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 日がくれかかるころになって、やっと解放された。もうへとへとや。二度と勉強なんかしたくない。まあ、ちょっとくらいおそくなったって、うちではだれも心配なんかしてへんやろう。補習うけてました、ってゆわなあかんのはかっこわるいけど。

 くつはいて、校舎をとび出したとき、ぐいーん、ぐいーん、ぐいーんというい独特のモーター音みたいなんが後ろから聞こえてきた。えっ、まさか。

 ふりかえるとやっぱり。メガネのにあうかわいい女の子が、おっかけてくるやないか。

「ねえ、いくらなんでもおそすぎない?」

 たしかにぼくら、たいていの日はぜんぶの授業がおわってから、しばらくそのへんの木のかげとかで、本のはなしやらなんやらをてきとうにしゃべってから、おわかれする習慣になってたんや。ただ今日は、帰りの会のときに青鬼先生が、ぼくらは補習やってみんなの前で発表して、はじかかされたんを聞いてたはずや。

「まってて、くれましたか」

「ふん、ひまだったから。ちょうど図書室で読みたい本もあったし」

 ちょっとうれしいかも。

「ねえ、あんなやつらとつきあわないほうがいいよ」

 えっ、つきあうって?

「あんなのといっしょにいたら、あんたまで不良になっちゃうわ」

 あー、ムジヒコ、ホメガ、クヘのことか。いや、べつにつきあってるわけやなくて、ただいっしょに補習うけてただけやから。

 あの子らって不良なんかなあ。べつになんかわるいことしてるのも見てないし、ただアホなだけとちゃうの?不良ってあれやろ、マンガでよう見るような、髪はリーゼントで、特攻服か短ランか長ランを着て、顔面や肩にいれずみをほって、よその学校までケンカしにいって、番長に忠誠をちかう、みたいな。

 金髪は一人おったか。

「彼ら、そんなわるい人たちじゃ、ありません」

 舌打ちするトミ。

「あんたとあいつらは、ぜんぜんちがうんだから。だいたいあんた、べつにバカじゃないでしょ。勉強さえちゃんとしてたら、補習なんかうけなくていいはずよ」

 ぼくはだまりこんだ。そんなんゆうたかて。授業はぜんぶラガタ語やし、地球とはちがう教科書つこてるし、先生のはなしはおもんなくて聞いてられへんねん。

「でも、本はちゃんと読めてるじゃない。わたしとちゃんとはなしもあうし、作文だってふつうにおもしろかったわよ」

 はあ?作文って?

「あら、ごめんね、机の中にしまってあったの、勝手に読んじゃった。地球の学校で遠足にいったはなし、あんなのこっちじゃ、書ける人いないわ」

 そらみんなほとんど、地球なんかいったこともないやろから。

 地球といえば、お父さんがよく、勉強しろとかゆうてくることがあったけど。あっちには塾、とかいう、なにがおもしろいんだか、学校おわってからまた勉強させられるための、しょうもない小屋みたいなもんがあって、同級生はたいていかよわされてた。ぼくはラッキーなことに、そんなんにかよえともかようなとも、いわれたことはなかってん。

 こっちのうちでは、地球でよりはやさしくしてもらってるし、ラガタ語の猛特訓はうけさせられてるけど、それは生活のためであって、学校のテストみたいな、なんのためかわからんもんのためやない。たぶん。

「ねえ、あんたそのままじゃ、ろくな大人にならないわよ。本読んでるだけじゃだめ。いろんなことまなんで、かしこくならなきゃ、この世界じゃ生きていけないって、パパがよくいってるわ」

 はあ、なにそれ。そのパパって、青鬼先生みたいなこというやん。ぼく、あいつきらいやねん。だいたい、おこる大人ってむかつくわ。

 ぼくらはそんなことをしゃべりながら、グラウンドのすみにある、いつもの木のかげに移動していった。

 もうだいぶ日がかたむいて、かげはながーくなっている。そういや下校時間って何時やろう。

 ただこんな内容でも、トミと二人でしゃべってるのはたのしいな。こうゆう暗いとこでこの子に顔をよせられると、なんかうれしくなってしまう。

 例のマシン、ずっとういてるのかと思ったら、とまってるときは着地する仕様になってるみたいや。そらそうか、いらんときにういてたら、バッテリーがいかれてしまうやろう。音も気になるし。

 なんてゆうたっけ、スカイチェア、とかゆう商品名を、前にトミが口にしてたような。でも、円盤、でええんとちゃうかな。

 トミはさっきから、勉強せえへんかったらどんなひどい将来がまってるか、とかいう地獄みたいなはなしを熱弁してくる。それはいつも二人で読んでるSFよりは、ファンタジーにちかい世界観に聞こえた。

「それでトミは、どうやって勉強してますか。こっちにも塾、ありますか」

「パパにおしえてもらってる」

 ああ、そう。だとしたらぼくにはぜんぜんむりなことやん。うちのお父さんなんか、とおいかなたの空のむこうやで。

 トミは、まずいことゆうたんに気づいたらしく、妙にうろたえ出した。

 ぼくんちの家庭状況、親が離婚して親戚のうちにあずけられてる、みたいなんは簡単には説明したことあったかもしらん。とゆうか転校初日、青鬼先生がクラスみんなの前で口すべらせよった。だれもぼくに興味持ってへんし、もうおぼえてるやつはほとんどおらんやろうけど。

「あのさ、こういのはどうかな。わたしが勉強、おしえてあげる、みたいな」

 しばしの沈黙。この星のしょうもない黒い鳥の、カーカー鳴く声が聞こえてきた。

 まあたしかに、トミはこんなに熱く語るだけあって、勉強はようできるらしい。ぼくとは頭のできがちがうんやろう。授業中ふりかえったら、ななめ後ろの席で必死になってノートになんか書いてるすがたがいつも見えたもんや。あんなんしてなんの意味があんのかって、よう思ってた。

「おしえる、というのは、つまり、どこで」

「わたしのうちにくる?」

 えー、ということは、およばれ、ってことかな。女の子のうちに、ぼく、いってええの?

 そんなん絶対いきたいわ。

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