13

 午前の明るい日光が窓からふりそそぐ休み時間、ぼくはいつものように読書にはげんでいた。まあ、他にすることないから。

 トミにはなしかけようとしても、あの子、教室ではあんまり相手してくれへん。思うに、ここでは男と仲よくあそんでるところを、クラスメイトに見られたくない、みたいなことなんかもしれん。気むずかしい自分のキャラクターをまもりたいんかな。ていうか、トミのすがたが見あたらん。どこいったんやろ。

 ともかく本読むのは自分ちの一人部屋やないと、あんまし集中できひんねよな。みんなのぺちゃぺちゃはなす声とか物音がうるさいし、あばれまわってる男子らのうごきも目に入ってしまう。そもそも休み時間はみじかすぎるんや。

 このあいだトミパパにもらった『宇宙少女トミ』を二分前にとじて、ぼくは他の一冊にチェンジしたところ。いや、おもんなくて、とかではぜんぜんない。むしろこわいくらいに物語の中へひきずりこまれそうになっていた。さすが、新人賞をとっただけのことはある。ただちょっとハードな場面がつづいたんで、つかれてしまったかも。あと、今度トミパパに会ったとき、感想いわなあかんのかなあ、というのが気にもなっていた。

 そんでもう一冊、図書館でかりてきたやつをひらいたんや。それがひとりでに空中にうかぶ。

「『くるま……』のあと、なんて読むんだい」

 ふいをつかれて、ムジヒコに読んでる本を取りあげられていた。それ、読書家にきらわれる行為のベスト5とかに入ってるやつやで。

「『車椅子少女の憂鬱』」ぼくはタイトルをおしえてやった。できるだけ不機嫌そうな声にならんように。

「あっ、あー、トミちゃんのことか」

 いや、正直、そのことの勉強になるかなー、と思ってえらんだ本やねんけどな。ある程度のこと、知っときたい、というか。

「そんなことよりさ」ぱたん、とムジヒコは本をとじた。

 てめー、まだしおり、はさんでないんやぞ。2ページ目やからええけど。

「つぎ、体育だから。きみもさっさと着がえて、グラウンドにいったほうがいいよ」

あっ。ぼくは立ちあがって、あたりを見まわした。知らん間に男子たちは白の体操服すがたにかわっていて、ほとんど教室を出るところやった。

「たいした集中力じゃないか」

 それでさっきから、女子が一人もおらんかったんやね。

 ぼくはいそいで着がえ、外へととび出した。チャイムが鳴って、ぼくが一番おそかったみたいやけど、青鬼先生がくるよりは早かったから、間にあったといってええやろう。

「よーし、今日は五十ミーター走のタイムをはかるぞー」

 なんやそれ。まあ、前回までの、わけのわからんはずかしいダンスをおどらされるよりはマシかな。

 準備体操をおえると、先生と体育係の子が一人、とおくのほうへさっていった。ほんであっちから手をふってくるのが見える。

 えっ、なにすんねやろう。

だれかがぼくの肩をたたく。「おい、背の順で二人ずつだってよ」

クヘやった。腕をぐるぐる、それから何度もジャンプしている。

「な、なに」

「だからー、はしるの」

 そうか、そういえばクヘもぼくとおなじくらいのおちびさんやないか。金髪でえらそうな顔してるけど。地球人とのハーフやからかな。

 クヘは線をひいてあるところでしゃがみ、地面に手をつく。へんなかまえで先生のほうをまっすぐ見つめている。ぼくもまねしたほうがええんやろか。

 あっちで先生が手をあげ、手をふりおろした。するとクヘがはしり出す。

 うわー、おくれた。ぼくはあわてておいかける。そしてすぐおいついた。しばらくならんではしり、おいぬく。

 じつはラガタ星についたその日から、ほんのちょっとだけ感じててん。なんとなく体がかるいような。

 誤差の範囲ではあると思う。ラガタ星と地球、これは奇跡的なことなんやってこっちの社会の授業で学んでんけど、重力の値はほぼいっしょなんやって。だから植民星にえらばれたそうな。

