第11話 グランドクレスト秋葉原タワー 後編
ミリナは「テレクラ‼︎電話少年DX」の事務所で田中からのメッセージをじっと見つめていた。彼の声のトーンに微妙な緊張が混じっていたことに気づいたからだ。フォルマント周波数における変化が、それを物語っている。田中がふざけ半分でセクハラじみた発言をしてくることはよくあったが、今回は微妙に違う。それが妙に気にかかる。
一方、目の前のダミ子はそんなことに気づいていない様子で、あれこれと出発の準備に追われていた。化粧ボックスをテーブルに置き、店に臨時休業の張り紙を貼り、さらには「田中さんのリクエストに応えねば」とばかりに、さっさとミリナのパンツを脱がせてしまう始末だ。
やがて準備が整い、ダミ子がミリナをガレージへと連れて行く。そこには光沢を放つオールドスクールチョッパーと呼ばれる大型バイクが置かれていた。
「これで田中さんの所に行くデェ! あ、大丈夫、わたし免許あるから!」と、ダミ子はニヤリと笑う。
ミリナはふとガレージの隅にある観測用ドローンに目を向けた。「ダミ子、田中さんの声の感情分析をしたんだけど、明らかに緊張の兆候があったの。現地で何かあると判断したほうがいいかも」
「えー?でもお金もらっちゃったし、行くしかないデェ! あんな上玉の田中さんを逃すなんて、もったいない!」とダミ子は軽い口調で返す。
「うん、それも分かる。田中さんは甲斐性ありそうだから、わたしも彼との関係を強化したい。でも万が一を考えて、先にドローンを飛ばして情報を取っておきたいの」ミリナが真剣な表情で言うと、ダミ子は肩をすくめた。
「でも、そのドローン、20kgもあるよ? 普段はカタパルトで飛ばすし、準備に時間がかかるし……」
「問題ないわ」ミリナはそう言うと、ためらうことなく20kgのドローンを手に取ると、力強く投げ上げた。ドローンは勢いよく舞い上がり、滞空を始めた。
「コントローラーは?」とダミ子が言いかける。
「大丈夫。私には田中二号システム、通称『タニシ・システム』があるの。複数のロボットに指示を与えられるから、ドローンも手足のように動かせるわ」ミリナの言葉に、ダミ子はやや驚いた表情を見せたが、すぐに彼女に従い、二人乗りでバイクを発進させた。
ミリナはドローンから送られてくる映像をもとに、信号のタイミングやパトカーの位置、道路の混雑状況などを即座に分析し、ルートを次々と調整していく。バイクは凄まじいスピードで秋葉原へと向かった。
やがて秋葉原に到着し、駅近くの有料駐車場にバイクを預けた二人は、田中がいる「グランドクレスト秋葉原タワー」へ向かって走り出した。しかし、ミリナはすぐに異変に気づいた。
「待って、ダミ子。田中さんがいるタワー周辺に、軍隊のように連携の取れたロボットが一個小隊はいる。隣接するビルの屋上にはスナイパーもいるわ」
「ええっ! それドローンからの情報⁉ でも秋葉原だから、軍事マニアかサバゲーの人たちって可能性もあるんじゃ?」とダミ子が半ば冗談めかして返すが、ミリナは眉をひそめた。
「確かにその可能性もあるけど……まぁ、試しにリーダーらしき人に話しかけてみようか」ミリナはそう言うと、近くのベンチに座っていたガッチリとした男に歩み寄った。「ヘイ、ガイ⁉︎」
