ダークファンタジーの現実
@YA07
第1話 第1話というか、これがあらすじというか。
人には誰しも、昔は好きだったのに今は嫌いだというものが一つはある。私にとっては、この世界がそうだ。
この世界に私の居場所はない。それは私の自己認識における話ではなく、客観的な事実としての話だ。
随分とややこしい言い回しをしてしまったが、要約するとこうだ。この世界に『私』の居場所はあるが、私は自分のことをその『私』だと思っていない。なお、ここでいう『私』というのはこの世界における自分のことで、私というのは前世の記憶の中の自分のことである。
最初に自分の話をするとややこしい話となってしまうので、その前に私が嫌うこの世界の話をしよう。
この世界は、『ロスティーユ戦記』というロスティーユ大陸をめぐる親子三世代に渡って三部展開で繰り広げられる魔族との戦争物語を描いたゲームの世界だ。そんな世界にいるということは、つまるところゲームの世界に転生したというわけだ。
ロスティーユ戦記のゲームとしてのジャンルは、育成シミュレーションRPG。つまり、ストーリーのようなものは比較的少なく、基本的にはキャラクターを育成し、バトルすることに重きを置いたゲームだ。
そんな中でこのゲームが画期的だったのは、結婚システムである。そのシステムは、バトルや育成パートで親密度を上げたキャラクター同士が自動的に結婚をし、その子供が次の部の登場キャラとして出てくるというもの。
また、それに伴って実装されているその子供の魔法適性が決まる魔法遺伝子システムというものもあり、これはかなり複雑かつランダム性の強いものだったため、ライト層には程よく無視をされガチ勢にとってはスルメ要素として認識されるというよくできた塩梅のシステムだったのだが……それについて語るのは後程でよいだろう。
とにかく、このゲームは予め用意されているバトルを順に繰り返すだけであり、その間にちょっとしたストーリーがあるだけで、アニメや漫画のように細かい話の流れがあるわけではなかった。各部の合間には二、三十年といった月日が自動で流れるし、その間にキャラクターたちが何をしていたかなんて話はどこにもない。
そんな中で、私はロスティーユ戦記の第二部でガザレ・フォン・ヘヴラウの娘として登場してくるオリーシャ・フォン・ヘヴラウというキャラクターに転生した。転生したというか、気づいたら赤ん坊になっていて、それがオリーシャ・フォン・ヘヴラウだったという感じだ。日本の一般市民として生きていた自分が死んだ覚えもなければ、何故自分がゲームの世界のキャラになっているのかの心当たりも全くなかった。まあ、そんなものはなくて当然なのだが。
ちなみに、このオリーシャ・フォン・ヘヴラウにはゲームの中で意味深すぎる設定があった。
それは、特定の魔族から必ず攻撃対象に選ばれるという設定だ。
これはネット上でバグ派と仕様派に分かれて議論が行われたりもしたが、ゲーム上でそれに関する説明は一切なかった。その魔族たちとオリーシャ・フォン・ヘヴラウとの間にある因果関係は描写されず、その真相に関しては『ロスティーユ戦記』のその後のメディア展開も含めて一切触れられることがなかったのだ。
そして、今にして思えば暢気すぎた当時の自分を殴ってやりたい気分だが、当初の私はこの世界に来たことを喜ぶほどではないにせよ悪いことだとも思っていなかった。
ゲームでは魔族という明確な敵がいるため人間同士は一致団結していたし、ゲームの知識を持つ私が居れば魔族に負けることもない。そして剣と魔法の世界であるゲームの中に来たならば、自分で魔法を使うという夢のようなこともできるはずだと浮かれていたのである。
だが、現実と化したこの世界はそんなに甘いものではなかった。
まず私は、共通の敵がいれば人間たちは一致団結する───なんて理論は空想上のものだったと知ることになる。
この世界では、魔族よりも貴族に恨みを向ける平民や、派閥争いで血生臭い争いを繰り広げる貴族同士の争いといった人間同士の争いも絶えなかったのだ。
当然、私は人間同士で争っている場合なのかという疑問を抱いた。
だが、人間というのはそこに悪意がある限り誰が相手であろうと争うものらしいし、人間の悪意というのは人間社会においてそれがどんな社会であろうと生まれるものなのだ。
そんなわけで、そういった事情を知った辺りで『登場キャラクターは戦闘で死亡するまで使えるのが当然だったゲームの時とは違って、登場キャラクターが全員魔族との戦争に参加してくれるとは考えない方がいい』ということを私は認識することとなった。
むしろ、魔族たちとつながっている可能性がある人間の勢力なんかの存在も報告されており、この世界の戦はそう簡単な構図ではなかったのだ。
また、戦争に負けた時のことも不明だった。
ゲームでは、バトルに負けてもセーブデータの続きからやり直すだけだ。
だが、ここではそんなことが起こるはずもない。どこかの戦に負けても、それをやり直すなんてことはなく、戦は続く。
