第4話 リアの謎
しかし、私が嫌ですと言ったところで「はいそうですか」とニレッダ男爵が簡単に引き下がってくれるとは思えない。
現に、私の言葉を受けても表情を崩すどころかどこか微笑むような表情まで浮かべている。
……それどころか、笑いを抑えきれなかったかのように突然笑い出した。
「だっはっはっ!それ、俺の言ったとおりだったろ?」
「……オリーシャ。なぜお前はそうなのだ」
「はあ……?」
先程までの空気はどこへやら。いつの間にか、この空間は貴族同士の面会の場から友人たちの集いの場に変わっていたらしい。
「だから俺の方がオリーシャのことをわかってるって言ったじゃねえか。なんたって前までは来るたびにオリーシャの魔法の実験を手伝ってやってたんだからな」
「ふん。父である私の方がわかっているに決まっているだろう」
「だが、今回は俺の勝ちだったぞ?」
言い返すことができないのか。不機嫌にニレッダ男爵を睨みつける父。
よくわからないが、二人は私が来る前に私の反応の予想でもし合っていたのだろう。
どこの世界でも、そういうことはするらしい。
「ねえ、もう話はいいってこと?」
「おっと、そいつはちょいと待ってくれ。確かに断られるだろうとは思ったが、それで引き下がるくらいならわざわざ呼びつけたりしねえだろ?」
「……まあ」
どうやら、当たって欲しくない方の予想も当たってしまったらしい。
ニレッダ男爵はグイっと身体を私の方に寄せると、逃がすまいといった目力を込めて言葉を続けた。
「俺は回りくどいのが苦手でね。だから単刀直入に聞くぜ?どうすればお前はその知識を借りられる?」
「どうって言われても。そもそも、誰かに貸せるようなものじゃないし」
「そう言うなよ。悪いが、こっちも引き下がれねえんだ。俺だけじゃねえ。貴族の連中は全員お前の知識を欲してる。わかるだろ?」
ニレッダ男爵の言葉の意味は、よくわかる。
そもそも、貴族というのは優秀な魔法遺伝子を受け継ぐ者たちのことなのだ。
もちろん、優秀な魔法遺伝子を持つ人が全員貴族なわけではない。だが、貴族は漏れなく優秀な魔法遺伝子を持つ。
そしてそれを使って民を護り導くことが、貴族としての特権と引き換えに生じる義務というわけだ。
尤も、その意味は長い歴史の中で薄れている部分もある。
武力を背景に争うことだけが政治ではないし、貴族として必要な力は他にも多く存在するからだ。
それでも、先天的に明確な力の差を生じさせる魔法遺伝子というのは、ある意味では最も重要な人の上に立つ者の資格といえた。
しかし、そんな背景の中でも魔法に関する研究はあまり発展していない。
その理由は色々とあるが、最も大きな原因は、科学的な技術がないこの世界では魔法遺伝子に関する情報を導くには地道な実験を重ねていくしかないが、優秀な魔法遺伝子を持つ者のほとんどが貴族であり、そんな実験に費やす時間の余裕がないからだろう。
単純な話ではないので一概には言えないが、遺伝子が優秀であれば同じ魔法でも遺伝子が劣悪な者との間に明確な威力の差があり、それだけでも埋めがたい戦力差がつく。
それ故に、遺伝子が優秀であるほど初級の魔法だけでも十分だという状況にもなってしまうのだ。
もちろん、それは中級以降の魔法の習得が困難であるからだ。
少し練習するだけでポンと使えるようになるのなら、誰でもそうするに決まっている。
それでも、魔法遺伝子の複雑な構造により使用できる魔法のある程度の傾向くらいはデータベースから推察することができるが明確に「貴方はこの魔法が使えます」と断定することが不可能であるという状況だからこそ、ほとんどの人が初級魔法のみで満足する環境になっているのだ。
つまり、ニレッダ男爵が言いたいのは、私の知識があればそのデータベースを超えて使える魔法の特定ができるのではないか。
そして、魔法遺伝子が優秀な貴族たちこそがその知識を求めている、ということだ。
「たまたま使えただけっていつも言ってるよね?」
「それじゃあ誰も納得しないっていつも言ってるだろ?」
魔法の研究をしていた時期から続く、無駄な問答が始まる。
だがお互いにここから先は不毛だとわかっているので、今度は謎のにらみ合いが発生した。
やがてしびれを切らしたニレッダ男爵が、口を開いた。
「……ところで、最近はどうだ?」
