黒百合Ⅰ
暖かい日差しと心地よい風を感じながら、ぼんやり移りゆく景色を眺める。
もうほとんど散ってしまったが、まばらに桜が咲いているさまは春を感じさせる。
湖に落ちた花びらがゆらゆら……——
ガタンゴトン……
ガタンゴトン……
規則的な揺れは眠気を誘い、船を漕いでしまう。
『駅に着いたらヒガンお姉ちゃんが起こしてあげるから、ユリは寝ちゃっても大丈夫だよ~』
ついに眠りそうになった時、いやもう寝ていたかもしれないが、頭の中でヒガンに声をかけられ目を覚ます。
乗客は少なくて空席が目立つ。
平日の昼間だからというのもあるだろう。
(……なに、お姉ちゃんって。私たち同い年でしょ?)
『正確に言うとウチの方が二ヶ月後に産まれたね!』
(知ってるよ。それじゃなおさら私の方がお姉ちゃんじゃん)
私は七月七日産まれで、ヒガンが九月九日産まれ。
何度も誕生日会をしたので間違えるはずがない。
間違いなく私のほうがお姉ちゃんだ。
『まあ、生年月日で言ったらそうなんだけどさ?もう高校生になるっていうのに、ユリの身長は小学生の頃から全く変わってないし、一緒に居るとなんかユリのこと守りたくなっちゃうんだもん』
守りたくなる云々はよくわからないが、私の身長は確かに伸びていない。
魔力量が多い魔法少女は老化が遅くなると授業で習ったので、多分私はそれだろう。
つまり私の成長期はまだこれからだ。きっと。多分。
(…………まだ伸びるし)
『……え、なんて?』
(まだ伸びるって言ったの!こちとらまだまだ高度成長期ですけど!?)
『うっるさ!耳をすませてる時に心のなかで大声出さないでよ!無い耳がキンキンするよ~』
(……耳が無いんだったら痛くないでしょ?)
『心は痛いよ~!』
(……ふん)
端から見た私は、電車の座席に座り、虚空を見つめて表情をコロコロ変える変人だろう。
変人だとは思われたくないので、乗客が少なくて心底良かったと思う。今日に感謝。
そしてそんな短い電車の旅は突然終りを迎えた。
「——まもなく花園学園第一校門前、花園学園第一校門前です。…お出口は右側です——」
————————————————————
花園学園は東京ドーム五百個分の面積の土地に建つ巨大な魔法少女育成施設だ。
中等部から大学部まで備えたマンモス校で、商業施設をはじめ、専用の個人寮、山から海まで、ありとあらゆる施設、環境が用意された施設だ。
この人工島ニホンに産まれて、魔法少女に覚醒した者は例外なく、この学校に入学することになる。
そう、それは私にも当てはまることで。
駅を出てそこに現れるのは威圧感のある巨大な門。
そこをたくさんの女学生が行き来している。
彼女らも魔法少女かそれに準ずる何かなのだろう。
非常時のシェルターも兼ねているであろうその門は、今は開け放たれているが、閉じていれば私たちの魔法でもビクともしなさそうだった。
『壊すことにこだわらなければ、ウチの魔法で門の一部をどかせると思うけどねー』
(……そもそも入ることだけを考えるなら、壁を越えればいいんだけどね)
ヒガンのそれもそっかーという返事を聞きながらぽてぽて歩いていくと、門の横の女性に話しかけられた。
「あなたが、ユリ・クロサキさんで間違いないですね?」
そこに立っていたのは、赤い髪をショートにして、ツリ目をした真面目そうな大学生くらいのお姉さんだった。
ピッチリしたスーツを着て、片手には何かの資料を持っている。
とても仕事ができそうな印象だ。
「……ユリは、私で間違いない。……あなたは?」
「私は学園から案内を頼まれた、教師の『おのれー!早速ユリを狙う不届きものが現れたな!ユリと仲良くしたいならウチを倒してからにするんだぞー!』みたいですね?」
私が端的に返事をすると、赤髪の女性が自己紹介っぽいことを言っていた気がするがヒガンのせいでほとんど聞き取れなかった。
(……はぁ、うるさいよヒガン)
『ごめん、あの人の表情から下心を感じたから…』
私のことを考えていてくれた結果の行動なら、あまりきつく言えないが、ヒガンはわかりやすく萎れている。
お姉さんは、私の返事を待っているようだ。
……どうしよう、もう一度聞き返すのが申し訳ない。
『大丈夫!こういう時にどうにかなる手段をウチは知ってるよ!』
(……ヒガンはマッチポンプって知ってる?)
