黒百合Ⅲ
私は今広いグラウンドの上に立っている。
眼前には巨大な校舎。
照りつける日差し。
ピクニック日和だね。
校舎の方から見覚えのある赤髪の女性が近付いてくる。
「クロサキさん。もしかして、待たせてしまいましたか?一応まだ十分前のはずですが」
「……べつに」
『あはは!道に迷いやすいから早めに寮を出たんだって正直に言えばいいのにー』
(……呪いが誤作動しないように人と目を合わせられないんだからしょうがないでしょ)
「そ、そうですか。それなら準備が終わり次第、試験を始めたいと思います」
ツバキさんは焦ったように準備を始める。
横にいる自身無さげな女の子も協力するらしい。
『あの子、めっちゃ胸でかいね』
(……あんまりジロジロ見ないほうが良いよ)
『見てるのはユリだけどねー』
(……)
ヒガンの声は無視しつつ、ぼけーっと準備している様子を眺める。
胸のでかい子——クサナギさんというらしい——は空間の一点に大量の魔力をかき集める。
クサナギさんが数秒間目を瞑り、手を前に翳すと、それは最終的には半円球状に固まった。
「け、結界貼れました!」
「……はい。丁度いい強度だと思います。それでは、クロサキさん。あなたはどうやってこの結界を突破しますか?」
ツバキさんの問いを聞き、これが試験なのだと理解する。
透明なその結界は、単純な力を愚直にぶつけても壊れなさそうだ。
(……思ったよりもレベルが高いんだね。他の人はどうやって壊すんだろう)
『送りと償いも使えばすぐに壊せるよー』
(……どうせそのうち色々言われそうだし、加減する必要はないか)
私は一瞬だけ残り2つの
私の中で荒れ狂う魔力、通常ならその手を離れ、周りに少なくない影響を齎す魔力量。
それは完璧に制御することができれば、大量のエネルギーを手にすることができるが、少しでも調整を誤れば災害になる。
魔法少女は通常、1つの
呪いと送りと償い。
それが私たちの
「……壊れて」
もちろん私だけでは到底制御することなんてできない。
だから残りの2つはヒガンが制御する。
『任せてよ』
パリィィィン……
そして結界は自壊した。
「……は?」
「え、え、どうして」
ツバキさんとクサナギが驚愕している。
……壊す必要はなかったかもしれない。
『この様子だとすぐ有名になっちゃいそうだねー、お姉ちゃんは鼻が伸びちゃうよ!』
(……それを言うなら鼻が高いだね)
ヒガンのあからさまなボケについ突っ込んでしまった。
「……これでいい?」
「ええっと、……ちょっと確認したい事があるので少し待ってもらっていいですか?」
「……わかった」
その瞬間、背筋に寒気が走る。
「……そ、そんな!?以前確認した時は、こんなステータスじゃなかったはずです!」
なるほど、体内の魔力をまさぐられているのだろう。
そこそこ不快だが我慢出来ないほどでもない。
『ウチは我慢できなあああああい!!!!ウチのユリの中に居て良いのはウチだけだぞおおおお!!!!』
バチッ!!
「ぴゃあ!」
魔法を使っていたであろうツバキさんが可愛らしい悲鳴をあげる。
「すみません!突然の事で焦ってしまいました。不快でしたか?」
「……大丈夫」
「はわわわわわ……」
ツバキさんが勢いよく頭を下げる。
クサナギさんはツバキさんの背中に隠れてぷるぷると震えている。
『怖がらせちゃったかなー』
(……ヒガン、これくらいの不快感我慢してよ)
『いやー、ユリへの独占欲がむき出しになっちゃって~』
(……そう)
ヒガンを叱っても仕方ない。
これからのことを考えよう。
試験は終わったんだろうか。
私はこの後どうすれば良いんだろう。
とりあえずツバキさんに聞こう。
「……どうする?」
「試験は終わりにします。それほどの力があればAクラスでも問題ないでしょう」
「……帰る?」
「はい。転入に備えて色々準備させてください。これを渡しておきますので、暇でしたら学園を歩き回っていただいても構いませんよ。今日はもう授業中ですので、また明日、クラスのみなさんと顔合わせしましょう」
ツバキさんは微笑んでそう言いながら、懐から黒くて細長い板を取り出して私に渡してきた。
「……これは?」
「一時的な生徒証のようなものです。学園内で困った時はこれを提示してください」
『おお、これがブラックカードってやつか!』
(……それとはまた別でしょ)
「ちなみに学園内の支払いもこれでできますので、専用のものを用意するまでは好きに使ってください」
本当にブラックカードじゃん。
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「スミレさん、スミレ・アオヤナギさん!ちゃんと話を聞いていましたか?」
「……すみません。ぼーっとしていました。もう一度お願いします、ツバキ先生」
……いけません。昨晩、夜ふかししてしまったせいでしょうか。
