第12話 Re:メメント盛り

ソープランド「メメント盛り」の最終営業日、妙子はいつものように田中を笑顔で送り出し、最後まで気丈に振る舞っていた。しかし、田中が立ち去った後、彼女はその場に力尽きたように崩れ落ちた。


彼女は50年以上、性風俗の世界で働き続け、多くの性病や薬の副作用に苦しんできた。病院と店を行き来する日々に、彼女の体はとうに限界を迎えていた。


メメント盛りのママが駆け寄り、疲れ果てた妙子を優しく抱きしめた。「あなたはいつも無茶しすぎなのよ。こんなにボロボロになるまで働くなんて……」


妙子は疲れ切った顔に微笑みを浮かべ、「ありがとう、ママ。でも田中くんが大好きだったから、彼には最後まで良い思い出を残したかったの」と言った。彼女の瞳にはかすかな涙が光っていたが、その目は満足げだった。田中が自分を愛していることは知っていたが、妙子はあえて彼と一緒になる道を選ばなかった。


「田中くんはまだ若い。45歳なんだもの。そんな彼が、すぐに介護が必要になるような私なんかと一緒になってはいけない……」


ママは妙子をじっと見つめ、溜息をついた。「妙子ちゃん、あなたは本当にバカね。利用できる男は骨までしゃぶりつくさなきゃダメだって、いつも言ってるでしょ?でも、あんたがそんなだからこそ、この店でNo.1でいられたんだろうね」


二人は互いに笑い合い、長い年月の友情と悲哀を胸に抱きしめ合った。


やがて妙子は店の皆に別れを告げ、故郷の静岡へ向かうタクシーに乗り込んだ。静岡の病院で療養生活に入るはずだったが、医師から聞いている余命はわずかであり、自分の人生の終着点が近いことを受け入れていた。それでも多くの楽しさや悲しみを経験し、満足できる人生だったと妙子は思っていた。


高速道路を降り、静岡市内に入ると、タクシーは彼女が予約した病院とは別の道を進み、見知らぬ老人擁護センターに到着した。妙子は少し戸惑いながらも、「運転手さん、ここは私が頼んだ病院じゃないわよ。まさか私、ここで余生を過ごすことになっちゃう?」と、冗談交じりに肩をすくめた。


「いえ、ここで間違いありません。アマンダ様から妙子殿をここで確保せよと伺っております」と運転手が淡々と答える。


妙子は驚きつつも運転手に従い、車椅子に乗せられてセンターの中に入っていく。しかし、そこは老人擁護センターというにはあまりに厳重な警備が施されていた。カードマンが多く配置され、セキュリティチェックを幾重にも通過していく。網膜認証や指紋認証まで行われ、妙子は次第に不安に包まれていった。


やがて到着したのは、冷たく無機質な一室で、古びたパイプベッドがポツンと置かれているだけだった。医者や看護師らしき人々が入ってくるが、妙子が「私が来るべき病院はここじゃないの」と訴えても誰も取り合わない。やがて腕に点滴を繋がれ、意識が徐々に遠のいていくのを感じた。


「何でこんなことに……?もしかして、店年齢11歳というのが変に伝わって、私がボケたと思われてるんじゃないかしら?」


そんなことを考えていると、ドアが開き、厳しい表情を浮かべたロシア風の美しい女性が入ってきた。


「こんにちは、妙子さん。私はアマンダ。この施設を実質的に管理している者です」と冷ややかに挨拶する。


妙子はかすかな力で「どうも……」と答えるのが精いっぱいだった。


「実は、あなたのような人が危機に瀕していると知り、私たちの有志がこの施設を用意したのです。最先端の設備を備えていますから、安心してください」とアマンダは言ったが、その言葉の裏に冷たい響きがあった。


「わたしはもう長くないわ。こんな設備、若い人たちに使ってあげて」と妙子は懇願した。


だがアマンダは冷笑を浮かべ、「だめだ。あなたをここに閉じ込めておけば、あなたを餌にしてジジイどもから寄付金を集めることができるんだ」と冷たく言い放った。


「わたしを愛してくれたお客様たちを利用してるの⁉︎ ……お願い、やめて。私はもう死ぬのよ……」妙子は必死に訴えかけたが、その瞬間、アマンダの手が振り下ろされ、妙子は床に倒れ込んだ。


「痛い……」


アマンダは淡々と話を続ける。「あなたには、タニシシステムを開発している田中将一という熱心なファンがいる。彼の心を利用すれば、システムを手に入れることなど簡単だわ」


妙子は腹を殴られたような気持ちで喘ぎながら、それでも田中を守るために声を振り絞った。「田中くんには未来があるの……私のために彼の人生を奪うなんて許せない!」


妙子はアマンダにしがみつこうと手を伸ばしたが、冷たく蹴り返され、再び床に倒れ込んだ。


「黙れ、この汚いババア。私に触れるなんて身の程をわきまえなさい」と、アマンダは妙子を見下し、冷たい目で吐き捨てるように言い放った。


やがてアマンダは部屋を去り、薄暗い床に転がった妙子は静かに涙を流した。


「田中くん……」彼女は誰にも助けを求めることなく、ただ田中の名前を呟くように涙を流した。


ただ涙は無機質な床に吸い込まれる。

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