『灯油だかガソリンだか知らないけど、とりあえず私の言う通りにして!』
(……はぁ、仕方ないなぁ)
『まずツバキさんを見つめてー、そう!そのまま顔を横に三十度傾けて…そう!』
「……ん?」
「か、かわいっ……と、とりあえず着いてきてください!」
そう言うとツバキ?さんは顔をそらして、慌てて前を歩き出す。
(……あれ、どうなったのこれ?)
『ほら、ヒガンお姉ちゃんの言う通りだったでしょ!』
(……何だかツバキさんの鼻息が荒い気がするね……まあ、いっか)
ツバキさんに言われた通り、私も後を付いて行くことにする。
こんなに人が歩いている所を見るのは産まれて初めてかもしれない。
しかも全員が女性で、中学生くらいの人ばかり。
(そっか、みんな魔法少女だから老化が遅いんだ)
魔力は文字通り魔法少女を魔法少女にし続けるのだろう。
それはきっと私も同じで……——
『ウチはちっちゃくても大好きだから、気にしないでねユリ!』
(……うるさい!)
「……伸びろ、伸びろ、伸びろ、伸びろ、伸びろ」
「クロサキさん?魔力が漏れているようですがどうかしましたか?」
「……いや、なんでも」
なぜ私の魔法はこういう時には発動しないんだ……
「あれ、ここの街灯こんなに大きかったっけ…?」
「さっき買った人参が物干し竿みたいになっちゃったあああ!?」
「やったーー!課題の提出期限が伸びた—!!」
……近くの人たちが、通りすがりの
(……まっずい)
『あっはははははは!愉快愉快ー!』
「クロサキさんどうかしましたか?」
「……べつに」
バレてなくて良かった。入学初日から問題を起こすのは流石にまずいだろう。
「クロサキさん、横に見えるのが学生寮です。多分クロサキさんもここに入ることになるでしょう」
ある程度進んだところで、ツバキさんが足を止める。
横を向くとお洒落で巨大な団地が視界に入った。
一部屋一部屋、そこそこの大きさがあり部屋数がとても多い。
それこそ、ニホン中の魔法少女が住める部屋の数があるのだろう。
今のニホンの総人口は百万人ほどで、魔法少女の数は人口の一パーセントだから、一万人分くらいあるのかな?
「荷物が少ないようですが、引越しの業者などに頼んだりしたのですか?」
「……これだけ」
「荷物はこれだけということでしょうか…?まあ、必要な物があれば、学園内にもショッピングモールがあるので、そこで諸々揃えることができます。毎月お給料も出るので、入学したらすぐ使えるようになるはずです」
「……わかった」
私が首肯しながら返事をすると、ツバキさんがまた歩き出す。
方角的に奥に見える尊大で芸術的な建物が目的地だろう。
テレビで何度か見たことがある。
あれこそが花園学園の校舎だ。
『すっごい迫力だねー!飲み込まれちゃいそうだよ!』
(……私たちは自ら飲み込まれようとしてるけどね)
『ウチもあともう少し頑張ってれば、ちゃんと中等部から入学できたんだけどなー』
(…………)
『高等部からでもユリと入学できて嬉しいよ!まさかちゃんと通わせてもらえるなんて思ってなかったもんねー!』
(……そう、だね)
ヒガンに言われて、小学生の頃を思い出す。
あの頃はただ無邪気だった。
世界に何が起こっていたのかなんて私たちには関係なかったし、実際何の実害も無かった。
三年前のあの時までは。
『……ユリ、魔力が漏れ始めてるよ』
(っ……ありがとう、気をつける)
『ウチこそごめんね。これからの話をしよー!』
(……私たちはあの時みたいなことは二度と起こさない。そのためにここに来たんだ)
『うん、ウチもつらいのは嫌だな』
(……ここで私たちはもっと強くなって理不尽を跳ね除けられるように強くなるんだ)
眼の前には花園学園の校舎が聳え立っていた。
厳かでいて、どこか懐かしさを感じさせるよう雰囲気だ。
それは私たちが越えるための壁のようにも感じられる。
「さて、それではクロサキさんには適正クラスへ振り分けるための試験を行ってもらいます」
ツバキさんが宣言する。
これからようやく、三年間待ちわびた、私たちの学園生活が始まるんだ。
————————————————————
初投稿なので拙い部分が沢山あると思いますがご了承ください。
ツバキさんの本性を知りたい方は評価とフォロー!
意見や感想をいただけるとクロサキさんが脱ぎます。
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