第3話 私のスタンス




「おい」


 ニレッダ男爵との軽い挨拶を済ませてから、私は気晴らしに庭を散歩していた。


 そしてそんな私に対して、とある男が随分と偉そうな態度で声を掛けてくる。


 その男こそが、ニレッダ家の長男であり、私を目の敵のようにして嫌っているサンベルト・ニレッダだ。

 またの名を脳筋野郎ともいう。


「おい、俺と勝負しろ」


 私が意図的に無視をしていると、しびれを切らしたサンベルトが少し苛立ったような声音でそんなことを言ってきた。


 何か言い返そうかとも思ったが、この男とまともな会話になったことなど一度もないなと思い直した私は、そのまま無視をし続けることにした。


 そんな私の対応に、サンベルトがさらに苛立ちをあらわにする。


「おい、聞いているのか!お前のくだらない魔法の腕を見せてみろと言っているんだ!」


 サンベルトが煽るように私を焚きつけてくるが、生憎とその口撃は意味がない。


 なぜなら、私は自分の魔法がくだらなくても構わないと思っているからだ。

 魔法に関することで評価されているということも、全く誇りに思っていない。正直あまり興味がない。


「……ふん。腑抜けは所詮腑抜けということか」


 何の反応も示さない私に対してそんな暴言を吐いたサンベルトは、そのままどこかへと去っていった。


 そしてそれと入れ替わるように、リアが私のもとへとやってくる。


「またですか?オリーシャ様」


 リアが、サンベルトの背中に呆れたような視線を送る。


「まあね。でも、仕方ないんじゃない?」


 何故サンベルトはそこまで私に突っかかってくるのかという話だが、ニレッダ家の事情を考えれば解せないものでもなかった。




 十八年前の戦いで領地を奪われたニレッダ家は、その爵位を剝奪された。

 それでもなおニレッダ家を名乗れているのは、今は亡きニレッダ辺境伯が、その爵位を剝奪されると同時に被害を想定よりも遥かに少なく抑えた戦功を認められ、男爵の爵位を叙爵したからだ。


 これは、元々各位からの評価が高かったニレッダ辺境伯の賜物だろう。

 それに、現ニレッダ男爵は元々ニレッダ領で暮らしていた民からも未だなお高い信頼を寄せており、ゲームの筋書きでもニレッダ領を奪い返す戦いの後に再び辺境伯の地位に返り咲いている。


 そんな領地奪還に燃えているニレッダ男爵の子息であるサンベルトも、当然そのための教育を受けており、その結果かなり偏った思想の持ち主となっている。

 サンベルトからすれば、私は爵位の上に胡坐をかいてぬくぬくと日々を過ごしている腐敗貴族に見えているのだろう。尤も、それはあながち間違いでもないが。




 だとしても、今回の件に関しては救いようがないと思う。


 なぜなら、魔法使いの私と近接戦闘を専門とするサンベルトの戦いなど、やる前から結果が見えているからだ。

 開始地点の距離が遠ければサンベルトは私に手も足も出ないし、近ければその逆だ。一体何の目的があって、そんな勝負をしたいというのか。

 目の敵にしていた私が評価されているという現実を前に、頭に血が上りすぎて何も見えなくなっていそうだ。


 私はそんなことを思い浮かべていたが、それはリアも同じであっただろう。

 お互いの表情でそんなことを伝え合うと、サンベルトことなどどうでも良いと言わんばかりにリアが話題を変えた。


「ところでオリーシャ様。カザレ様がお呼びでしたよ」

「ん?珍しいね」

「ニレッダ男爵がオリーシャ様に話があるとか。客間にてお待ちになられています」

「ふーん、そっか」


 カザレというのは、私の父、つまりヘヴラウ伯爵の名前だ。

 そして、リアの言葉に私は心当たりがあった。


 ニレッダ男爵は、素直でわかりやすい人だ。

 それは、亡き父の跡を継ぐために全てを捧げている人。つまり、ニレッダ領奪還に最も意欲的な人だ。その為ならば何でもするといった勢いで、私が魔法の検証を続けていた時期も興味ありげに話を聞いてくることが多かった。

