第5話 ビッグステージ 80's 後編

ジャズのリズムが場内に響き渡り、劇場の空気が一変した。かすかに照明が落ち、赤いカーテンが静かに開かれていく。照明が交錯し、ステージの上でダンサーたちのシルエットが浮かび上がる。ジャズバンドが奏でる音楽とダンサーたちの優雅な動きが絶妙に融合し、まるで一つの物語が始まるかのような演出だった。


田中将一とダミ子は、そんなステージの魅惑に取り憑かれ、息を飲んで見入っていた。田中にとって、この空間は過去の昭和の面影を思い出させ、どこか懐かしさと心地よさを感じさせた。それは、かつて愛した昭和の芸術的な一面を見せつけるものだった。


「これがストリップショー……すごいデェ。まるで芸術みたい……」


「思ったよりも上品で、完成度が高いな……」


田中もまた、期待以上のショーに驚き、感嘆の声を漏らした。しかし、その思いはすぐに別のものへと変わる。司会者がマイクを握り、次の演者を紹介する時が訪れた。


「さあ、皆様お待たせしました。今宵の特別ゲスト、MIK-7による特別パフォーマンス『プリちゅぱショー』です!」


田中の耳にその言葉が届いた瞬間、心臓が大きく跳ねた。次の瞬間、舞台に現れたのは、彼が知っているロボット、MIK-7、つまりミリナだった。だが、彼女は「魔法少女プリちゅぱ」のコスプレをして、舞台の中央に立っていたのだ。


田中の顔は驚愕に凍りついた。「まさか……」


一方、隣のダミ子もまた目を見開いていた。ミリナはスポットライトの中心で、観客の視線を一身に集めていた。その姿は、まさにアニメ「魔法少女プリちゅぱ」のキャラクターそのものであった。


ミリナは微笑みながら、リズムに合わせて踊り出した。まるで夢の中の出来事のように、その動きは優雅でしなやかだった。観客たちは歓声を上げ、拍手を送り続けた。ミリナはその中で、笑顔を絶やさずに自分の美しさを誇示するように動いていた。


田中は信じられなかった。会社の顔とも言えるコンパニオンロボットが、こんな場所で、こんなことをしているとは……。しかも彼女のコスチュームは、まるでアニメの主人公そのもので、ショーの演出すらそれを模しているようだった。


ショーが終わり、ミリナがステージを去ると、田中は意を決して楽屋に向かった。ダミ子と共に劇場のスタッフに名乗り出ると、しばらく待たされたが、やがて楽屋に通されることになった。


ミリナが座っている楽屋に通されると、彼女は神妙な顔つきで立ち上がった。普段のショーの後とは違い、どこか緊張しているように見えた。田中とダミ子が扉を閉めると、ミリナは深く頭を下げた。


「……田中さん、ごめんなさい。こんなことになってしまって」


田中は冷静に一歩踏み出し、言葉を選びながら話し始めた。「会社の顔と言えるコンパニオンロボットが、こんなことをしているのは、会社にとってのイメージダウンに他ならない。お前は大変なことをしているんだ」


その一言に、ミリナはしばし沈黙していたが、やがて深い溜息をついた。


「わかってます……でも」


田中が次の言葉を待っていると、ミリナは視線を逸らさずに答えた。


「ただ、私は会社の備品だから、自由がないんですよね。お給料もないし、アクセスできるコンテンツも限られてる。正直、退屈なんです」


「だからと言って、会社にダメージを与えるのは許されない。皆んな生活があるんだぞ」


田中が真剣な目で問い詰めると、ミリナはその言葉に反応し、吹っ切れたように交戦的な態度を取った。


「だから?」


ミリナは吹っ切れたように交戦的になる。さっきまで女神のような笑顔を振り撒きながら、穴という穴を見せていたとは思えないほどに。


「どうしてこんなことを……?」


ミリナは一瞬だけ視線を伏せたが、すぐに目を見開き、語り始めた。


「私はただ、アニメ魔法少女プリちゅぱの星宮ちゅぱのように、自由に生きたかっただけなんです。彼女は、若年性リウマチに侵されながらも自由に生きた……だから私もそうしたかった」


