放課後、いつもどおりさびしく一人で帰ろうとしたところ。げた箱の前でトミを見かけた。頭と左うでに包帯まいてる。

 あのときトミは、ぼくがまごまごしているうちに、ちょうどとおりかかった知らん先生にかつがれて、保健室につれていかれた。ぶつかられた子はどうなったか、見てなかったからわからん。

 まあでも、友だちにはなられへんかったわけやし、もうええわ。また明日から作戦立てなおして、べつのだれかにアタックせな。と思いながらかるく頭さげてすぎさろうとしたら。

「まちなさいよ」やって。

 ぼくはあたりをきょろきょろ見まわし、それからトミの顔に目をむけると、どうやらぼくにゆうたらしい。

「あんたのうちはどっち」

 ぼくは、ぴっと東のほうをゆびさした。

 トミはなんか顔を赤くしてぐずぐずしてる。ぼくはもう一回頭さげて、帰ろうとすると。

「わたしのうちも、そっちだからぁ」とトミがさけんだ。

 えー、ああそう。でも道で見たことあったかな。こんな子おるんやったら、絶対わすれへんはずやけどな。

 ぼくはてきとうにうなずいて、いっしょに帰ることになった。

 最初のうちは二人ともだまって。ぼくらべつに共通の話題ってないし。

「あの本読んだ?」とトミ。

 そうや。ぼくはあれから、ちょっとのすきま時間をつかって、何ページか読んでみてん。『宇宙人のしゅくだい』はみじかいおはなしのつめあわせみたいな本で、ひらがな多めで漢字にもルビふってあって、ぼくにもちゃんとわかるように書いてあった。これがなんちゅうか、びっくりとゆうか、わくわくとゆうか、今まで感じたことないような気持ちにさせられて。

「おもしろかったです」とこたえたけれど、いや、そんなもんちゃうねん。もっといろいろ、思ったことをいっぱいしゃべりたいところなんやけど、ラガタ語でなんてゆうたらええのか。

 ぼくはついジェスチャーで、なにかをつたえようとがんばり、かばんから本を取り出してぶんぶんふりまわした。

「あら、ほんとは気に入らなかったとか?」

 ちゃうわ、なにゆうてんねん。おもろかったゆうてるやん。

 しばらくがんばっているうち、ぼくがこれを大好きになったことだけはわかってもらえたみたい。

「ふん、そうでしょう。わたしがえらんであげたんだから」

 さっきまでなぜかはずかしそうにだまってついてきてたのに、もうえらそうに勝ちほこっている。ほんでそれをきっかけに、トミはSFのことをべらべらしゃべり出した。

 宇宙船だの、未知の惑星だの、ワープだのタイムスリップだの、自分はこれも読んだ、あれも読んだと自慢たらしく、ぼくの知らん言葉をつぎからつぎへと。

 おもろそう。ぼくはみとめんわけにはいかんかった。トミはけっこうえらい子やってんな。すなおにそう思わんわけにはいかんかった。でもざんねんやな。友だちになれたらよかったのに。

「また、なに読んだらいいかおしえてあげようか」

 それはふつうにおねがいします。と心の中で思っているうちに、うちについてしもた。それじゃ、と頭さげようとしたところ。

「あのさ」それから二十秒。「ほんとはわたしの家、ぜんぜんこっちじゃないの。学校出て西だから。まわり道しちゃった」

 えっ、そんならなにしにきてん。

「友だち、なってあげてもいいわよ。じゃあね」

 えっ。

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