何かの意図があってなのか、それは世間話の常套句のような言葉だった。
「いや……特には何も」
「そうか。だが、そいつはちょっとおかしな話だとは思わないか?」
ニレッダ男爵の言葉を受けて、父がじろりとニレッダ男爵を睨む。
ニレッダ男爵はそんな父に対して首をすくめると、今度はわけのわからないことを言い出した。
「お前のせい……ってわけでもないんだが、ここ最近前線の戦力が心許ないんだ。だからお前の力を借りたい。じゃないと、つり合いが───」
「ファウロム」
父が、ニレッダ男爵の名を呼び言葉を止めさせる。
私には一見意味のわからない言葉だったが、どうやら二人の間では何か共通の認識があるらしい。
ただ、その言葉の意味はなんとなく察しがついた。
先ほどの言葉の最中、ニレッダ男爵はちらりと私の頭上に視線を動かしていたのだ。おそらくはリアの顔を見たのだろう。
それも、「戦力が心許ない」と言っていた時に。
リアが私に仕え始めたのが、約二年前。私が周囲から評価されるようになったのも、約二年前。
そしてリアは元々ヘヴラウ家の使用人だったというわけではなく、どこからか突然父が連れてきた人物だ。
ニレッダ男爵は回りくどいのが苦手と言っていたが、視線だけでこうも語ってしまうとは、本当にそういった隠し事が苦手なのだろう。
しかもそれを隠すために最初から本音を切り出したというのに、ほとんど自分だけで話を進めて自爆するとは、救いようがない。
しかし、わからないこともある。
素直なニレッダ男爵の視線を信じたとして、前線の戦力だったらしいリアを引き抜かれたことがそこまで痛手になるのだろうかという話だ。
人というのは、集うからこそその真価を発揮するものだ。その中から一人いなくなったところで、そこまで問題が大きいとは思えない。
それに、リアが私の侍女になってから二年も立つのだ。話が今更過ぎるだろう。そう思うと、私の予想が外れている気もする。
……などといろいろ考えてみたが、そもそも私はこういった駆け引きのようなやり取りは嫌いなのだ。
それに、別にそこまで気になるわけでもない。ここは藪蛇にならないためにも適当にとぼけておこう。
「よくわからないけど、本当に教えられるようなことは何もないよ」
「……」
あれ、おかしい。ちゃんととぼけて気づかなかったフリをしたはずなのだが、場が静まり返ってしまった。
話を外しすぎたかな?もっと言及した方がわかってない風を装えたかな?なんて内心で焦っていると、今度は本当に驚きの事態が発生した。
「この様子では、だいたいは察してしまったようですね」
なぜ頭の中でいろいろ考えていることがバレているのか、という疑問もあったが、それ以上に驚きだったのはその声の主がリアだったことだ。
原則、貴族同士の会談中に使用人は口を挟んではいけない。
それが許されるような緊急の要件なら話は別だが、少なくともただの会話に混ざるような行為は決して許されることではない。
だというのに、父もニレッダ男爵も、それを咎めることはなかった。
「えーっと、いいんですか?」
多くは語らずとも、父に視線で訴えかける。
すると父は、狼狽えるように口を額た。
「あ、ああ。構わない。いや……そう、だな」
狼狽える父を見て、私も同様に少し動揺してしまった。
こんなにしどろもどろな父を見るのは初めてだったし、私には父が何に動揺しているのか理解ができなかったからこそ、私も困惑してしまったのだ。
それに、リアのこともだった。
私に仕えて二年だが、彼女の仕事は完璧だった。
どう完璧だったかというと、加点方式なら大した点ではないが、減点方式なら百点満点といった感じだろうか。
そんな彼女が、こんな単純な失態をするとは思えない。まるで、今口を挟むのが当然のことだと言わんばかりの勢いでしれっと会話に参加してきた。
つまり、彼女にとって貴族同士の会話に口を挟むことは、自分が当然のように持っている権利というわけだ。
ニレッダ男爵の「戦力が心許ない」という発言と合わせると、彼女は軍隊を指揮していたような上級役職、もしくはいっそ貴族だったということだろうか。
まあ、もし今回の件を納得するためにそうだったと仮定しても、次はそれならそれで何故そんな人を私の侍女にしたのかが謎になるのだが。
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