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 しかしあっついわ。この星の夏はいったいどないなってんねん。

 夏休みがやってきた。こんな灼熱の星やから、この時期に一か月半も休みがあるのは当然のことやろう。

 それでいて、あの青鬼め、宿題をどっさり出してきやがった。きらいや。

 地球にも夏休みくらいあったけど、あっちでは教育というものをあんまり重視してへんからか、だれもまじめに勉強なんかせんかった。宿題やって、あったかどうかようおぼえてへん。いや、あったけどやってへんだけなんか、ちょっと思い出されへんわ。

 ただええことはあって、宿題をする、という名目でしょっちゅうトミのマンションにあがりこむことができた。

 いちおう休みやから、そんな必死に勉強なんかせえへんよ?とはいえ、「勉強したいです」と呪文のようにとなえたら、「だったらうちにきなよ」とかわいい声でこたえてくれるのが、トミという女の子なんや。もしかしてぼくといっしょにすごすんがうれしいんやないの?と口に出してしまったら、なぐられるおそれがあるので、いわない。

 まあ適当に日記とか書いて、多少のドリルを解いてしまえば、あとはあそんでればええ。あそびは子どもの仕事、なんて格言が地球にはあるねん。

 学校でやってるみたいに、二人でしずかにSF小説を読む、というのもたくさんしたけれど、あきたらSF映画のDVD、ってのを視聴することもあった。

 中でも気に入ったのは『スター・ウォーズ九部作』ってやつ。最初に『エピソード1』を見たとき、あのアナキン・スカイウォーカーって少年はぼくとそっくりや、みたいな感想を述べたとき、トミはくすくす笑ってた。その意味はだんだん明らかになっていった。

 ほかにも『E.T.』とか『バック・トゥー・ザ・フューチャー』とか見せてもらい、さすがラガタ星、地球にはこんなおもろいSF映画ってなかなかないんとちゃうやろか。『アバター』ってのを見たときは、なにかを思い出しそうでちょっと気持ちわるかったけど。

 それから、これはうちで見てん。丙子園ってとこでやってる、高校野球大会。夏の風物詩っていわれてるんやって。

 丙子園球場ってのは、ここからちょっと遠いとこにある野球のグラウンドらしい。そこに全ラガタ星からあつめられた兄ちゃんたちが、五十チームくらいにわかれてトーナメント戦をたたかうんやて。

 こんな灼熱の太陽の下でやるもんやから、毎年数人の死者が出るらしく、それがまた感動を生むとかゆうて、年寄りたちが大喜びで応援にかけつけるんやとか。

 ぼくにはこの星の文化がときどき理解できひん。

 野球自体のレベルは、大人がやってる巨人族対広島、みたいなんよりは落ちるものの、あのムジヒコやキャプテンらがやってるんよりはみんな上手や。あと頂点に「めじゃあ」とかゆうんもあるらしいけど、たぶん別の星のリーグやと思われる。

 まあ、涼しい部屋のテレビジョンで見てるぶんには、ちょっとおもろいかも。

 そういえば、ムジヒコたちはあれからぼくに声かけてくれへんねよな。

 このあいだ、ちょっと学校のグラウンドをとおりかかったところ、信じられへんことにこの炎天下、ふつうに野球やってるやん。やっぱあいつら、狂ってたんや。

 あの水のみ論争のことなんか、どうせわすれられてんねやろう。ということはもう、ぼくはよんでもらえへんねやろか。それはそれでさびしい、というのが複雑な子どもごころなんやけど。

 あと、おもろい夏のあそび、といえば。ふと、あのトミパパにかりた永田公風著『SF小説の書き方』という本について、トミにはなしたことがあってん。

「あれ、トミも読みましたか」

 すると少しはずかしそうに顔を赤らめながら、こくんとうなずいたんや。

「もしかして、トミもSF小説、書きたいんですか」

「『も』ってことは、あんたもなの」

 ちがうがな、トミパパがSF作家であるように、娘であるあなたもですか、という意味やん。

「まあね、あの本を読んだくらいで小説が書けるんだったら、世の中、作家だらけになっちゃうわ」

 たしかにあの本はべつに参考にならんこともいっぱい書いてあった。新人賞における傾向と対策とか、編集者との付き合い方とか、原稿料の値上げ交渉必勝法とか、プロになるためと、なってからのことに関していえば、理解しておくべき情報なんやろけど、今知りたいのはそれちゃうねん、みたいな章もあったな。

 でも、基本は文芸教室みたいなんの先生と生徒の質疑応答とか、実際に書いてきたもんの添削とか、読んでおくべき文献の紹介、あとはむずかしいSF小説論みたいな、お役立ち情報も満載で、わりとええ本、というのがぼくとトミの共通の評価らしかった。

 そういえばこのあいだ、トミパパがゆうてなかったっけ。もし本当にSF小説を書きたいと思っているのなら、おれがおしえてあげたっていいんだぜ、とかなんとか。

 そのことをトミにつたえたところ。

「ふうん、じゃあ、あんたおしえてもらったら?」

 ちゃいますやん、トミが生徒になったらええんとちゃうんかなって。だって親子やし。

「絶対いや」

 まあ、書いた小説を読まれるのって、裸を見られるよりはずかしいかもな。いや、親なら別にええんか?

「そんなの幼稚園までよ」

 はなしがそれてしまった。

「ぼくは、トミが書いた小説、読みたいです」

 数十秒の沈黙ののち、じつはもう書きはじめている、と告白してくれた。

「宿題でさ、自由研究っていうのがあるでしょ。それでいいかな、って思って」

 あっ、自由研究か。ぼくまだなんにもかんがえてへん。いや、今はそんなんどうでもええわ。

「どんなはなし、書きますか」

「いえるわけないでしょ。そうね、あなたも書いて、交換ってことなら見せてあげてもいいわ」

 いや、ぼくはそんなん、むりやわ。才能ないし。あと地球語とラガタ語の問題もあるからあかんねん。

「ええ、なにそれ。いいわ、交換じゃないんなら、見せない」

 どうやって説得すればええか、この長い夏休みのあいだにかんがえとけばええかな。こっそり盗み見る、という方法もあるかもしらん。

 ああ、そういえばぼくは自由研究、なにしたらええやろう。

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