14

 わからん、ほんまどないしたらええんや。

 学校がおわって、家に帰ってからも、ぼくはずっとかんがえつづけていた。こんなにもものごとをなやむのは、親が離婚したとき以来かも。

 野球をやれというムジヒコと、やるなというトミ。この二人をくらべるだけやったら、そらトミをえらぶにきまってる。だってあの子のほうが大事やもん。

ただ、ムジヒコになんてゆうてことわればええねん。あいつがおこったところは見たことないし、クヘなんかはむしろよろこぶかもしれん。ホメガは、もしかしたらぶちぎれてなぐりかかってくるかな。いや、まさか。

だいたい、野球、とかいうわけのわからんもんを自分がやりたいかやりたくないか、まったく判断材料がないやないか。ぼくが大きらいな競技なんか、あるいはその逆か。ムジヒコにちゃんと聞いておけばよかった。明日学校でたずねる?こっちからはなしかけたことって、一回もなかった。

ぼくは洗面所で歯ブラシをくわえながら、ずっとぼんやりしていた。鏡の中の自分にたずねたところで、こいつはなにもきめてくれたりせん。

「ねえ、さっきからあんた、いったいなにしてるの」

 鏡にだれか、わりこんできた。エル姉ちゃんや。

 ぼくはふりむいた。口のまわりがあわだらけ。

「さっさとゆすぎなさいよ。あんた今日はどうかしてるわよ」

 まあ、たしかに。夕ごはんのときやってなに聞かれても生返事、ろくにうけこたえもできひんかった。それはいつもそうかな。

 ぼくはため息をつく。「あの、や……野球、なにか知ってますか」

「えっ、なに?ようきゅう?要求って、だれかにおどされてるとか?」

 ちゃうわ。野球や。知ってることあったらおしえてくれへんかな。ぼくはいつものようにつっかえながら、五分くらいかけてなやみをうちあけた。

「ふーん、そういうこと。つまり友だちにそのなんとかっていうスポーツにさそわれてるわけだ」

「はい、ぼく、足が速いので、目を、つけられました」

 ちょっと自慢っぽく聞こえたかもしらん……と思ったらべつにエル姉ちゃんは感心したふうでもない。やっぱり中学生ともなると、はしるの速い男の子はかっこいいとか、そういうのはなくなるらしい。ちっ。

 あとそれから、ムジヒコはまだ友だちやないよ。今のところは。そこはちゃんと弁解しておいた。

「よし、わかった。お姉ちゃんがしらべてあげる。おいで」

 はあ?どうやって?

 ぼくらは階段をのぼっていった。ほんでお姉ちゃんの部屋にみちびかれていく。ぼくの部屋のとなり。

 ここに入るのは通算で二回目くらいかな。べつに入るなっていわれてるわけやないし、お姉ちゃんはしょっちゅうぼくの部屋にやってくるけど。ことわりもなく。あー、やっぱり女の子の部屋って、まぶしくて、ええにおいがする。

 お姉ちゃんは椅子にすわると、箱みたいなんのスイッチを押した。パーソナルコンピューター。

「ええと、なんていったっけ。野球?」

 ぼくはうなずいた。

 お姉ちゃんは、カタカタカタとキーボードをたたく。

「ふうん、いくつか出てきたわ」

 あっ、そういうこと。パーソナルコンピューターって、ものをしらべるのにもつかえるねんなあ。ぼくもいちおう一つ持ってるけど、ネット動画を見るのと、スライプっていうテレビ電話で、お父さんとちょっとしゃべるのでしかつかったことなかった。だれもおしえてくれへんから。

「うん、だいたいわかった。野球はつまり、石みたいにかたいボールを人にぶつけるスポーツってことね」

 えっ、うそっ、えー。そんなんにあいつ、ムジヒコはさそいやがったってこと?あいつ、ぼくにうらみでもあるの?

「おやっ?ちがうのかな?あっ、ごめん。まちがえた。ぶつけたら、ぶつけたほうが負けになるそうよ。死球、デッドボールといって、死んだことになるんだって」

「……」

「ああ、あれかあ。巨人族ってチームが近所にあるわね。あれって野球のことだったのか。えーと、この星で一番ふるいチームなんだそうよ」

 もー、なにそれ。さっぱりわからん。いくらラガタ星でも、巨人なんて一人も見たことないけど?

「うわっ、オーマニ選手って、野球の人だったのかぁ。ねえ、あんたもオーマニは知ってるでしょ」

 いや、知らん。だれそれ。

「ほら、あの背がたかくてハンサムな男の人。エンゼルスだっけ。このあいだホーマー王とかなんとかいう賞にかがやいたって、さわがれてたじゃない。ひゃー、彼、年俸一億ラガータだって!」

 一億ラガータ。一ラガータは何円?ぼく、お金のことはようわからん。でもすごい額ってことなのかな。

「ハマオ、あんた、野球やりなさいよ。いいじゃない、もしかしたら才能あるかも。わたし、応援にいってあげる」

 で、結局、野球ってなんなん?

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