第4話 ビッグステージ 80's 前編

田中将一は、社内で淡々と業務をこなしていた。特に目立つこともなく、品質管理部で粛々と自分の役割を果たす毎日だった。しかし、その平穏は、ある日の一報によって揺るがされた。


「田中、ちょっといいか?」


上司から呼ばれた田中は、顔を上げた。彼の席に近づく上司の顔はいつもより真剣で、何かただならぬ雰囲気を感じさせた。田中はため息を一つつき、資料を閉じた。


「例の件だけどな、社内ロボットの一つ、MIK-7……いわゆるミリナに関する疑惑が浮上している」


その言葉を聞いた瞬間、田中は背筋を正し、上司の次の言葉を待った。


「どうやら、ミリナが風俗店で副業をしているという話だ。もちろん、これが事実かどうかはまだわからない。だが、もしそうであれば、会社として黙ってはいられない。品質管理部として、この件を調査する必要がある」


田中はしばし黙考した。ミリナはワークショップやコンパニオン業務を担うため、会社のイメージ戦略の一環としても重要視されていた。そのミリナに対する疑惑が社内で広まれば、特に女性社員たちの間での風当たりは強くなることが予想される。田中は、ミリナが社内で孤立する危険性をすぐに感じ取った。


「……内部調査ではなく、まずは事実確認だけを個人的にしてもいいでしょうか?」


田中の提案に、上司は眉をひそめながらも、しばし考え込んだ末、静かに頷いた。


「わかった。だが、報告は必ずしてくれ。君に任せる」


その夜、田中は疑惑の現場であるストリップ劇場へ向かっていた。劇場は、新宿の裏路地にひっそりと佇んでおり、昭和の面影を残すネオンサインが薄暗い道を照らしていた。風俗店や居酒屋が密集するその一角は、どこか時代に取り残されたような趣を感じさせる。


田中は路地を歩きながら、どこか懐かしさを覚えつつも、目当ての劇場が開演するまでの時間をどう過ごそうかと考えていた。ふと、背後から聞き覚えのある声が響く。


「あデェ?田中さんがいるゾォ‼︎ こんなところに何用ですカァ?」


振り向くと、そこにはダミ子が立っていた。彼女は「テレクラ電話少年DX」で働くロボットで、どこかダミ声で少し癖のある話し方が特徴だ。彼女の存在は、田中の心に一抹の不満を呼び起こす。美少女ロボットは市場を席巻し、彼が愛していた熟女ソープを廃業に追い込んでいるからだ。


「勤務先で調べることがあってね。ただまだ時間があるから、どうするか考えてたんだ」


そう答えると、ダミ子は嬉しそうに笑った。


「ならわたしとデートしましょうデェ」


それを聞いて顔を顰めてしまう。美少女ロボットは熟女ソープを潰した元凶だ。性欲を吐き出す道具としてならまだしも、デートなんかできるか。


「すまないが……」


そこまで言ってダミ子が寂しそうな顔をしてるのに気づき、言葉を止める。


「わかっているデェ。私たち美少女ロボットがこの街にとって新参者であることモォ。熟女ソープみたいな伝統を壊した原因として見られてることモォ。でもそれでもわたしは人間が好きなんデェ……」


ダミ子はそっと田中の袖を掴む。その仕草は、意外にも自然で、田中は彼女の感情のようなものを感じ取った。


「それにテレクラ電話少年は経営が思わしくなくて、潰れたらわたしも一緒に廃棄なんデェ。その前にわたしという思い出を誰かに残したいんデェ……」


田中は言葉に詰まった。彼女はただ、時代の流れに巻き込まれて生まれた存在に過ぎない。ダミ子自体に罪があるわけではないのだ。


「……よし、じゃあ少しだけ付き合ってやるか」


そう田中が告げると、ダミ子の顔がパァっと輝いた。二人は近くのゲームセンターに入り、プリクラを撮ったり、エアホッケーを楽しんだ。田中は大学時代にエアホッケーの大会で優勝したこともあるのだが、ダミ子にはあっさりと負けてしまった。


「産まれてはじめてのデートで楽しくつい力がはいっちゃったんだデェ。本当はリミッターを解除すればもっと強くなるけど、今回は許してやったんだデェ」


「そりゃ強いわけだな……ありがとう、ダミ子」


満面の笑みを浮かべるダミ子。


「今日は電話少年お休みなんデェ。このままホテルでもいいデェ。お金ないならトイレでもいいデェ」


「あー、人間は空気で序列を決める生き物だから、そんなこと言ったらダメだ。そんな安売りしたらダミ子の序列が下がる。下がれば男はお前を便利なだけの端女くらいに扱い始める」


「わたしは風俗店用ロボットだけどコミュニケーション能力は低いから、そんな難しい駆引きはできんデェ。ただ好きなだけで満足デェ」


ダミ子が俺に体を埋めて幸せそうにする。思わずヤレヤレというジェスチャーをしてしまう。


「そろそろ時間だ。ダミ子、一緒に来い。これから二人でストリップ劇場に入る」


「えー、女の子の身体が見たいなら私のを見てほしいんデェ。デートでそこは選択ミスなんデェ」


「違う。俺の会社のイベント用ロボットが、かってにストリップ劇場で働いてる疑惑があるんだ。それを確かめるのが今回の目的だ」


「ああ、そう言うことなんデェしたか」


ダミ子を連れてストリップ劇場「ビッグステージ 80's」へ向かった。劇場内に入ると、そこにはトランペットやサックス、ピアノの奏者たちが生演奏をしていた。かつての昭和を彷彿とさせる豪華な舞台だ。


「うわ、ストリップ劇場はじめてなんですけど、ジャズの生演奏があるんデェすか? お洒落……」


ダミ子は場に飲まれてトロンとした顔をしていた。


「いや、ここは特別なストリップ劇場なんだ。昭和好きな金持ちたちが戦後の雰囲気を楽しみたくって、採算度外視で開催してるショーさ」


「ほかの劇場は違うんデェ?」


「ここは特別なんだ。ほとんどのストリップ劇場は生演奏なんてしていない。かつてはそうだったかもしれないけど......」


「ふぅんデェ」


「まあ、これは俺がよく通っていた熟女ソープの嬢が言ってたことの、受け売りだけどな……。はぁ、妙子たん元気かなぁ」


そんな説明をしながら、舞台の幕が上がるのを待った。次第に客入りも増え、舞台に立った司会者がマイクを握りスピーチの準備を始めると、劇場内の空気が一気に張り詰めた。


「あのデェすね‼︎ わたしじゃ妙子さんの代わりに……」


ジャズの演奏と司会者のスピーチが大音量で始まり、ダミ子の声はかき消された。ダミ子が何か言おうとしたことに気づいたが、ストリップショーの確認が重要と思い、聞き返さなかった。


幕が上がりショーが始まる。

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