夕ごはんでおなかいっぱいになってから、ぼくはあの『宇宙人のしゅくだい』をひらきながらぼんやりしていた。一つおはなしを読んでは、目をつむってそのえがかれた世界にただよい、自分のかんがえごとにもどって、気がむいたらまたつぎのおはなしにとりかかる。

 はっきりいって、こんな気持ちのええあそびがこの世にあるとは、知らんかった。映画とかアニメのSFとはまたちゃうねん。本やから入り込める空想の世界の、なんと自由なことか。

 それにひきかえ、現実っちゅうか、ほんまもんの世の中ってのはなんてしょうもないんやろう。そら、しょうもなくない生き方っちゅうんもあるんかもしらん。ただぼくにはそれが用意されてない気がして。正直、毎日がつまらんねや。つかれてしゃあないねん。

 ああ、本の中で生きることができたら、どんだけおもろいやろう。ぼくはここに書いてあるような冒険がしてみたい。

 ひらいたページに顔をぐいぐいおしつけてみた。たのむ、ぼくをそこにいれてくれ。

「なにしるの、ハマオ」

 あばばばばば。本をほうりなげながら、イスといっしょにゆかにたおれこんだ。ごんっ、と頭の後ろをゆかにぶつける音。

「ちょっと、あんただいじょうぶ?」

 うぐぐ、ぼくがあと五才わかかったら、号泣してるとこやで。

「ママー、ハマオが泣いちゃってるー」

 いやいや、ちょっと涙目になってるだけやから。それよりエル姉ちゃん、いくらぼくがここのうちの子やないからって、音もなく人の部屋に入ってこんといて。

「あらあらあら、かわいそうに、どうしちゃったの」かけよってきたおばさんが、やさしくだきおこしてくれた。そんで頭をなでまわされる。「まあまあまあ、大きなたんこぶ。いたかったわねえ」

 おばさん、とゆうかミルさん。名前はリビングでみんなともの食ってるときになんとなく聞こえてきた。そういや、おじさんがなんちゅう名前なんかは、まだ知らんな。聞いたとしても気づかんかった。

ミルさんはエル姉ちゃんに氷を持ってくるよういいつけて、自分はぼくをだきよせ、背中をぽんぽんたたいてくれる。ああ、こんなんもうながいこと、お母さんにさえされたことないわ。女の人ってなんてやわらかいんやろう。

 下の階から、おじさんがどなってる。なにゆうてるんかわからん。

「もう、あの人、ラガタ語の勉強の時間だってさわいでるの。悪意はないのよ、あの人なりに、あなたのためを思ってるんだから」

 いやあ、ありがためいわくやわ。地球語さえできたら十分やし、本やったらちゃんと読めるみたいやから。それよりもうちょっとミルさんにだかれていたいな。

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