高等部に入ったばかりだというのに、アオヤナギ家の次期当主として、もっと気を引き締めなければなりませんね。
ツバキ先生に話しかけられたのは、夕方の鍛錬を終えて、私が学園の訓練場から寮へ帰ろうとしていた時でした。
校舎の方からは、まだまだ勉強熱心な同僚の声が聞こえてきます。
「高等部のAクラスに、今日から転入生が入る事になったので、アオヤナギさんにはその子のサポートをしてあげて欲しいんです。大まかな説明はこちらで済ませましたが、慣れないことも多いと思うので」
ツバキ先生はそう告げながら心配そうな表情をします。
この次期にAクラスの方が転入してくるなんて、珍しいこともあるものですね。
大半の魔法少女は10歳頃には覚醒します。
ましてや能力の高い
そのため一般的な魔法少女は、中学校に入る年には花園学園に入学し、その力を我が国のために使うことを義務付けられます。
ですので高等部から転入して来ることはよっぽどの事がないと起こりえません。
……何か訳ありなのでしょう。
「……承知しました。他の学校とは相違があるでしょうしね。転入生の方が困らぬよう、謹んでお受けいたします」
「頼みました。アオヤナギさんになら安心して任せられます。あ、あと彼女とはできれば友達になってあげて欲しいんです」
「……それはもちろん構いませんけれど、その方には何か問題があるのですか?」
言外に、友人になる振りをしなければならないような人物——人格に問題があったり、危険な行動をするような人物——なのかどうかをツバキ先生に問いかけました。
「そ、そんな顔をしないでください!特別何か問題があるわけではありません!行動と言動には15歳らしからぬ落ち着きがありますし、あれほどの
「……」
ツバキ先生の急に熱の入った早口な説明に驚いてしまって、最後の方の内容はあまり頭に入ってきませんでしたが、とりあえずその方が危険な人物ではない事はわかりました。
「……一回会ってみればわかると思います。詳しいことは明日、クラスのみんなにも紹介するのでその時に話しますね。私は明日の準備をしなければならないので、そろそろ失礼します。アオヤナギさんも遠征が近くなって逸る気持ちがあるのは理解しますが、訓練もほどほどにお願いしますね」
そう言って、ツバキ先生は私に1枚の紙を渡して、足早に訓練場から立ち去っていきました。
「……ユリ・クロサキさん、ですか」
私はツバキ先生から渡された紙に目を通しながらそう呟きました。
その紙にはユリ・クロサキさんのプロフィールのようなものが書かれています。
内容の半分くらいは黒塗りにされているので、プライバシーに侵害するような内容は消されているのでしょう。
長い黒髪に朱い目、
見た目は小学生くらいに見えますね。
魔法少女は幼い見た目を保つと言われていますがその中でも特別幼く見えます。
その幼さは、教科書で拝見した英雄、カレン・ハナゾノを想起させます。
私はその紙にさっと目を通すと
「私も明日の準備をしないといけませんね」
そうして制服を整えて寮へ帰っていた途中のことです。
薄暗くなってきた通学路の途中で、長い黒髪の少女が街灯の周りでうろうろしているではありませんか。
……件のユリ・クロサキさんでしょう。
こうも不審な動きをされるとさすがに声をかけざるを得ません。
「そこのあなた、何をされているのですか?」
距離感を誤らないよう、初見のフリをして彼女に声をかけます。
すると彼女はこちらをチラッと視認した後、表情を一切変えずに首を傾げました。
「……これ」
彼女はそう呟きながら横の街灯を指差します。
その街灯は他の街灯と同じように薄暗い通学路を照らしています。
……よく見ると他の街灯よりちょっと縦に長いような。
いや、かなり長いですね。
かなりニョキニョキです。
「これはあなたがやったんですか?」
「……そう」
プロフィールの通り、
知り合いにも口数の少ない魔法少女がいるので意思疎通は容易なはずです。
さきほどの様子から、きっと魔法で形を変えてしまった街灯を直したいのでしょう。
ツバキ先生から聞いていた雰囲気からすると、ユリさんはあまりミスをしなさそうなのに意外ですね。
「あなたの魔法では直せないということですね」
「……そう」
心なしか、ユリさんの無表情な顔が悲しげに見えました。
私と比べて、頭一つ分くらい小さいユリさんの体が、さらに小さく見えます。
庇護欲がすごく刺激されますね……
「ふふ、私に任せていただけませんか?」
私がつい微笑みながらそう問いかけると、ユリさんはこちらの顔色を伺いながら頷きました。
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メインヒロインの一人目、クーデレ枠です
呪いの魔法少女は世界を呪う ~就職先は終末世界に残された最後の砦~ 永眠しがち @rxhstein
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