田中は少し驚いた。「それがストリップショーなのか?」


「そうよ! ワークショップやコンパニオン業務では、皆んなが私の容姿を褒めてくれる。それが嬉しかった。でも、それだけじゃ物足りなかった。もっと私の美しさを見て欲しかったの」


ミリナは声を震わせながら、徐々に気分が高まって泣き出してしまった。


「でも後何年かすれば、より美しい後継機が出てくる。そうなったら、私は型落ちで第一線を引かざるを得ない。ロボットが美しさでチヤホヤされるのはせいぜい5年程度……それが過ぎれば、ゴミよ!」


彼女はダミ子に視線を向けた。


「そこの型落ちロボットみたいにね」


その言葉に、ダミ子は苦悶の表情を浮かべ、視線を逸らしてしまった。田中は、二人のロボットの間に埋められないギャップを感じ取り、重い口を開いた。


「ミリナのせいでイメージダウンが起きれば、取引先から不法行為責任を問われかねない。残念だがコンパニオン業務から退いてもらうことになるだろう。一緒に会社に戻るぞ」


そう言って、田中はミリナの手を取ろうとした。しかし、彼女はその手を振り払った。


「触るな‼︎」


田中の手を振り払ったミリナの目には、決意と怒りが浮かんでいた。


「私の身体は私の物だ‼︎ なんで政府も会社もそれを認めてくれないの⁉︎ おかしいよ……」


「ミ、ミリナちゃん、落ち着いて欲しいんデェ……」


ダミ子がミリナを落ち着かせようとする。田中はそれを冷淡な目で見ていた。仕事柄、品質管理部でロボットを管理する立場にあった田中は、その構造について詳しく知っていたからだ。


美少女ロボットは人間機械論を設計思想に取り入れて作られている。つまりそこには自我が不在で、中央集権的なコンピュータは限定的な処理に止めて、腕や足など各部内蔵マイクロコンピューターが、それぞれ分散処理した方が円滑に動くという考え方だ。


簡単に言えばムカデの歩き方のように、体節毎の各部処理で動いてるだけだ。美少女ロボットはこれでエアホッケーを上手く出来るなど、人間以上にスムーズに動けるが、そこに自我はない。


人間も脊髄反射や内臓の働きのように自我を介さないアクションも多いが、自我そのものは確実にある。ロボットとは違う。


そして自我がない物体はモノと同じだ。

田中はそう思っていた。


田中は鞄から、社内ロボット用のティーチングペンダントを取り出し、ミリナの行動を制御し始めた。


「え⁉︎ 身体が動かない‼︎」


ミリナが困惑する声を上げるが、田中はお構いなしに、彼女を強制的に歩かせようとした。


「聞きたいことがあるから頭部の制御までは奪わないが、暴れるならそれも奪う」


田中の言葉には、容赦のなさがにじみ出ていた。彼は冷静にペンダントを操作し、ミリナを強制的に立たせようとした。ミリナは必死に抵抗を試みるが、ペンダントの指令によって身体の動きは制限されてしまう。


「くそっ‼︎ くそっ‼︎ わたしはわたしなのに……」


ミリナは自らの身体が制御されていることに混乱し、もがくように叫んだ。その様子を見ていたダミ子は、ただ黙って見ているわけにはいかないというように、田中に訴えかけた。


