第30話
翌週の火曜日は、予定どおり瑞歩の遺品整理へ向かう。でも今回は一人ではない。
「すみません。お忙しい中、わざわざお手伝いに来ていただいて」
宗市は運転しつつ、バックミラーに映る姿にすまなげに詫びる。
「構わない。重いものを運ぶなら、男手があった方がいいだろう」
後部座席でゆったりと寛ぐ有慈は、関係性で言えば一応義弟だ。でもまあ年長者だし、神だから許されるだろう。
市井に下りた今日は、ネクタイは締めてないもののスーツ姿だ。髪はちゃんと結んでいるが長髪のサラリーマンなんていないし、何よりこの顔と身長と独特の雰囲気だ。俳優やモデルの類と思われたのか、駅でも汽車でも視線を浴びていた。
「ごめんね。なかなか終わらないって愚痴っちゃって」
「いいよ、時間が掛かってるのは確かだから。珠希ちゃんにも申し訳ないと思ってる」
宗市は私にもすまなそうに言って、マンションへの道を選ぶ。
前回瑞歩に攻撃されたことは、有慈に言われて宗市には伝えずにいる。こちらが警戒してやり方を変えると、瑞歩も警戒して出てこなくなる可能性があるかららしい。
「今日も引き続きメイクのあれだよね?」
「うん。僕も毎日ちょこちょこやり続けてるんだけど、本当に大量にあって。四十九日までに終わらなければ、業者に回すつもりではあるんだけど」
苦笑する宗市の表情に疲れを見て、なんとなく懐具合を察す。ウォークインクローゼットの服は高そうなものが多かったし、メイク用品は私でも知っている一流ブランドのロゴが入ったものが大量にあった。
共働きであっても田舎で雇用されている身分では、そう裕福な生活はできない。不妊治療もしていたのなら、尚更だ。多分、借金をしているのだろう。
「まあ、できるとこまではしないとね」
気づかないふりで答え、前を向く。使い道がなくて貯まっていく一方の給与があるから、貸せる金がないわけではない。ただ「貸したいか」と言われたら、別だ。土下座されても貸したくない。
窓の方に体を寄せ、気づかれないように溜め息を漏らす。この夫婦と関わっている限り自分の醜悪さを思い知らされ続けるから、早く片付けてしまいたい。メイク用品の地獄をクリアすれば、きっとあとは楽なはずだ。できれば今日で、終わらせてしまおう。
胸の内で小さく気合いを入れ、視線を前へやった。
とはいえ、面倒な作業はやはり面倒ではある。
今日も私と宗市はサングラスにマスク姿でゴミ袋に向かい、ただひたすらにパウダー類の中身をほじくり出している。有慈にさせるのはやはり気が引けて、雑誌や本を束ねてもらうことにした。本人がすると言うのだから問題はないだろうが、本当はこれでも信徒に叱られそうな気はする。堕落させたと言われても、違うとは言い切れないのかもしれない。
「……終わったあ」
手元にある最後のアイシャドウをほじくり終えて、肩で大きく息をする。もちろんアイシャドウが済んでも、まだチークやらハイライトやらが残っているから油断はできない。それでも、一番の難関であるアイシャドウを終えたのは大きいだろう。
「おつかれさま、ありがとう」
「たくさんしてくれてたおかげだよ。こんなに早く済むと思ってなかった」
ふう、と溜め息をつき、最後のアイシャドウの容器をゴミ袋へ投げ込む。すぐそこにある、トレイの一つを引っ張り寄せた。チークも、多分二百個くらいある。
「こちらも終わった。次はそちらを手伝えばいいか」
「いえ、こっちはダメです。もう何もしなくていいから、休んでてください」
近づいてくる有慈を慌てて止めて、休息を促す。
「ここの目処がついたら、お昼にしますから。ゆっくりしててください」
続いて促した宗市に有慈は頷いて、まくりあげていたシャツの袖を直しながらソファへ向かった。
「今更だけど、教祖様に片付けなんてさせて良かったの」
「ほんとは良くない。教祖だけど神様だからね。でも本人がついてくるって言い張るから」
本来の目的を省くと、こんな説明になってしまうのは仕方ない。言い張ったのも、間違いではないし。
「やっぱり、一人で行かせるのが心配だったんじゃないかな。葬式の時もずっと寄り添ってたし。愛されてるんだね」
サングラスとマスクに覆われていても、呑気なその表情は窺える。
――愛している。
あの日以来、聞いたことはない。多分、嘘ではなかったはずだ。でも悔いてはいるのかもしれない。言ったことではなく、私を愛したことを。それなら、なぜ私と結婚したのだろう。どうして私でなければならなかったのか。
「じゃあ、僕はお昼ごはんの仕上げをするよ」
「ああ、うん」
一足先に作業を離脱した宗市に答え、私は再び作業に戻る。マゼンダピンクのチークを手に取り、これまでと同じように削りとっていく。ソファへ優雅に腰掛けた有慈は、昼食の準備を始めた宗市を眺めていた。
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