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あれから三週間くらいすぎたやろか。放課後、とゆうてええんかな。ぼくとムジヒコとホメガとクヘの四人で算数の補習授業をうけさせられてる。テストの点がとくに壊滅的なメンバー。
「それじゃあ、先生はちょっと用事があるから、六問目の計算問題をといておきなさい」そうゆうてさっていく青鬼。
「だれがやるかよ」足音がとおざかるのをたしかめてから、ホメガがつぶやいた。
地球の学校でもこんなんはたまにいたわ。まじめに勉強するのがかっこわるいと思い込んでるアホ。ぼくはちゃうで。まじめにがんばってもなんもわからんだけや。
でもべつに、こいつらがきらいなわけやない。むしろおちこぼれどうし、親近感がわくとゆうか。じつはこうゆう補習ももう三回目やねん。ずっと固定された四人。仲よしグループに入れてもろたような気もしてくる。
「ハマオくんはさあ、このあいだのテスト、何点だったわけ」とムジヒコ。こうゆう補習の時間には、気がるにはなしかけてくれる。ふだんは空気であるぼくに。
ゆびで、三十六点、としめしてやった。
「うへー、二十六って、なかなかのバカだな」とクヘがさけぶ。ちゃうわ、三十六じゃい。とゆうてもどうやら、こいつらの中ではできるだけアホをよそおっていたほうが、仲間あつかいしてもらえそうやから、あえて訂正はせん。
なんの用事かしらんけど、先生はきっと、しばらくもどってこうへんやろう。たぶん。
「そういえばムジヒコ、あれ、どうなったんだよ。あの中学生」
「ふっ、もちろんおちたさ」
うわー、マジかよ、とホメガ&クヘ。そういやこいつら、この前の補習でもそんなはなししてたな。
ムジヒコとゆうのは小四とは思えんようなスケコマシで、つまりラガタ星の基準でゆうところの、おしゃれでスタイルがよく、顔がかっこよくてはなしかたがスマート、女の子のあつかいになれてる、みたいな信じられへんキザ野郎なわけで。
とはいえ、ぼくもこないだのこいつらのはなしにはびびらされたわ。小四にとって中学生のお姉さんといえば、影もふめんような上位の存在なはずやのに。
前回、今おれがねらってる女、とかゆうてケータイの画像をぼくも見せてもろてん。テレビの学園ものとかにでてきそうな美女やった。顔青いけど。そのへんにいるレベルでははっきりなかったで。あんなんとおつきあいできるなんて、夢の世界の住人やな。
「くっそー、おれも女がほしいぜ」と、くやしがるホメガ。そうやな、ふつう、そんなん小学生には不可能なはなしや。
このホメガは体がやたらでかくて、とくに頭がわるく、ケンカがつよそうで、キレたらなにしでかすか予測不可能なやつ。こいつにはむかったら、学校生活は確実におわるやろう。
「なあ、ムジヒコ、女の子と二人きりのときって、なにはなせばいいんだ?」とクヘがたずねる。
この金髪のクヘはどうゆうやつなんか、今のところようわからん。ただ、その肌の色はくすんだ緑とゆうか、青とうすオレンジの真ん中みたいな、もしかしたら地球人とラガタ人のハーフ、なんやろか。
「いや、おまえがはなすというより、女の子のはなしを聞いてやるのがベストさ」
こいつらの中で、ぼくでもまともにコミュニケーションが取れそうなのは、やっぱりこのムジヒコなんかもしらん。
それからクラスの女の子の評判に、はなしがうつってゆく。だれがかわいいとか、だれがはなしやすいとか、だれがだれを好きやとか。
やっぱり人気なのは、明るくてかしこいみんなのお姫さま、カノンちゃんらしい。この子とムジヒコは幼馴染とかで、前はつきあってたとかいないとか、いろんなウワサがある。そこをホメガやクヘがたずねても、ムジヒコはふしぎにわらうばかり。
ほかにもうちのクラスはかわいい子が多いし、性格とか人間関係とか、ここにおるためには知っといたほうがよさそうな情報がいっぱい出てくる。
まあ、ゆうてもぼくはまだこの三人の仲間でもなんでもないんやけど、そのはなしがおもろいから、ついつりこまれてしまう。
いちおう、まじめをよそおって計算問題をかんがえてるふりはしててんけど、二割の集中力でぼくにとけるような問題は、教科書のどこひっくりかえしても見つからんやろう。
ああ、わからん。割り算って大きらい。ぼくはついえんぴつを机にたたきつけてしもた。バチン。
三人の目が急にぼくのほうへむく。いや、なんでもないです。どうぞはなしをつづけてください。
「ハマオくんはどうだい?どの女の子がかわいいと思ってるか、ぜひおしえてくれたまえ」へらへらわらいながらムジヒコが聞いてきた。
「こいつはあれだろう。あの、トミがお気に入りらしいぜ」
ホメガがその名前を出すと、あとの二人は眉をひそめ、目を見あわせた。
ぼくがトミと仲よしなんは、とっくにみんな気づいているはずや。えっ、べつにわるいことやないやろ?