ただ気持ち的なことなんか、ラガタ星にきてからのほうが体がうごかしやすいかも。

 「ドラえもん」の宇宙のはなしでやってたみたいな、圧倒的な差というのは生まれへんねんけど。

 地球ではべつにぼく、運動できるほうやぜんぜんなかってん。足もちょっとええくらいやった。でもこっちでは、わりとやれるかな。

 あ、クヘもけっこうすごいやん。くらいついてくる。まあ、みじかい距離やし、そのままゴール。

「ハマオ、9秒58。おー、やるじゃないか。クヘはクラスで一番速いんだぞ」と青鬼先生。

 ふうん、そうなんや。ぼくみたいなもんでも人に勝てる競技があってんな。まあ、たぶん重力のおかげや。ぜえぜえいいながら、そう思った。ただ空気はうすい。しんど。

「おいっ、おまえ!」クヘはなんかおこってる。「速いなら、いっとけよな。恥かかせやがって!」

 知らんがな。はしる前に、「ぼく速いんで、よろしくですー」なんていうのもへんやろ。でもケンカとなれば、不良のこいつに勝てるわけないもん。ぼくはぺこぺこ頭さげといた。

 なんかぶつぶつ文句が聞こえるけど、そのまま二人で、みんながおるほうへもどっていく。

 だれもなにがおきたんか、とおいからようわからんかったみたい。そんな差でもなかったし。でもクヘが、ムジヒコやホメガに「こんなやつに負けちまったよー」とくやしそうに報告したところ、ちょっと集団がざわざわし出した。

 ぼくは大変なことに気づいてしまった。小学生男子って、足が速いと女の子にモテる。それは地球でもそうやった。ぼくには関係ないことやと思ってたのに、これはもしかして。

 ぼくはちょっとはなれたところで見学しているトミのほうをふりむいた。べつに興味なさそう。

 そのとき、つよい力で肩をたたかれた。

「ハマオ、野球やろうぜ!」

 ムジヒコやった。はあ?なにそれ。

「きみは野球にむいてる!たのむ、いっしょにやろう!」

 意味わからん。むいてるっていうのはつまり、上手にできるとか、そういうことかな。野球?地球にはそんなもんなかった。

 なんや女の子たちがぼくのほうをちらちら見ながら、こそこそしゃべってる。いや、ムジヒコを見てるんか。そらそうやな、こいつは背がたかくて顔がかっこよくて、クラスの中心人物やもん。

 クヘはにくしみながらにらんでくるし、となりにすわってる仲間の大男・ホメガも……こいつはなにかんがえてるかわからん。

「野球、なんですか」当然の疑問をぶつけてみる。

 するとムジヒコはショックをうけたらしい。この世で野球を知らない人間がいるなんて、想像したこともなかった、みたいな顔で。

 頭をかかえてから、首をぶんぶんふり、混乱をふりはらってから「野球とはつまり……」と説明しようとしたところ、女の子に「つぎ、ムジヒコくんだよ」と背中をつつかれたものだから、ホメガといっしょにあっちへはしっていった。

 そういえばこのクラスではクヘがトップやったということやから、つまりぼくはムジヒコよりも速いんや。えー、そんなことある?

 ぼくはなんにもわかってないトミに報告しようとしたんやけど、なんやもう一回はしってタイムをはかるっちゅうことらしいんで、もう一回はしって、クヘに地団太をふませた。いや、地団太がなにかも知らん。

 またムジヒコがちかづいてきそうやったけど、クヘとホメガにつかまってごちゃごちゃはなしあっていた。クヘがずっと文句ゆってる。あいつのことは今後、さけたほうがよさそうや。怪我したないねん。

 そのうちにチャイムが鳴って教室へもどった。きがえたら給食の時間。今日は青いパンと青いシチューみたいなどろどろのなにか、青野菜いためと青ミルクで、いつもやったら、まっずいなーと思いながらいやいやたべるところやけど、けっこうおなかがすいており、いつの間にかなくなっていた。

 昼休み、教室では相手してくれへんトミと、やっと二人になれる。と思っていつもの木のかげにやってくると、どういうことや、ムジヒコがついてきて、トミとぼくのあいだの石の上にすわった。

