが私の警護をしているというのは、そういう理由からなのかもしれない。




 我ながら、思慮不足が過ぎたようだ。

 もっときちんと私の知識がもたらすこの世界に対する影響とかを考えていたら、こんな事態にはならなかったかもしれない。魔法の研究をしていた時期は自暴自棄になっていたとはいえ、もう少し世情に配慮するべきだったと言わざるを得ない。

 周囲の視線と自己認識の問題から目立って注目を浴びたくないと思っていたはずなのに、魔法研究の成果を堂々と発表したのは、大馬鹿者なのか、本当は誰かに構ってほしかったのか。


 ……とはいったものの、私という人間は基本的に超楽観的な人間なので、実際のところはあまり気にしてはいない。


 それよりも勘違いしないで欲しいのは、私がいつも言っているのは人間と魔族などほとんど変わらないのだから争う必要なんてあるのか、という話だということだ。

 実際に大昔は共に暮らしていたらしいし、その影響で言語も通じる。これはゲームの都合で魔族と言葉が通じないのでは盛り上がりに欠けるから無理やりできた設定かと思っていたが、現実となった今では、さっさと戦争なんてやめて仲良く……とまではいかなくとも共存を目指せばいいのにと思わずにはいられなかった。




 そして、そんな私の言葉を代弁するようにリアが話を再開した。


「人間と魔族の差は、角の有無だけです。それだけのことでずっと争ってきました。そして、その差を大きく狭められる存在が現れた。オリーシャ様がその気になれば、数的有利を誇る人間を止める術は魔族にはないでしょう」


 そんなつもりはない、とリアの言葉に反論しようかと思ったが、それは他ならぬリアの言葉によって止められた。

 いや、止められたというよりは、言う必要がなくなっただけだが。


「ですが、オリーシャ様にはそのつもりはないのでしょう。この二年間でよくわかりました」


 リアはそう言って私に微笑むと、今度は父とニレッダ男爵の方を向く。


「ですから私は、これからもオリーシャ様に仕えるつもりです。それが、私のなすべきことだと思うので」


 正直、リアが何を言っているのか私には全くわからなかった。


 どうやら父とニレッダ男爵に何かしらの決意表明をしたようだが、それが意味するところは不明だ。状況的には、二人に釘を刺したといったところだろうか。

 しかし、普通に考えれば彼女は父に雇われている使用人のはずで、まるで同等かそれ以上の位置からの発言にも聞こえるそれは相当違和感の強いものだ。


 そんなリアの言葉に対して、父もニレッダ男爵も何かを考え込むように黙り込んだ。

 リアは彼らを捨て置き、今度は私へと言葉を向ける。


「オリーシャ様。そういうわけで、私はこれからもオリーシャ様の侍女であるただのリアです。今は、それでご容赦ください」

「はあ」


 よくわからないが、これ以上は詮索するなということだろう。

 というかそもそも、リアが暴露をしなければ、私が今行われたリアに関する話を把握することはなかっただろう。そういう意味では、リアがここまで話をしたのは、逆に私に知っておいてほしかったからなのではという考えまで浮かんでくる。


 しかし、私にも釘を刺してくるということは、自分の立場や状況は知っておいてほしくてもそれ以上のことは探られたくないのだろう。

 それ以上のことというのは、自分が何者で、何のために私の侍女という場所に収まっているのかという話だ。

 それをなぜ知られたくないのかはそれが何かを知らないから判断できないが、父やニレッダ男爵はその辺りへの理解がありそうだ。


 とはいえ、詮索をするなと釘を刺された以上とりあえず今はただの私の侍女ということで納得しておこう。


「それじゃ、話はもういいのかな?魔法も教えなくていいってことで」


 少し疲れたので早々に場を切り上げようとすると、リアが淡々とした口調で切り返してきた。


「なるほど。やはり、教えることは可能だということですね」

「……」


 しまった。


 考えてみれば、リアは最初から私が魔法遺伝子に関する知識を他人にも適応できるという前提でずっと話を進めていた。

 それは、私の口から明確に『私の知識が他人にも使えるもの』だと判断できる発言を誘い出すためだったのだろう。

 私はまんまとその作戦に引っかかってしまったわけである。


 それに加えて、リアの追及に少しの間でも沈黙してしまったことが、どんな言葉よりもそれを肯定していることを指し示してしまっていた。

 リアもそのように捉えたようで、私に気を使ってかわけのわからないフォローを入れてくる。


「構いませんよ。そうでなければ、オリーシャ様を護衛する意味がないですから。それを確かめたかっただけです」


 不敬だ不敬。主人を嵌めるとか。

 なんて、負け犬台詞すぎて口にはできないが。


「そういうのはせめて、二人の時に確認してよ……」


 ぽつりと本音を漏らしながら、ニレッダ男爵の方を確認する。

 ニレッダ男爵は何とも言えない表情をしていたが、次に何と言うかは簡単に想像がついた。


「オリーシャ。お前がどうしてその知識を教えたがらないのかはわからねえが、どうしても教えてもらうわけにはいかねえのか?俺が使えそうな魔法だけでいいんだ。どういう知識なのかっつー話までは求めちゃいねえ」

「……」


 私には、好きな嘘と嫌いな嘘がある。

 そもそも無理です、で言い返せていた時は、相手が本当に可能なのか不可能なのかを判断する術がないから、それが嘘かどうかわからない嘘だった。

 だが、今無理ですと言っても、それは明らかな嘘だ。そういった噓は、私の好むところではない。だから、言いたくない。

 とはいえ、先ほども語ったように教えるという選択肢はもっとない。


「今はリアのせいで機嫌が悪いから、また今度話しに来て」


 とりあえず、この場は適当に切り抜けよう。

 そのためにわざと機嫌悪そうにしながら立ち上がる私に対して、呆気にとられる父とニレッダ男爵。

 私はそのまま二人に有無を言わせず客間を後にしたのだが、リアは怯むこともなく当然のように私の後に従った。


「……そのままついてきて」

「はい」


 今は一人になりたい気分だったが、それ以上にリアから聞いておきたいことがいくつかあった。



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