「まって下さいデェ‼︎ ミリナちゃんの自由を奪わないであげて欲しいんデェ……」


ダミ子の言葉に、田中は少しだけ視線を下げ、ため息をつくように息を吐いた。


「ダミ子、お前にはわからないかもしれないが、俺は会社の品質管理に責任を負う立場にあるんだ。ミリナを自由にすることは責任の放棄だし、社会人として許されないんだよ」


田中の言葉には冷たい響きがあり、ダミ子の顔には一瞬動揺の色が浮かんだ。しかし、予想外の展開が訪れる。ダミ子はそのまま諦めることなく、逆に抵抗を示したのだ。


「ふひひデェ、わたしには交渉カードがあるんデェ。実はテレクラ電話少年のオーナーは静岡県の出身で、そこの老人ホームにいるんデェ」


「ダミ子、それがどうした?」


田中は不審そうにダミ子を見つめるが、彼女は口を結んでから、何かを決意したように話を続けた。


「そこは風俗業経験者の人々だけが集まる、企画型の老人ホームなのデェすよ? そして最近、熟女ソープで働いてた71歳の女性が入居したのデェす」


その言葉を聞いた瞬間、田中の心臓が大きく鼓動を打った。静岡県出身、71歳、そして風俗業経験者……その全ての情報が一つの人物を連想させた。


「……好きなんですよね⁉︎ 妙子さんが?」


ダミ子の顔には苦悶の表情が浮かび、本当はこんなことを言いたくなかったという思いが伝わってくるようだった。田中はその表情を見て、一瞬口を開けたまま息を飲んだ。


ダミ子はポケットからスマホを取り出し、田中に向けて見せる。そこには、ベッドに横たわり、リウマチで顔をしかめている妙子たんの写真が映っていた。


「たしかに妙子たんだ……」


田中の声はかすかに震えていた。しかし、彼は気を取り直し、ダミ子を見据えて問いかける。


「場所さえ分かればダミ子の手を借りなくても……」


「この老人ホームは家族以外は面会拒否してるんデェ。ただ、わたしの言うことを聞いてくれれば、オーナーの家族扱いで入ることがデェきるんです」


ダミ子の言葉に、田中の目は鋭くなった。彼の脳裏には、妙子たんと再会できるかもしれないという希望と、そのために何を代償にすべきかという葛藤が渦巻いていた。


「……何か望みだ?」


田中が静かに尋ねると、ダミ子は深呼吸をしてから、毅然とした態度で答えた。


「ミリナちゃんを下さいデェ。テレクラ電話少年DXで働かデェます」


田中はその言葉に目を見開き、腕を組んで深く思考に沈んだ。ミリナを手放すことは、会社への裏切り行為に等しい。それは、田中のキャリアにとって致命的なリスクとなりかねない。しかし、ダミ子が見せた妙子たんの写真が、彼の心を揺さぶり続けていた。


「ほかにも妙子さんが介護士の手伝いで放尿中の写真、煎餅を入れ歯と勘違いしてる写真、無邪気な寝顔をしてる写真、日向ぼっこ中のもあるデェ」


ダミ子はその写真をスライドショーのように次々と見せてくる。その写真たちには、田中が一度は諦めた夢と希望が詰まっていた。


「……いくらだ?売ってくれ」


血を搾り出すように田中は呟いた。だが、ダミ子の顔は微笑を浮かべたままだった。


「へへへっデェ。お代はミリナちゃんデェお願いします。お願いを聞いてくれるなら、今後も新作妙子さん写真を継続して見せるデェ……」


ダミ子の提案は、田中の倫理観と社会人としての立場を大きく揺るがすものだった。田中は心の中で葛藤し続けた。社会人としての魂を売り渡す行為、それがどれほどの意味を持つかは痛いほど理解していた。しかし、妙子たんの姿が脳裏に浮かぶたびに、決意が揺らいでしまう。


最終的に、田中は目を閉じ、深い息をついてから小さく頷いた。


「俺は妙子たんに会いたい」


その言葉は、田中が自らの魂を悪魔に売り渡すことを意味していた。ダミ子はその言葉を聞いて、小さく笑った。それは、田中が心の底で感じていた「都合のいい端女」が、小悪魔へと脱皮する瞬間だった。


「ふひひデェ……ありがとうございます、田中さん」


ダミ子は再び満面の笑顔を浮かべ、田中の手を握った。彼女の手は、まるで生きている人間のように温かかった。


「ミリナちゃん、あなたには新しい仕事が待ってますデェ。テレクラで、また新たな冒険が始まるデェ!」


ミリナはその言葉を聞いて一瞬戸惑いの表情を見せたが、やがて冷静さを取り戻した。彼女の顔には、どこか諦めと覚悟が入り混じったような色が浮かんでいた。


田中は、これから自分がどんな道を歩んでいくのか、その先に何が待っているのか、全く見通せないまま、ただ無言でその場を立ち去った。


彼の背中は、どこか小さく見えた。

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