私が第二部のキャラに転生したということで、ゲームとしての第一部のストーリーはゲームの通りに進んでいた。
それは、突然人間の領土に侵攻してきた魔族の軍勢を対処できず、ロスティーユ帝国の北方領土の一部を奪われてしまうというものだ。
そして、魔族たちが奪った領土の開拓で忙しく本格的にこちらに攻め込む余裕がないうちにこちらも態勢を整え、逆に攻め込み領土を奪い返すというのが第二部の筋書きだ。
もしその戦に負けた場合、待っているのはゲームオーバーではなく、魔族たちのさらなる侵攻だろう。
そうなった時に攻め込まれるのは、我がヘヴラウ領だ。うかうかしていると、洒落にならないことになってしまう。
先の戦いでニレッダ家がそうしたように、もし領土が奪われるようなことがあっても、次の世代である私や弟は逃がされるだろう。
そして父や母が、その時間を稼ぐために命を賭す。そんなことにならないためにも、私にもできることを探さなければならない。
───なんて私の決意が淡いものだったと知るのが、次の話だ。
ゲームの知識なんて、現実と化したこの世界ではあまり役に立たないものだった。
人間一人の力など、たかが知れているのだ。
ここでは、ゲームのように一人ムキムキに鍛え上げたキャラがいればそれだけでいいような単純な話ではない。
それに、日本でぬくぬくと生きていた私にとって、戦闘行為というのは想像以上に抵抗感が凄まじかった。
ちょっとした戦闘訓練ですら相手の気迫に対して足腰に力が入らなくなるほど気圧されてしまうというのに、本当の戦場になど行けるはずもない。
また、貴族社会に根付く階級社会の思想なんかも私には理解できないことだった。
郷に入っては郷に従えというが、これだけはどうにも抵抗感が強い。私は、自分にできることなどせいぜい自分の生を全うすることくらいだと思っている。それ以外を背負う気など全くないというのに、貴族として領地や領民を背負うなんていうのは到底無理な話なわけだ。
総じて、この世界に生まれてからずっと、私は自分が貴族にも兵士にも指揮官にも向かない人間だということを嫌というほど思い知らされてきたというわけだ。
だが、冷静になって考えてみれば、元が日本の一般市民なのだ。当然といえば当然の話だろう。
そんな風に色々と情報収集を進めていく中で、私は一つの重大な事実に気が付いた。
それは、冒頭でも述べた通りの、私に向けられる視線と私の自己認識の相違だ。
父と母、そして使用人たちから向けられる『オリーシャ・フォン・ヘヴラウ』に対する感情を、自分が『オリーシャ・フォン・ヘヴラウ』ではなく日本で生きていた時の前世の自分であるという自己認識の私は、どうしても受け入れらなかったのだ。
その結果、私は人と関わることに嫌悪感を覚えて人を遠ざけるようになってしまった。
しかし、そんな私にも優れている───というよりは、ずるのようなものがあった。
それは、先ほども話をした魔法遺伝子システムの知識だ。
この世界では、科学的な技術は全く進歩していない。
個人が使用できる魔法の種類はゲームの時と同じように魔法遺伝子によって決まるのだが、そんな概念はこの世界の人にはなかった。
つまり、この世界の人は自分がどんな魔法を使えるのかということを知る術がないということだ。
自分が使いたい魔法を使えるかどうか判別するには、実際に会得しようとして地道に努力を続けるという原始的な方法しかないのである。
それを私は、魔法遺伝子で特定できる。
もちろん自分の魔法遺伝子を直接的に知る方法はないが、地道な検証を重ねることで完全にとまではいかなくともそれなりに特定ができ、それさえわかれば一気に自分の使える魔法がわかるというわけだ。
丁度人との関わりを避けて色々と諦め始めていた私は、暇つぶしも兼ねて自分の魔法遺伝子を解明することに時間を割き始めた。
そんな私の努力の話は割愛しても良いのだが、もし良ければ聞いてほしい。
魔法遺伝子システムの知識といったが、つまるところ、自分が両親から遺伝した魔法遺伝子を特定できれば使える魔法をほとんど特定できるという話だ。
ほとんどというのは、魔法遺伝子がゲームの時と同じ仕様ならば乱数が設定されているので、具体的な数値が出ない現実では完全な特定までは不可能だからである。
現実的に考えれば遺伝子に乱数って何?という話ではあるが、そんなところは話の本質ではないので、あるものはあるとして考えるのをやめた。
そしてその特定にかけた年月が、約十年だ。約十年。
しかも、両親がゲームに登場するキャラだからある程度遺伝子の候補が絞れている状態で約十年だ。
もちろん生後直後から換算しているので、今から始めればもっと早くできる。
だが、それにしても膨大な時間がかかってしまうのは変わらないだろう。
その原因は明らかで、魔法の習得に時間がかかりすぎるのだ。
複雑な魔法術式の意味を理解し、魔力の流し方を練習する。
この時、その魔法術式の回路に適した魔力を持っていなかったらアウト。だが、アウトかどうかは自分ではわからない。
