26

 夏休み最後の日、とうとうあの人がやってきた。なんの連絡もなく。

 わざわざ宇宙船にのって、ワープ航法で。

 宇宙もずいぶんせまくなったもんや。

 そうはゆうても感動の再会、みたいにはぜんぜんなってへん。いきなりきたもんやから、玄関に出ていったミルさんが対応し、そのままリビングにまねき入れたらしい。

 お母さん、地球みやげの一つくらい用意する常識はあったんやろか。二階の部屋にいるぼくはなかなかよばれへん。

『ねえ、あんた、地球に帰っちゃうの?』

 心の中でトミがたずねる。

 どうかな、それしかないんとちゃうやろか。お父さんのはなしでは、親権をお母さんがとった、とのことやし、今日はむかえにきたってことなんちゃう?

『それだとわたし、どうなるの』

 ええっ?いや、ようわからんけど、いっしょに地球へいくんとちゃうの。

『こまるわ。そんないったこともない星でくらすなんて、ちょっと自信ない』

 どういうこと?えっ、つまり、きみは『ラガタ星』にのこると?

 それはSF的パラドックス、というやつやろか。そんなむずかしいことを急にいわれても、ぼくにはなにがなにやらさっぱりわからん。

 ああ、なんかお母さんのさけび声が下から聞こえてくる。どうやらミルさんとケンカになってるみたい。あいかわらず、人とコミュニケーションのとれん人やな。

 お母さんにとっては、ミルさんは元の夫の親戚というだけで、完全な他人なんや。ここで仲よくしておく必要なんてまったくないし、いつもどおりキレたいときにキレとけばええ、とゆうことなんやろう。

 それに対してミルさんの声は、上からではほとんど聞き取れへん。ごめんな、うちのお母さんがへんな人で。

 そういやこの二人はおんなじ年ごろなんかな。お母さんはミルさんほどきれいな人やないけど、女性の年齢はよくわからん。

「だから東京になんかきたくなかったのよ!」

 おうおう、声がでかすぎてはっきり聞こえるわ。さっさとぼくをよべばええのに。エル姉ちゃんがたまたま家におらんのが、むしろたすかったわ。

『ハマオくん、きみはどうしたいんだい?』

 うおっ、その声はトミパパやん。あんたもぼくの頭の中におったんや。

『うん、だまっていようかと思ったんだが、このままではきみ、よくないことになりそうだと感じたものだから』

 なにが?どういうこと?

『わるいがきみの心の声を聞かせてもらった。こういってはもうしわけないんだが、どうやらきみのお母さんは、きみをずっとネグレクトしてきたみたいだね』

 は?ネグレクトって、SF用語?

『おれとしては、このままきみをお母さんといっしょに帰してしまうのが、とても心配なんだよ。せめてもうしばらく、このうちにやっかいにならせてもらって、そのあいだに対策をかんがえる、というのはどうだろう』

 いや、えっと、ぼくにもわかるような説明をしてくれへんかな。

『もう、わかるでしょ!「ラガタ星」にのこれってこと!』

 トミがしゃしゃり出てきた。

 ああ、くそっ、頭いたくなってきた。いきなりそんなこといわれても、親がつれて帰るってゆうてるのに、子どもにそんなんゆう権利ないやろ。

『ハマオくん、子どもにだって権利はあるぞ。おれもトミも、きみが不幸になるところをみすみす見のがす気にはなれんのだよ』

 なんやねん、不幸って。たしかにお父さんのことはぼく、はっきりにくんでるけどなあ、お母さんのことはそれほどきらいってわけやないで。

 あの人はたまたま、結婚相手が最低の暴力男やったってだけで、それがぼくのお父さんやってだけで、たしかに、ぼくのこと愛してくれる人なんか、宇宙に一人もおらんかもしれんけど、それでもぼくは……

『愛してくれる人なら、ここにいるよ』

 それはもはや、トミの声なのか、トミパパの声なんかようわからんくて。

 ふと、机の上の鏡が目に入った。

 ぼくの顔はべつに、青いわけではない。

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地球少年ハマオ 祥一 @xiangyi

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