 さしずめ、私に自分が使えそうな魔法はなんだと聞きたいのだろう。


 しかし、頻繁に我が家を訪れるニレッダ男爵がなぜ今になってそれを聞いてくるのかは不明だ。

 先日来た時も、そんな話をしてくることはなかった。ただ都合が合ったのが今日だというだけかもしれないが。


「とりあえず行こっか」

「はい」


 私の言葉にうなずき、リアがその後に付き従う。

 そのままリアを引き連れて、私は客間へと向かった。




「お父様、お呼びでしょうか」

「入れ」


 父の言葉を受けて、私は客間に足を踏み入れた。

 そこにはリアの話通り父とニレッダ男爵が待っており、私の入室を受けて席を立っていたニレッダ男爵が頭を下げた。


「先ほどぶりですな、オリーシャ様」

「構いません」

「それでは」


 仰々しいニレッダ男爵にそう伝えると、私の着席を待たずにニレッダ男爵が席に着いた。


 それに続き、私もリアに導かれた席へと着く。

 それを確認した父が、どこか上機嫌に話を始めた。


「オリーシャ。今回はお前の比類なき才を見込んで、男爵から頼みがあるそうだ」

「お断りします」


 父に続き口を開こうとしたニレッダ男爵を制して、私は食い気味にそう告げた。


 私の才なんて、話を聞かなくても何を指しているか理解できる。

 そう切り出された時点で、リアから話を聞いた時に出した予想は当たっているということだろう。




 ただ、私がその話を断るのは、この世界のこととが嫌いだから自分の知識を他人のために使う気がないという理由でない。


 無論、見ず知らずの人からの頼みであれば問答無用で断る。

 だがニレッダ男爵は、私が周囲から疎まれていた時期に素直な興味から魔法の話を聞きに来てくれる貴重な話し相手だったのだ。相手に対する好感度でいえば、教えることもやぶさかではないくらいだ。


 周囲から見たら、当時の私は相当ニレッダ男爵になついていたように見えただろう。

 実際のところは前世の分の年齢を合わせてニレッダ男爵の方が少し年下くらいなので、私としては部下に研究成果を言って聞かせる上司のような気持ちだったのだが。




 では、なぜこの話を断るのかという話だが、その前に前提を一つ話しておこう。


 ロスティーユ戦記では、各部で二世代分のキャラが使用できた。


 第一部では、初めの世代となる私から見たら祖父の世代と、それらの子息となる私から見たら父の世代。

 第二部では、第一部から祖父の世代が引退し、その代わりに私たちの世代。

 第三部では、父の世代が引退し、その代わりに私たちの子供の世代といった感じだ。


 そして魔法遺伝子に関してだが、祖父の世代は固定だが、父の世代からは親からランダムに引き継がれる。

 つまり私は、祖父祖母の遺伝子を把握した状態から二世代跨った私の遺伝子を特定したというわけだ。


 なので、今回のニレッダ男爵の話は、遺伝子が固定の祖父世代ではなく父世代であるニレッダ男爵の使える魔法が何かという話になる。

 もちろん私の遺伝子よりは遥かに特定しやすいが、自分の身ではないので検証ができない分正確なことは言えない。




 そんな背景がある上で、私の中には他人のことに関して一切の責任を持ちたくないという思いがある。

 私の言葉でニレッダ男爵が時間を無駄にする可能性があると思うと、アドバイスをするという選択肢は消えてなくなるのだ。


 もちろん、仮にそうなったとしてもニレッダ男爵が私のことを責めることはないだろう。

 だが、そういう話ではないのだ。ニレッダ男爵がどういう意図で私にアドバイスを求めたのかは一切関係なく、私がそれを自分の責任だと感じ、それを背負いたくないと思った時点で、私は断固としてそれをやりたくない。

 もし本人が魔法遺伝子の解明に付き合ってくれるというなら的確なアドバイスも出せるのでこの気持ち的には構わないという話になるが、それはそれで面倒すぎるので結局やる気はない。といった具合だ。



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