術式の構築の練習が済んだら、今度は発動の練習だ。
これは体感的な話になるので説明が難しいが、構築した術式のトリガーを正しい手順で外していくといった感じだろうか。
この時に流す魔力量やタイミングを間違えると不発となるので、その『正しい手順』を魔法解説の書に記されている文字から身体の感覚に落とし込むのが最も難解な点となる。
そしてここで牙を剥くのが、回路に適した魔力を持っているかどうかだ。
魔法が不発し続ける限り、手順が間違っているのか、そもそも自分は適した魔力を持っていないから手順があっていても使えないのかがわからない。一度成功してしまえばそこから先の練習は天国のようなものだが、失敗し続ける限りは地獄だ。諦めた方がいいのかだめなのか、その答えは一生出ない。
そんな努力を、私は延々とし続けてきたのである。
話は少し逸れてしまうが、魔法の話ついでにこの世界の人間たちの魔法事情を説明しておこう。
魔法の初歩である基礎魔法は、発動も簡単で遺伝子的にも余程悪い配牌でない限り使うことができる。
なので、いくら魔法が手を出しにくい技であっても、基礎魔法ほとんどの兵が習得しているというのが現状だ。
だが、初級の中では難解といった辺りの魔法から先はほとんど使い手がいなくなってくる。
その理由は当然、高位の魔法になるほどその術式や発動も難しいものになるからだ。
そもそも無駄な努力になる可能性も高いのに、習得できたとして使用にはかなりの集中力を要し、初級の中でも高度なくらいの魔法じゃ大した威力もない。中級以降の魔法ならば強力なものも多いが、当然その習得には膨大な時間を要してしまう。
『時間をかけて練習しても使えませんでした。他の人はその間に剣術なんかの鍛錬を積んでいて差をつけられました』では笑い話にすらならないのだ。
自分の人生を賭けてそんな分の悪い賭けに興じる狂人はそこまで多くないだろう。
ゲームでは魔法兵にした方が明らかに強い父や母ですらあまり魔法を習得していないと聞いた時は疑問を抱いたが、そんな背景があればすぐに納得することができた。
貴族である以上、それなりの威厳を持っていなければならない。魔法の練習ばかりして、結局何も得られませんでした、では許されないのだ。
なので、この世界の魔法兵はほとんどが人生の一発逆転に成功した平民である。
両親がゲームの時にはいなかった弟を産んだのも、私が魔法にばかり興味を示していたからかもしれない。
私がコケた時の保険というわけだ。それを申し訳ないと思うべきなのかどうなのか、私にはわからないし興味もないが。
とにかく、私は約十年の年月をかけながらも、その魔法遺伝子の特定を成功させたのだ。
それだけで、私は他の誰にもできない高位の魔法を何個も使うことができるというスーパーウーマンに生まれ変わることができた。
だが、私はそもそも戦場に立てるほどの精神力がない。それなのに私自身が強くなったところで意味はないだろう。
むしろ、この検証を進めているうちに晒され続けた使用人たちからの憐みや怒りの視線の前に、私の心はすっかり冷え切ってしまっていた。
尤も、使用人たちからしたら領地を強くしようという貴族のために自分の人生を捧げてまで仕えに来たはずが魔法なんていうものにばかり時間を捧げる人の面倒を見させられていたわけである。
その張本人である私はそんな視線を送ってきていた使用人たちを咎められる口ではないし、大声で言えるようなことではないのだが。
だが、私がこの世界のことを嫌いになったのはこの辺りの時期からだ。
はっきり言うけどめちゃくちゃ日本に帰りたい。
ゲームしたいし、ご飯はあまり美味くないし、治安は悪いし、居心地も悪い。
何故この世界に連れてこられたのが私なのか。
ゲームとしてのロスティーユ戦記は大好きだったが、別にそういう世界に生まれたかったからこのゲームが好きだったわけではない。
娯楽としてだから面白かっただけで、人生にはしたくない。
顔が良いだけで性格は気に入らない恋人みたいなものだ、この世界は。
そんな感じで、私はこの世界のことをすっかり嫌いになっていた。
正直もう自分のことしか考えていない。
戦争にも興味ないし、自分だけ安全なところに退避したいと思っている。私の知識に関してもこの世界のために使う気は全くない。
というか、魔族への敵対意識とかもとくにはないので、戦争なんてさっさとやめればいいのにと思っているくらいだ。
今ではそんな考えをしているので、何かと戦うつもりはないが、一応いざという時のために魔力の鍛錬は行っている。
魔力の鍛錬というのは、わかりやすく言えば筋トレと剣術の鍛錬の筋トレの方だ。
今の私は、型だけ完璧だが身体能力がそれについてきていないといった感じだろうか。
まあ、魔法遺伝子の解明が終わってからここ二年でぼちぼちやっているが、モチベがないので成果はあまりないのだが。
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