10
日がくれかかるころになって、やっと解放された。もうへとへとや。二度と勉強なんかしたくない。まあ、ちょっとくらいおそくなったって、うちではだれも心配なんかしてへんやろう。補習うけてました、ってゆわなあかんのはかっこわるいけど。
くつはいて、校舎をとび出したとき、ぐいーん、ぐいーん、ぐいーんというい独特のモーター音みたいなんが後ろから聞こえてきた。えっ、まさか。
ふりかえるとやっぱり。メガネのにあうかわいい女の子が、おっかけてくるやないか。
「ねえ、いくらなんでもおそすぎない?」
たしかにぼくら、たいていの日はぜんぶの授業がおわってから、しばらくそのへんの木のかげとかで、本のはなしやらなんやらをてきとうにしゃべってから、おわかれする習慣になってたんや。ただ今日は、帰りの会のときに青鬼先生が、ぼくらは補習やってみんなの前で発表して、はじかかされたんを聞いてたはずや。
「まってて、くれましたか」
「ふん、ひまだったから。ちょうど図書室で読みたい本もあったし」
ちょっとうれしいかも。
「ねえ、あんなやつらとつきあわないほうがいいよ」
えっ、つきあうって?
「あんなのといっしょにいたら、あんたまで不良になっちゃうわ」
あー、ムジヒコ、ホメガ、クヘのことか。いや、べつにつきあってるわけやなくて、ただいっしょに補習うけてただけやから。
あの子らって不良なんかなあ。べつになんかわるいことしてるのも見てないし、ただアホなだけとちゃうの?不良ってあれやろ、マンガでよう見るような、髪はリーゼントで、特攻服か短ランか長ランを着て、顔面や肩にいれずみをほって、よその学校までケンカしにいって、番長に忠誠をちかう、みたいな。
金髪は一人おったか。
「彼ら、そんなわるい人たちじゃ、ありません」
舌打ちするトミ。
「あんたとあいつらは、ぜんぜんちがうんだから。だいたいあんた、べつにバカじゃないでしょ。勉強さえちゃんとしてたら、補習なんかうけなくていいはずよ」
ぼくはだまりこんだ。そんなんゆうたかて。授業はぜんぶラガタ語やし、地球とはちがう教科書つこてるし、先生のはなしはおもんなくて聞いてられへんねん。
「でも、本はちゃんと読めてるじゃない。わたしとちゃんとはなしもあうし、作文だってふつうにおもしろかったわよ」
はあ?作文って?
「あら、ごめんね、机の中にしまってあったの、勝手に読んじゃった。地球の学校で遠足にいったはなし、あんなのこっちじゃ、書ける人いないわ」
そらみんなほとんど、地球なんかいったこともないやろから。
地球といえば、お父さんがよく、勉強しろとかゆうてくることがあったけど。あっちには塾、とかいう、なにがおもしろいんだか、学校おわってからまた勉強させられるための、しょうもない小屋みたいなもんがあって、同級生はたいていかよわされてた。ぼくはラッキーなことに、そんなんにかよえともかようなとも、いわれたことはなかってん。
こっちのうちでは、地球でよりはやさしくしてもらってるし、ラガタ語の猛特訓はうけさせられてるけど、それは生活のためであって、学校のテストみたいな、なんのためかわからんもんのためやない。たぶん。
「ねえ、あんたそのままじゃ、ろくな大人にならないわよ。本読んでるだけじゃだめ。いろんなことまなんで、かしこくならなきゃ、この世界じゃ生きていけないって、パパがよくいってるわ」
はあ、なにそれ。そのパパって、青鬼先生みたいなこというやん。ぼく、あいつきらいやねん。だいたい、おこる大人ってむかつくわ。
ぼくらはそんなことをしゃべりながら、グラウンドのすみにある、いつもの木のかげに移動していった。
もうだいぶ日がかたむいて、かげはながーくなっている。そういや下校時間って何時やろう。
ただこんな内容でも、トミと二人でしゃべってるのはたのしいな。こうゆう暗いとこでこの子に顔をよせられると、なんかうれしくなってしまう。
例のマシン、ずっとういてるのかと思ったら、とまってるときは着地する仕様になってるみたいや。そらそうか、いらんときにういてたら、バッテリーがいかれてしまうやろう。音も気になるし。
なんてゆうたっけ、スカイチェア、とかゆう商品名を、前にトミが口にしてたような。でも、円盤、でええんとちゃうかな。
トミはさっきから、勉強せえへんかったらどんなひどい将来がまってるか、とかいう地獄みたいなはなしを熱弁してくる。それはいつも二人で読んでるSFよりは、ファンタジーにちかい世界観に聞こえた。
「それでトミは、どうやって勉強してますか。こっちにも塾、ありますか」
「パパにおしえてもらってる」
ああ、そう。だとしたらぼくにはぜんぜんむりなことやん。うちのお父さんなんか、とおいかなたの空のむこうやで。
トミは、まずいことゆうたんに気づいたらしく、妙にうろたえ出した。
ぼくんちの家庭状況、親が離婚して親戚のうちにあずけられてる、みたいなんは簡単には説明したことあったかもしらん。とゆうか転校初日、青鬼先生がクラスみんなの前で口すべらせよった。だれもぼくに興味持ってへんし、もうおぼえてるやつはほとんどおらんやろうけど。
「あのさ、こういのはどうかな。わたしが勉強、おしえてあげる、みたいな」
しばしの沈黙。この星のしょうもない黒い鳥の、カーカー鳴く声が聞こえてきた。
まあたしかに、トミはこんなに熱く語るだけあって、勉強はようできるらしい。ぼくとは頭のできがちがうんやろう。授業中ふりかえったら、ななめ後ろの席で必死になってノートになんか書いてるすがたがいつも見えたもんや。あんなんしてなんの意味があんのかって、よう思ってた。
「おしえる、というのは、つまり、どこで」
「わたしのうちにくる?」
えー、ということは、およばれ、ってことかな。女の子のうちに、ぼく、いってええの?
そんなん絶対いきたいわ。
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