男はゆっくりと振り向き、冷たい視線をミリナに向けた。彼の着ているジャケットの中には、ミリナのサーマルイメージャーが捉えた「黒星」という拳銃の影が見えていた。重量と形状から判断するに、それは間違いなく実弾の入った本物だった。
「ミリナとダミ子だな?アマンダ様から、会合が終わるまで部屋に入れるなと命令を受けている。強行突破するなら、無力化してもいいともな」、男は低い声で言い放った。
しかし、次の瞬間、ミリナは一瞬の隙を突いて拳銃を奪い、男の溝落ちに一撃を見舞った。男は無言のまま膝をつき、その場に崩れ落ちた。
「ちょっ、ミリナちゃん、やり過ぎだデェ! 一個小隊もいるんだよ、勝ち目ないってば……」と、ダミ子が焦った表情で囁く。
「あら、大丈夫よ。タニシ・システムを使えば、どんなロボットでも必ず弱いセキュリティがあるから、それを突けば支配下に置けるの。勝ちは揺るがないわ」とミリナは涼しげに言い放つ。
ダミ子はその言葉に少し戦慄を覚えた。周囲を見回すと、何体ものロボットが次々と動きを停止し、地面に座り込んでいた。
「会社の外って、刺激がいっぱいで面白いわ。もっと早くに逃げ出しておけばよかった。さぁ、ダミ子ちゃん。田中さんのところに行って、初めてを捧げましょう?」
「ねえ、ミリナちゃん……もしかして、私もハックして活動停止にできるわけ?」と、ダミ子は小声で尋ねる。
「まさかぁ! わたしとダミ子ちゃんはマブダチじゃん? 友達をハックして動けなくするなんて、そんなことしないよ?ね、トモダチだよね?」と、ミリナがにこやかに言い放つ。しかしその目には、蛇のような鋭さが宿っていた。
ダミ子は怯えつつも、ミリナの後について歩き出した。
「ああ、ミリナって世間知らずの可愛いお嬢様だと思ってたけど、意外と血に飢えた獣みたいな一面があるんだ……早く常識ってやつを教えないと!」
ダミ子は心の中でそう決意しながらも、妙に頼もしい気持ちが胸に沸き上がっていた。
一方、グランドクレスト秋葉原タワーの田中の部屋では、アマンダとの会合が静かに始まった。リビングのソファに座り、アマンダは鋭い眼差しで田中を値踏みするように見つめる。
「単刀直入に言います。テレクラ‼︎電話少年のオーナー、野村剛志氏は末期の膵臓癌を患い、余命がわずかです。そこで田中さん、あなたに後継者になっていただきたいのです」とアマンダが切り出した。
田中は驚きつつも冷静を保ち、「なぜ俺なんだ?電話少年は実質、ダミ子が仕切っている。部外者の俺より、彼女に話を通すのが筋だろう?」と問い返す。
「私もそう考えました。それでダミ子ちゃんに協力を打診したのですが、彼女は現状のまま店を続けたい意向が強い。さらに、彼女はロボットなので、法律上オーナーにはなれません」とアマンダは淡々と説明する。
田中は一瞬考え込む。テレクラは確かにバブル期に流行したが、今はすっかり過去の遺物とされている。しかし、ダミ子の電話少年は自動券売機やインターネットでの予約システムを導入し、ワークシェアリングで清掃を行うなど、必ずしも新しいものを拒絶しているわけではない。なぜダミ子はアマンダの協力を断ったのだろうか?
