第10話 グランドクレスト秋葉原タワー 中編
田中一号の姿を思い浮かべ、少し感傷に浸っていた田中だったが、気分を切り替えるためにミリナとダミ子をからかってやろうか、と考え始める。そんなとき、マンションのコンシェルジュから訪問者の知らせが入った。
田中はインターホンモニターで確認すると、そこにはラビット太郎JQ子が立っていた。自宅の場所を教えていないはずのJQ子が訪ねてきたことに驚きながらも、モニター越しで話すことにする。
「JQ子、どういうことだ?お前には自宅の場所は教えてないし、俺との会話から推測したにしても、風俗嬢と客という立場なら、勝手に訪ねるのはマナー違反だろ?」と田中は声に出す。
JQ子は申し訳なさそうに頭を下げ、「田中殿、本当に申し訳ない。妾も本当はこんなことしたくなかったんじゃ。ただ、お前にどうしても会いたいという者がいてな……」と応える。
その言葉とともにJQ子が一歩下がり、後ろに控えていた者が前に出てくる。
「はじめまして、田中さん。わたしはアマンダと申します。東京最大の野良ロボットの集まりであるダッチワイフマフィアのリーダーを務めております」
田中は内心で舌を巻いた。この美少女ロボットは最高級の特注品で、しかもその眼球には新生ソヴィエトの最新鋭の光学装置が仕込まれているのが分かる。そんなものが日本国内で使われるには、新生ソヴィエトの政府関係者かマフィアであるしか考えられない。そして状況から察するに、アマンダは後者だ。
「やばいな……」と田中は一瞬焦るが、ここで怯んでは交渉の主導権を失いかねない。冷静さを装い、あえてこちらが交渉に乗ってやる態度を示すべきだと決める。そして、ひとつの策を思いつく。
「実は先ほど、デリヘル嬢を呼んだところなんです。アマンダさんとお会いしても構いませんが、途中で嬢が到着するかもしれません。それでもよろしいですか?」
途中で誰かが来るという状況を作り出し、万が一の際の抑止力を得るための嘘だったが、相手の出方を窺うためには効果的だろう。流れ次第では本当にデリヘル嬢を呼んでしまっても良いかもしれない。
アマンダは上品に笑い、「構いませんよ? なんなら一緒にプレイに参加しても良いです。たくさんサービスして差し上げますよ?」と挑発的に返してきた。
田中は心中で舌打ちをした。アマンダは自身のセクシャリティを利用してこちらの警戒を解こうとしている。一筋縄ではいかない相手のようだ。
その横で、JQ子が困った顔をしながら「田中殿が他の嬢とするのは、腹わたが煮えくり返るのだが……」とぼそりと呟いているのが聞こえる。
田中は一息つき、慎重に訊く。「話のさわりだけでも教えてもらえませんか?」
アマンダは涼やかに微笑みながら、「JQ子ちゃんから、田中さんのベッドでの喘ぎ方がとっても可愛いと聞いて、とても身体が熱ってしまい、来てしまいましたの。それと……デリヘル‼︎電話少年DXの件について少々、お話したくて」
田中の心臓が跳ね上がる。電話少年DXには会社に黙って逃したミリナがいる。もしも彼女の存在がバレれば、自分のキャリアが傷つくだけでなく、懲戒解雇や刑事罰の可能性も考えられる。
「分かった。お二人を部屋に招きます」
アマンダはそれを聞き、乙女のようにも蛇のようにも見える微笑みを浮かべながら礼を言った。エントランスのゲートが開き、アマンダとJQ子が入ってくる様子をモニター越しに確認する。
田中はすぐさまダミ子にビデオ通話をかけ、「ダミ子、ミリナを連れて俺の家にすぐ来い。電話少年の口座に俺名義で100万円振り込んでおいたからな、分かるだろ?」
ダミ子は驚いてすぐに反応し、「ミリナちゃんと私の処女代?」と発言する。田中は少し呆れつつも、訂正せずに黙っている。彼女たちを呼ぶのはアマンダへの抑止策であり、振り込んだ金額はミリナの開発者として彼女を応援する気持ちの表れでもあった。今回の件がなくても、いずれ彼女に手助けをしたいと考えていたのだ。
事情をすべて説明することで、彼女たちが自ら来たと見なされ、アマンダの怒りを買う可能性がある。デリヘルの代わりという口実の方が安全だろう。
ビデオ通話越しに、ミリナとダミ子が顔を赤らめ、こちらをじっと見つめている。
「そのまますぐに来てくれるか?シャワーや化粧が必要なら、それは俺のバスルームでしてくれ。そういうのを待ってるのが好きだからな」
二人は了解の返事をして通話を切った。
準備は整った。あとはアマンダとの交渉に臨むだけだ。ただ、その時ふと思い出す。
「そういえば俺、次くるときはノーパンで来いやゴルァ‼︎とミリナに言っていたっけな。いや、でもミリナは賢い子だ。そんな頭の悪いことはしないだろう……」
やがて玄関のインターホンが鳴る。
「さあ、楽しい会合の始まりだ」
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