第2話 弟、身代わり。


 そんなわけで一見ひとりぼっちな私だが、中には素の自分で接することができる相手もいた。

 それは───


「姉上、いますか?」


 書庫で回想にふけっていた私の意識が、弟のアレクが私を呼ぶ声で現実へと帰ってきた。


 静かな空気を好む私に気を使ってか、アレクがゆっくりと扉を開けながら部屋に入ってくる。


 もしこれがアレクでなければ、私は不快感を隠さぬままぶっきらぼうに言葉を返すか、いっそ無視をしていただろう。


 しかし、アレクだけは特別だった。アレクは私にとっても『オリーシャ・フォン・ヘヴラウ』にとっても等しく自分の弟であり、彼が私に向けてくる視線は、私にも『オリーシャ・フォン・ヘヴラウ』にも等しい角度で向けられるものだったからだ。


「何か用?おやつならないけど」

「姉上。先ほど昼食を食べたばかりではないですか」

「まあそうだけど。冗談だよ冗談」


 アレクはこうして会話をしていると随分と大人びているが、まだ八歳の子供だ。


 私としてはもっと素直に甘えてもらいたいところなのだが、貴族としてどこに出しても恥ずかしくない立派な人間に成長しているのは喜ばしいことだろう。

 立派に私の代わりをしてくれているようで、何よりだ。


「それより、リアが姉上のことを探していましたよ」


 私の冗談をズバッと断ち切ったアレクが、急ぐように会話を進めた。


 リアというのは、およそ二年ほど前から私の身の回りの世話を任されている使用人だ。所謂侍女というやつである。


 普段の私の昼下がりの過ごし方といえば、腹ごなしもかねて地下訓練室なんかを借りて魔法の訓練をしていることが多いので、彼女はそちらの方を探しているのだろうか。


「リアが?珍しいね」


 平然とそんな言葉を口にした私に、弟が呆れたような視線を送ってくる。

 何の心当たりもない私は、無言で首を傾げて見せた。


「はぁ、本当に覚えていないのですね。今日はニレッダ家の者がやってくるから挨拶の準備をしておくようにと、父上が仰っていたではありませんか」

「えー……」


 アレクの言葉を聞いて記憶を遡ってみたが、どうにも心当たりがない。


 しかし、アレクの性格からして嘘をついているとは考えられないので、私がどこかで聞き流したのだろう。

 人の話をよく聞かずに適当に返事をしてしまうのは、昔からの悪い癖だ。


 そしてそれを誤魔化すために、話題を逸らす。


「ニレッダ家といえば、この前も来てなかった?」

「そうですね。近いうちに、大きな戦争を始めるつもりなのかもしれません」


 八歳の子供が淡々とそんなことを言う姿は、どこか悲しさを感じるものだった。


 人間と魔族が争い続けて数百年。特に激化したのが二十年ほど前で、第一部の筋書きでもある十八年前には大きな争いの果てに我がロスティーユ帝国の北方領土の一部を奪われてしまっている。


 それから帝国北部では戦争が日常の隣に在るような生活を強いられており、街に魔族が現れて犠牲者が出る、なんてことはもはや日常の風景と化してしまっていた。


 まあ弟の予想に関しては、ゲームの時間軸だと第二部の開始が今から六年後なのでおそらく間違っているのだが。


「一応家の面子もあるし、顔だけは出さないとだよねー」


 なんて言って毎回出迎えに顔を出しているのは、自分でも偉いと思う。


 尤も、貴族としては当たり前だし、パーティーみたいな社交の場とかには一切顔を出さないので私のことを偉いと評価するのは私だけなのだが。


 現にアレクも、「当たり前ですよ、姉上」なんて呆れた声を出している。




 そういえば、社交の場と言えば魔法に関する私への評価で舞い込んできた厄介な話の中にその手の話があった。


 どこに出しても恥ずかしい貴族である私は、有力貴族の子息子女がもれなく目指すこととなる、国内最高峰のエリート校・王立学園にも受験すらしないという予定で話が進んでいた。

 その代わりに領地の小さい教育機関に通う予定だったのだが、これに関してはどうやら王立学園の方を受験しなければならなくなったらしい。


 これは試験に落ちてしまえば通わずに済む話でもあるのだが、自宅にある本も読み切ってしまったし、せっかくなので勉学ついでに面白い人脈でも築ければと思い真面目に受験しようかと思っている。

 といっても、対策の勉強とかをするつもりはない。ぶっつけ本番で受かれば行くかーくらいの気持ちだ。




 それと、王立学園といえばこれからやってくるニレッダ家の長男も通うこととなる。


 というか、彼は私と同い年でゲームにも登場するキャラだ。

 そしてゲームの時とは違い、オリーシャ・フォン・ヘヴラウのことを信じられないくらい嫌っている。これから顔を合わせると思うだけで面倒だ。


 ……面倒だが、最低限の責務として出迎えてくるとしよう。




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