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 あかん、クッキーでおなかいっぱいや。ミルさんにはわるいけど、晩ごはんがどうしても入らへん。

 いや、ぼくはこの家では気ぃつかわなあかん立場やから、入らへんですますわけにはいかへんねん。うーん、きっついわ。

 べつにミルさんは、料理がへたとかやないと思うねん。だっておじさんもエル姉ちゃんも、ふつうにおいしそうにたべてるし。

 ただなあ、ラガタ星のたべものって、全体的に青みがかってて、地球とちがいすぎる。

 お母さんとくらべてみると、あの人は決して料理が得意とかやぜんぜんなくて、ほとんどはスーパーでできてるやつを買ってそのままならべる、みたいなんが多かった。まあ、そういうのってふつうにおいしいし。それにたまに、カレーとかシチューやったらつくってくれたんや。

 たぶん、ラガタ星にはカレーなんてないんやろう。こっちの人にそれがどういう料理か説明することも、ぼくにはできそうにない。とにかく、からいねん、としか。

 あれ、なんてゆうたかな。特殊な粉をつかってた気がする。頭にスがついたと思うねん。こっちではそんなん手に入らんか、下手したら違法薬物とかに指定されてるかも。

 あー、このダイコンに似てる青い物体はなんですか、と質問することも、シャイなぼくにはむずかしいんや。ぼくはだまってかんでのみこむ。

 おや、そういえば今夜はおじさん、おらへんねやな。また残業か、出張にでもいったんかな。朝ごはんのとき、なんかゆうてたかもしらんけど、興味なくて記憶してへん。

 どっちにせよ、食卓でしゃべる役目はぼくやなく、ミルさんとエル姉ちゃんなんや。さっきからテレビジョンにうつってる、アイドルみたいな若い男のグループの、だれがかっこええか、という話題でもりあがってる。おじさんがおらんと、食事中にテレビジョンが見られる。

 ぼくはそーっと、青いダイコンみたいなんを、大皿にもどした。よし、だれも見てへん。

「ごちそうさまでした」

 ほんまやったら、自分の部屋にもどりたかったところやけど、例のラガタ語の特訓っちゅうことで、みんなとテレビジョン鑑賞をせよ、ってエル姉ちゃんがいうので。おじさんがいるときみたいにドリルやらされるよりは、よっぽどええわ。

 まあ、テレビジョンっちゅうのはバカにしたものでもなく、ほんまに語学勉強にはつかえるもんらしい。そら、だーれも画面の中で地球語なんかしゃべらんもんな。

 いつの間にかチャンネルがかわってて、お笑い番組をやってる。なんやろう、コント、というふざけたお芝居が。

 ラガタ星には差をつけられまくっている地球で、唯一勝ってる、とされているのがお笑いの文化なんや。地球人はみんな日常からふざけるのが好きで、それにくらべたらラガタ星人はどうもまじめくさってるっちゅうか、しんきくさいっちゅうか。

 地球には、どつき漫才っていう伝統芸能があって、それにはまずツッコミというのを説明せなあかん。いや、まあ、あれってつまりどうやってんねやっけ。

 とにかくぼくはこんな、コント、みたいなんで笑いたくない。でもときどきやっぱり、ふき出してしまうな。

 エル姉ちゃんが、ばんばんぼくの背中をたたきながら大笑いしている。こういうのがちょっとうれしかったりして。

 番組が終わって、エル姉ちゃんはふろに。ぼくは部屋にもどろうとしたら、ミルさんにひきとめられた。

「まってよぉ、ハマオちゃん。まだ特訓、終わってないんだからー」

 おや、ミルさんはお酒をずっと飲みつづけていたらしい。顔が真っ赤で、というか紫で、目がぐるぐるしてて、体をまともにささえられてへん。そんで茶色いビンとコップにしがみついてる。

「ねえ、聞いてくれる?これも勉強なんだからさぁ、おばさんにつきあってよぉ」

 こわっ。世の中にはよっぱらい、というもんがおるって聞いてたけど、実際目にすんのは……まあ、お父さんもお母さんも、たまに飲んでたか。あの人らはこんなふうにふにゃふにゃにはなってへんかった。

「今夜さぁ、あの人出張っていってたけど、ほんとかしらねぇ。どっかであそびあるいてるか、愛人がいるかもしれないわぁ」

 ふうん。やるやん、おじさん。

「ほんともう離婚したい。わたし、あの人、きらい。すぐどなるもん。ねぇ、ハマオくんはどう?わたしとおじさん、どっちが好き?」

 その選択肢やったら、ミルさんやけど……ってべつにこたえを聞きたくていうてるんやないんやね。

 さっきからミルさんはテーブル越しにぼくの手をにぎってはなさない。そんでなでまわされたりして。と、思ったらコップに酒をついで、青いスルメみたいなんをかじってる。

 なにをいってるか、もはや聞きとるのもむずかしくなってるけど、まあだいたいはおじさんのわる口なんやろうな。家事をぜんぜん手伝わんとか、女として見てくれんとか、わたしにさわろうともせんとか、意味はちょっと、ようわからん。

「ねえ、ハマオくん」ぐいんと椅子からのり出して、顔をちかづけてきた。「おふろ、いっしょに入ろうか」

 はあ?なんで?

「わたし、さびしいの」ぐすぐす泣きまねをする。「エルはさぁ、もうずいぶん前からいっしょに入ってくれないし。十歳くらいまでだったわ。ハマオくんは今、十歳でしょ?」

 えーでも、僕は男の子やし……

「もう!ママったら、ハマオがこまってるじゃない!」

 うわっ、びっくりした。いつの間にかパジャマで髪をふいてるエル姉ちゃんが後ろに立ってるやないか。

「ハマオ、いこう。よっぱらいの相手なんかしなくていいの」

「あぁん、ハマオくーん。おふろ、入ろうよぉ」

 エル姉ちゃんにひっぱられて、階段をのぼっていく。ちょっと残念かも。

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