第9話 グランドクレスト秋葉原タワー 前編

田中将一は自宅のタワーマンション「グランドクレスト秋葉原タワー」でスマホを見ながら、溜め息をついていた。今日はやたらとダミ子とミリナから、胸チラやパンチラの写真が送られてくる。正直、どう反応したものか困ってしまうが、田中にはなんとなく二人の意図が分かっていた。


「色気で俺を釣るつもりか。ただ、ミリナの状況を考えれば、俺を味方につけたいのはよく分かる」


田中は少し考えた後、スマホにメッセージを打ち込む。


「まあ仕方ないか。小聡い振りして牽制するより、釣られた振りで安心させてやるか……。次くるときはノーパンで来いやゴルァ‼︎……送信っと」


送信ボタンを押すと、すぐさまミリナから「ノーパンとか恥ずかしいんだけど……」とビデオ通話がかかってきた。彼女の後ろにはダミ子の姿もあり、部屋のホワイトボードには「男受けする女の子〜メスガキ編〜」という議題が丁寧に書かれているのが見えた。


「あはは、お前ら、理詰めでやる気満々じゃないか」


思わず微笑みが浮かぶ。ミリナもダミ子も、見た目こそ愛らしい美少女ロボットだが、実際は人間を生物学的に分析する視点を持っていて、少し理屈っぽい。人間工学や動物学を応用しながら、必要があればエゲツないくらいの知識で攻めてくる。しかし、それも純粋に知的探究心に基づくものだ。そこに悪意はない。


田中がミリナを放っておかないのには、もうひとつ理由がある。彼女は京工精機株式会社で開発中だった「田中二号システム(Tanaka Ni-Go System)、通称「タニシ・システム」を搭載している。タニシは、もともと米軍のアーセナルシップの発想を参考に計画されたもので、AIの数を減らして一つの中核となるシステムが、複数のAI未実装のロボットを遠隔でコントロールするというものだ。


「まあ、タニシ・システムはまだ未完成だからな……」


社内では、タニシを製造業向けサービスに導入する案や、ミリナを母体としてアイドルグループのように複数体のロボットでダンスさせる案、さらには自衛隊や米軍向けに応用しようという話も出ていた。しかし、そうした議論が増えすぎて、かえって開発の進展が妨げられていた。


だが、もしミリナが「テレクラ‼︎ 電話少年DX」で働くのならば、そこを実験場にすることでデータを集め、社内の介入を受けずにタニシの可能性を試すことができるかもしれない。


田中は、ワインをグラスに注ぎながら眼下の秋葉原を見渡した。ミリナが引き起こした一連の騒ぎに焦りはしたが、彼女が京工精機の管理から離れたことで、タニシ・システムの実験を進めるチャンスが巡ってきたのかもしれない、と彼は考え始めていた。


「タニシ・システムか……原型の田中一号を作るために、この秋葉原に住み始めたんだっけな」


秋葉原の街並みを眺めながら、田中はかつての日々を思い返した。米軍の横流し品で栄えた戦後の秋葉原、その独自のネットワークは今も細々と続いている。田中一号システムを開発する際、彼はそのネットワークを利用する必要があったのだ。


「ミルスペックのパーツはやっぱり必須だったな。今でも秋葉原には米軍のパーツを扱うルートが残っているけど、それを求めるのは俺だけじゃない」


田中が必要としていた米国製のミルスペックパーツは、防衛装備庁も密かに求めていた。というのも、日本の自衛隊が保有する米国製の兵器には、米国からの厳格な在庫管理が適用され、余分なパーツが配給されないからだ。防衛装備庁にとっても、研究や試験にはパーツの入手が不可欠であり、そのため秋葉原でのパーツ争奪戦が起きているのだった。


「だからこそ、この街に住んで情報戦を仕掛けてきたんだよな……」


思えば、田中一号システムの基盤を構築するために、膨大な知識と数億円を注ぎ込んだ。秋葉原に拠点を構えたのも、その情報網に直接アクセスするためだった。そして、ミリナは、その田中一号システムを進化させたタニシ・システムを受け継ぐ存在だ。ミリナにとって田中一号は、言うなれば「お姉さん」のような存在なのかもしれない。


「いつかミリナに、田中一号のことを教えてやるべきかもな……」


田中はワインを一口飲みながらそう呟いた。


自宅の一室に眠る「田中一号システム」搭載ロボットを久しぶりに見に行く。青白い光に包まれたカプセルの中には、かつて彼が愛した「妙子たん」の若かりし頃の姿を模したロボットが横たわっている。田中はこのロボットを、彼女のために作った。


妙子たんは71歳、彼が通う熟女ソープ「メメント盛り」の人気嬢だった。田中は彼女を支え、介護してやりたいという気持ちで、このロボットを開発した。プロポーズの計画もしていたが、妙子たんが40年前に最愛の人を亡くし、今もその人を愛し続けていると知って、思いを胸にしまった。以来、田中は彼女が「メメント盛り」で働き続ける間、通い続けることで自分の気持ちを表すことにした。


「俺が好きなのは本物の妙子たんであって……これはただの夢の残りだな」


田中は一度も起動させなかった田中一号を見つめ、そっと部屋の明かりを消した。


ロボットは今もそこにある。

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