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 つぎの日にマンションへやってきたら、トミはなにかを書いていた。きっと日記とかやなく、例の小説なんとちゃうか。

 ぼくもてきとうにすわって、算数でもやっていたところ、ちょっと気まずくなってきた。

「もしかして、ぼくがいると、アイデアとか、わきにくくありませんか」

「ん?なに?アイデアって?ああ、べつにいいのよ。もしかして帰りたいの」

 まさか。帰ったってすることないし。丙子園やって、もうあきた。

ぼくはトミのそばにおるだけで十分なんや。

 ほんまに邪魔ではないらしく、トミはさっきからずっと机にむかって、文字を書いたり消したりしている。そんなにすらすらやれるもんかね、ってくらい。

 ぼくにはかんがえられへんけど、トミはどうやら、まわりに人がいても集中力がそがれへんタイプの人間らしい。そういえば世の中には、喫茶店で小説を書いたり、漫画を描く人すらおるって聞く。もしかしたら、BGM、バック・グラウンド・ミュージックとして歌でもうたったったほうが、役に立つやろか。

「それはうるさい」

 ごめんなさい。

 ぼくは床におかれたテーブルで、宿題するふりしながら本とか読んでてんけど、トイレをかりるときに、ちらっとトミの机をのぞこうとすると、さっと原稿用紙をかくされた。

「おこるよ」

 ほんまにごめん。

 ぼくはすぐに目をそらした。ただ、なんのとりえもないぼくやけど、目だけはええねん。かくされた原稿用紙とはべつに、横にすでに書かれたぶんがかさねてあった。ほんで見えちゃった。タイトルは『レディ・トミのひみつの友だち』やって。

 ふうん、おもろそう。たしか、レディ、というのはラガタ語で、貴婦人とかいう意味とちゃうかったっけ。もしかしたら、大人になった自分を主人公に設定したんかもな。やるやん。

 ただそれやったら、ひみつ、と友だち、はちゃんと漢字で書いたほうがええんとちゃうやろか。いや、余計なことはゆわんにかぎる。

 トイレから部屋にもどってきたら、今度はなんか、えんぴつのうごきがさっきとちがっていた。音も、文字を書くときとぜんぜんちゃう。

 もしかして、絵を描いてる?うわ、この人、挿し絵も自分でやるつもりかいな。

 みたいな感じで一時間半くらいすぎると、さすがに集中力がきれてきたんか、手が止まってきた。まあ、子どもやしそこはしゃあない。

 頭をかかえ、うーん、とうなり出すトミ。そんで机の引き出しをあけ、ごそごそしている。

「あっ」

 そうゆうてなんか四角いカードみたいなんを持ちあげて、ながめていた。そして首をまげる。長いことカレンダーを見ていた。

「あんたさあ、つぎの日曜日、ひま?」

「ぼくは夏休み、毎日ひまです」

「だったら、ちょっと出かけようか」

 ええっ、それってデート的なことなんかな。

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