23

 夕方、のんびりおふろに入ってから、部屋にもどってみると。

 エル姉ちゃんがぼくの椅子にすわって、「あれ」を読んでいてん。

 しまった。机の上に出しっぱなしやった。

 いや、エル姉ちゃんがぼくのおらんうちに部屋に勝手に入っている、なんてことはふだんからしょっちゅうあってん。べつに、そんなんされたらこまる、とは思ってへんかった。

 それくらいぼくとエル姉ちゃんは仲よしになってたんや。

 もちろんぼくがエル姉ちゃんの部屋に勝手に入る、というのは絶対せえへんよ?そこはほら、男と女のちがい、みたいなんがあるし。

 そんなことより。

 ノートをひらいたまま、にやにやしながらぼくを見つめるエル姉ちゃんに、ぼくからいえることはなんもなかった。

「おもしろいじゃない。やるね、あんた」やって。

 おほめにあずかってどうも、とでもこたえるべきやろか。

 めちゃくちゃがんばって、もうぼくは「それ」を九割くらい書いたところやねん。あとはクライマックスにむけて、ストーリーをすすめていこうかな、みたいなところ。

 「これ」を書いてしまったら、トミのSF小説を交換で見せてもらえる、とゆう。

「まだ、完成してないので」

 ぼくはそうゆうて、ノートをとりかえそうとした。

 ひょいっ、とかわすエル姉ちゃん。おおい。

「じゃあさ、ぜんぶ書けたら、また見せてよ」やって。

 うーん、べつにええけど。ちょっとはずかしいかな。なにしろはじめてやから。

 あと三日もあれば、おわるかもしれん。長くても一週間。

「これでいうとあれね。わたしは『地球少女エル』ってことかしら」

 そうゆうてるひまに、ぼくはなんとかノートをかえしてもらった。

「ところでさあ、あんたこの夏休み、いつもどこに出かけてるの?」

 エル姉ちゃんはぼくの目をのぞきこんでくる。

 そう聞かれた瞬間、なんだか胸がくるしくなってきた。

 夏休みに入る前やって、放課後とか休みの日、出かけるところといえば一カ所しかなかった。ムジヒコにさそわれて学校のグラウンドで野球してたんは、結局一回だけやったし。

 ぼくは下をむく。自分でも目がおよいでるんがわかった。

 そういうのを見ても、べつにエル姉ちゃんはなんもふしぎに思わんらしい。

「もしかして、友だちのうちとか?」って明るい声で。

 どうしよう。なにかはなしをそらす方法ってないやろか。

「べつにさあ、あんたがよそでわるいことしてるとか、うたがってるわけじゃないのよ」

 ちょうど信じてもらえそうなうそをつけばええのかな。

「でもせっかくあんたのお姉ちゃんになったんだからさ、行動範囲くらい知っててもいいと思うの。なにかあったとき、さがすこともできなかったらこまるじゃない」

 図書館で勉強している、みたいなのでええやろか。

「いつもママとはなしてたのよ。あんた出かけるとき、いつもごきげんね、って」

 そうやったかな。ふつうにしてたつもりやねんけど。

「ねえ、友だちができたんじゃない?」

 まずい。

「そうなんでしょう。あー、やっぱり。おぼえてる?ラガタ語の会話がじょうずになるために、友だちつくりなさいって、すすめてあげたでしょ。ねえ、どんな子なの。わたしが見てあげるから、今度うちにつれてきなさいよ」

 ちがう、ちがうー、とさけぶかわりに、ぼくは小さくうなずいていたんや。

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