「クヘはともかく、ホメガはきみのこと、チームにさそっていいってさ」

 またわけのわからんことを。

「トミちゃんも、賛成だろう?」

 ムジヒコがとなりのトミにはなしかけたところ、トミは円盤をうかせ、とんでいこうとする。するとムジヒコはすばやくつかまえながら、「まあまあまあ、聞いて聞いて」とおしとどめたので、トミは舌打ちをしてからあきらめた。

 ムジヒコってやつは男子はともかく、クラスのほとんど全女子の心を掌握しているらしく、コミュニケーション能力のおばけみたいに見える。きっと勉強もやらんだけで、頭はええんやろう。

 トミがこいつをきらいなんは、ぼくとしてはちょっと安心というか。

 でもガッツのあるムジヒコは、さかんにトミをくどこうとする。というかしゃべりかける。

 そういえばこのあいだの補習のとき、こいつは中学生の女子とつきあってる、ってゆってなかったけ。もうふられたんかな。

 ぼくも最初は、トミのことをわりと地味な女の子、と認識してたんやけど、仲よくなってちゃんとその顔のつくりを観察してみると、なかなか味わいのあるよい表情をしている。つまり、わりかしかわいい。だからこんなスケコマシにねらわれたら、ちょっと厄介や。

 どないしよう。今、トミ、ムジヒコ、ハマオのならびですわってるところを、トミ、ハマオ、ムジヒコの順にかえるべきやろか。

 そんなことをぼんやりかんがえているうちに、ムジヒコはなにかをずっとしゃべっている。内容はよくわからない。

「うちのチーム、四年生はまだおれら三人しかいないんだ。野球って九人必要だろ?」

 ふうん。サッカーとおなじやね。ちがったっけ。

 サッカーやったらぼくもよく知っている。あれは地球でも人気のスポーツで、ワールドカップというまあまあ有名なイベントが二、三年に一回ひらかれてた気がする。あれは手をつかったらあかんねんよな。たしか、マラソン、も手をつかったらあかんかったはず。

「野球、は手をつかいますか?」

「うん?手をつかわないスポーツなんかないだろ」

 しばしの沈黙。この星の人とはときどきはなしが通じない。ラガタ星のサッカーはハンドありのルールなのかもしれん。

「とにかくさ、足の速いきみとクヘが一・二番を打って、三番のおれと四番のオメガで点をとれば、かたちになると思うんだ」

 ムジヒコはぼくの疑問にこたえてくれない。

「となり町のチームがすっごくつよいんだよ。うちの上級生なんかじゃ、ぜんぜん歯が立たなくてさ、毎回ボロ負けなのが悔しいんだ」

 おそらく野球というのは不良に人気のスポーツで、うちの学校の四年生にはわるいやつなどこいつら三人しかいないにちがいなく、それでだれをさそってもことわられるのだろう。ムジヒコも男子には人望がない。ついでに先生にもきらわれていた。

 ただぼくはこいつのことはいいやつだと思っている。クラスではなしかけてくれるのはこいつだけで、なにか学校のきまりごとなんかについてわからんくなったときには、質問できるのはこの男だけなんや。それにこいつらの仲間にさえなっておけば、いじめられる危険性もへるやろう。

 それにぼくは、こんなにも必死にだれかにたのみごとされるのは、はじめてかもしらん。ぼくの足が速いばっかりに。こんなぼくでも人の役に立てるのかな。それってちょっと気持ちええやん。

「おーい、ムジヒコ、そんなところにいたのか」

 とおくのほう、校舎を出たところでだれかがさけんでいる。あれはホメガかな。でっかい声。

「クヘが五年生ともめてるんだ。ちょっときてくれ」

 どうやらケンカのおさそいらしい。ムジヒコはやれやれ、というふうに立ちあがった。

「それじゃ、ハマオ、かんがえといてくれよな」そうゆうてはしっていく。

 のこされたぼくはトミと顔を見あわせた。

「トミは野球、知ってますか」

「まあね。でもあんな野蛮なスポーツ、あなたにはにあわないわ。あなたは勉強と、本さえ読んでおけばいいの」

 お母さんみたいなこというやん。

 そして二人はいつものように、それぞれ持ってた本をひらくのやった。

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