「あー、トミちゃんね。見方によってはたしかにかわいいかも。メガネがよくにあってる」なぜかムジヒコはにがわらい。
「そうか?あいつ、なんかこわくない?」クヘよ、失礼なことをいうな。
ぼくの表情は無意識のうちにけわしくなっていたんやろうか。
「あのう、トミ、なにか、問題?」ついそんなことをたずねてしまった。
じつをいうと、まだあの子のことがようわかってない。そういえばSFの本のことしかしゃべってない気がする。ぼくもここのところそればっか気になっていて、あの子やって本のはなしが大好きみたいやから。どうすればあの子の人間性、みたいなんを知れるかわからへんし。
「クヘ、おまえトミちゃんと一年生からずっとおなじクラスじゃなかったっけ」ムジヒコがいう。
クヘは顔をしかめた。いかにもめんどくさそうに。
「あー、でもべつにあんましゃべったことねーから」
もしかして、これってチャンスなんかな。頭さげておねがいしたら、おしえてもらえるやろか。
「あ、えっと、クヘ……くん、トミのこと、知ってますか」
「はあ?いや、べつに関係ねーし」と舌打ち。
「おい、知ってることあったら、はなしてやれよ」ムジヒコくん、もしかしてめっちゃええやつ?
「えー、なんだよ、しょうがねーなー」
クヘのぽつぽつかたるところによると、トミは去年の途中くらいまでは、なんてことのないふつうの女の子やったらしい。友だちやって何人もいて、冗談もいうし、ようわらう子やったとか。
それから理由はわからんけど、いきなりながいこと学校を休むようになり、ひさしぶりに登校してきたかと思うと、あのへんなのりものにつねにのって、授業で先生にあてられたとき以外、ほとんど声も聞かんようになったとか。それでだんだん、だれもちかづかず、本人もずっとすみっこで本ばっかり読んでるようになったんやて。
「えっ、そのう、トミはどうしてあれに……のりましたか」
「だからわかんねーつってんだろ。直接聞けばいいじゃねーか」
そのときいきなり、教室のドアがひらいた。
「おまえたち、問題はとけたか」そうゆうて鬼のような顔をのぞかせる。
ちょっとあわてたように、ムジヒコ、ホメガ、クヘは目を見あわす。ぼくも参加させてもらった。
青鬼はそれぞれのノートを点検していく。全員真っ白なもんやから、しゃがみこんで頭をかかえた。
「先生、ぼくらにはこの問題はむずかしすぎます。だからみんなではなしあってたんですけど、だれもわかりませんでした」代表してムジヒコがいいわけした。
「そ、そんなはずは……だって、さっき、ちゃんと説明してやったじゃないか」
「ぼくらは頭がわるすぎて、先生のいってることが一つもわかりません」とクヘ。
はあ、そうなんやな。ぼくかてそんなアホやったんや。
青鬼先生は涙目になってしばらく沈黙してから、首をぶんぶんふって、手帳を取り出し、すごいいきおいでページをめくり出した。
「おれはあきらめんぞ。あさって、あさっての放課後にもう一回補習だ。つぎは絶対、途中でぬけたりはせん。全員がわかるまで、家には帰れないと思え」
えー、めんどう。それってなんかの犯罪とちゃうんかなあ。
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