「さらに、野村剛志氏も田中さんに興味を示しています。ぜひ一度お会いしたいと」アマンダは微笑を浮かべて続ける。
「俺とオーナーには接点などないはずだが……どうして俺に興味を?」と田中は首をかしげた。
「実はダミ子ちゃんが毎日のように電話少年の近況を野村氏に報告しているんです。そして最近は、田中さんのことが頻繁に話題に上るとか……彼女に好かれているんですね?」アマンダは軽く笑った。
田中は内心驚きつつも、少し困惑した様子を見せた。「確かにダミ子とは仲良くしているが……でもオーナーが、管理するロボットの個人的な話題で、経営に関わる判断をするだろうか?」
「野村剛志氏には過去に結婚を考えた女性がいたそうです。名前は江ノ島妙子」とアマンダが告げると、田中の心臓がドクンと高鳴った。江ノ島妙子、それは田中が心を寄せ続けたソープ嬢、妙子たんの本名だった。
「ダミ子ちゃんは、当時の妙子さんをモデルにしたロボットだと野村氏は言っています。ただし妙子さんは一度、事故で生死を彷徨ったことがあり、その際に彼女の一部の記憶をバックアップして、ダミ子ちゃんに移植したのだとか」
アマンダの言葉に、田中は言葉を失った。ダミ子のあの独特の口調も、どうやら妙子の記憶から来ているらしい。
「分かった。野村剛志氏に会って話を聞いてみる。だが、電話少年の業務を引き継ぐかは、その後に判断する」と田中は応じた。
アマンダは満足げに微笑んだ。しかしその瞬間、田中の部屋の扉が勢いよく開かれ、ダミ子とミリナが飛び込んで来た。
「ちぃーすっ‼︎ テレクラ電話少年の出張デリヘルサービスデェーす‼︎ ご注文は処女二人で宜しいでしょうかー♡」と、ダミ子が元気よく言い放つ。
予想外の登場に、田中とアマンダの間に張り詰めていた空気が一瞬で崩れ去る。だがアマンダはすぐに表情を引き締め、不思議そうに尋ねた。「あら? 外には私の護衛がいたはずなのに……誰とも会わなかったの?」
ミリナはニヤリと笑うと、軽々と倒れた護衛の男を抱え上げ、そのまま無造作に床に転がした。
「わたしは田中さんのペニーをピュッピュシするために来たのよ。邪魔するなら半殺しじゃ済まないから」とミリナは挑発的な視線をアマンダに向ける。
アマンダの目に一瞬の怒りが閃くが、彼女は冷静さを失わずに立ち上がる。次の瞬間、彼女とミリナの間で衝撃の打撃戦が始まった。田中の目には、彼女たちの動きが残像と突風にしか見えない。
「へえ⁉︎ ブロードバンドノイズ、ブルートフォース攻撃、スプーフィング、指向性EMP、リレーアタック、ゼロデイ攻撃……どれにも耐えられるのね?あなたみたいな強いロボット、初めてだわ!」とミリナは興奮したように囁いた。
その様子を見て、田中は戦慄する。ミリナがタニシ・システムの全リミッターを解除し、自己の力を解放していると察したからだ。
一方、アマンダも満足げな微笑を浮かべている。「素晴らしい! 一個小隊の戦力を短時間で無力化できる上に、この柔軟な関節と力……これがタニシ・システムの本領というわけね」
アマンダは勝ち誇ったように田中に視線を送りながら言った。「田中くん、本当は書類で君を騙し、借金漬けにしてタニシ・システムを手に入れるつもりだったんだ。でも、こんなにも将来性のあるシステム開発者なら、私の愛人として雇ってあげるのも悪くないかもね」
アマンダの視線を受けた田中は一瞬、視線を逸らしたくなるが、なんとか踏みとどまって彼女の眼を見つめ返した。
「まあ、今回はこれで良しとしましょう。会合の約束も取り付けましたし、下で倒れている部下を回収しなければならないので。では、また会いましょう」と、アマンダは微笑み、ドアの方へと向かう。
「いいのか?会合に行かないかもしれないぜ?」と田中はあえて挑発的に尋ねる。
アマンダはふと振り返り、冷ややかな笑みを浮かべた。「いいえ、必ず来る。だって、あなたの愛する妙子さんは、今や私たちの手の中にいるのだから」
そして彼女は「じゃあね、我が恋人よ」と囁きながら部屋を出て行った。
残されたのは、田中、ダミ子、ミリナ、JQ子、そしてミリナに無力化された男の5人だった。
その沈黙を破ったのは、ダミ子の屈託ない声だった。「あー、じゃあ、そろそろペニーをピュッピュシする?」
ミリナも照れくさそうに微笑みながら同意する。「そうね、ペニーをピュッピュシする時間ね」
その二人の空気の読めなさに、俺、JQ子、倒れてる男は一斉に困惑する言葉を発してしまった。
「ええ……」
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