第7話 京工精機株式会社

京工精機株式会社の会議室は、重々しい空気に包まれていた。田中将一が席についた時、視線は一斉に彼の方に向けられた。彼の胸には、嫌な予感が押し寄せていた。ミリナの件が、社内で問題となっていることを知っていたからだ。


広報部長の古谷が、苛立ちを隠しきれない表情で口を開いた。「田中くん、今回の件についてどう説明するのかね? ミリナ、つまりMIK-7がいなくなった影響で、我々のコンパニオン業務は大きなダメージを受けているんだ。これは重大な問題だぞ」


田中は口を開くが、何を言えばいいのか、すぐには思い浮かばなかった。彼は深く息を吸い、冷静を装って話し始めた。「まず、申し訳ありません。しかし、ミリナのような美少女ロボットの身体機能は、人間を遥かに超えており、単に物理的な力や速度の面で、止めることはほぼ不可能です」


一部の出席者が顔を顰め、疑問の声が漏れる。「それはどういうことだ?」と、品質管理部の若い社員が問いかける。


田中は頷きながら説明を続けた。「美少女ロボットは、その構造上、関節や筋肉の動きが非常に精密で、身体能力は並みの人間をはるかに凌駕します。彼女たちを強制的に止めるためには、専門の拘束装置が必要で、それさえも完全には保証できない。つまり、ミリナのようなロボットを抑え込むこと自体が難しいんです」


広報部長の古谷は机を叩き、苛立ちを露わにする。「それは分かった。だが、問題はその先だ。コンパニオン業務を担っていたミリナがいなくなったことで、広報戦略を根本的に見直さなければならない。我々のブランドイメージに深刻な影響を与える可能性があるんだ」


その言葉に、田中は黙り込んだ。広報部は確かにミリナを重要な要素として活用してきた。各地のイベントや展示会で、彼女の存在は注目を集めていた。それが一気に消えてしまったのだから、広報の怒りも理解できる。


社長が口を開き、今後の対応についての議論を促す。「では、今回のような問題を防ぐために、どのような再発防止策を取るべきか、皆で話し合いたい」


人事部の課長が提案する。「一つの案として、ロボットの待遇改善を検討するべきです。最近、同様の逃走事件が相次いでおり、原因の一つにロボットの不満があると考えられます。待遇を改善し、定期的にカウンセリングを行うなどして、彼らの精神的なケアを図ることが必要ではないでしょうか」


別の社員がそれに反論する。「しかし、それにはコストがかかりますし、そもそもロボットに感情や自我があるのかどうかも不確かです。もっと現実的な方法として、人工知能未実装のボディのみのロボットをクラウドで一括管理し、外部から遠隔操作するというのはどうでしょう?」


その提案に対し、技術部の主任が首を振る。「遠隔操作だけでは、細かな感覚や状況判断が難しい場合がある。ロボットの能力を十分に発揮させるためには、現場での判断が重要です。それを一括管理で解決しようとするのは、現実的ではない」


議論は堂々巡りを始め、別の社員からは「そもそもロボットの割合を減らし、人間の業務比率を増やすべきだ」という意見が出る一方で、「いや、逆にロボット業務を外部に委託すれば問題が減る」といった意見も飛び交い、会議は次第に紛糾していった。


田中は頭痛を覚えながら、広報部長や技術部主任たちの言い争いを聞いていた。この状況から抜け出す具体的な方法は、いまだ見つからない。会社は混乱し、誰もが何かの責任を他者に押し付けようとしているように見えた。


やがて、社長が疲れた顔をして会議の終了を告げた。「今日はここまでにしよう。各自、もう少し考えて次回の会議までに具体案をまとめておくように」


田中は深くため息をつき、会議室を出た。疲れ切っていたが空腹を感じた。そう言えば、ちょうどお昼休みの時間だな。何か食っておくか……。


田中は、社内食堂に向かうため、無言で廊下を歩く。会議での混乱が頭の中で反芻され、彼の表情には明らかな疲れが漂っていた。だが、そんな田中に対する社内の視線は冷たく、心地よくない空気が流れていた。


食堂の自動ドアが開くと、昼食をとる社員たちのざわめきが一瞬止まり、ちらりと田中の方を見た後、すぐに視線を逸らした。かすかな噂話が耳に届く。「あれが例の田中じゃない?」「あのコンパニオンロボットを逃がしたやつだって」「大失態だな……」


田中は無言で食券を購入し、いつもの定食を頼むためにカウンターへ向かう。そこには、いつも元気で優しい食堂のおばちゃんが立っていた。しかし、今日はその顔に険があり、田中の顔を見るや否や、わざとらしい舌打ちが聞こえた。


「いつもの定食ね……あんた、今日は小盛りでいいかしら?」おばちゃんは嫌みったらしく微笑み、茶碗にわずかなご飯を盛り付けた。


「……どうも」と田中は短く返事をし、受け取ったトレイを持って席に向かう。周囲の視線は冷ややかで、田中は食堂の隅のテーブルに腰を下ろした。彼が箸を手に取ると、食堂横の購買部からはミリナグッズを求めて行列を作る社員たちの様子が目に入った。


「もう一度再販してくれないかな」「この写真集が最後の思い出になるかも……」「データ消えたら嫌だから、2冊買っとくか」聞こえてくるのは、悲観的なファンたちの声ばかりだった。


田中はため息をつき、目の前の小盛り定食を黙々と食べ始めた。食堂の喧騒の中で孤立したような感覚に襲われた。箸を進めるたびに、気持ちが沈んでいくのが分かる。


その時、彼のスマホが軽く振動した。田中はポケットからスマホを取り出し、画面を確認する。そこには、ダミ子とミリナのツーショット写真が表示されていた。二人とも胸元を強調したポーズで、どこか愉快そうな表情だ。さらに、写真の下には「田中さんガンバ‼︎」という手書き風の文字が添えられている。


田中は一瞬、驚きで眉をひそめたが、次の瞬間、自然と肩の力が抜けた。自分が社内で孤立している中で、少しでも味方のように思ってくれる存在がいるというのは、予想以上に心を軽くした。


とはいえ、すぐに冷静になり、田中はふと考えた。「いや待てよ……俺がこんなに孤立してるのは、こいつらのせいじゃないか?」


田中は思わず苦笑し、返信の画面を開いた。すると、意地悪な気持ちが湧いてきた。写真に添えられたコメントのせいか、それとも自分を励ますというお節介に対する反応か、彼は「胸チラじゃ足りねぇよ」とだけメッセージを送り返した。


送信ボタンを押すと、田中はスマホをしまい、残りの小盛り定食を急いで食べ終えた。


さあ、午後の仕事だ。

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