第3話 テレクラ‼︎ 電話少年DX

ソープランド「ポロリ」からボロネズミのように逃げ出した田中将一は、池袋の街をブラブラと歩いていた。


「俺の心を癒すものなんて、もう……どこにもないんじゃないか」


東京から駆逐されてしまった熟女ソープ。そして、妙子たんも今頃は実家の静岡で安らかな時間を過ごしているのだろう。そう思うと、田中は心が重く沈む。


そんな時だった。路地裏の雑居ビルの影から、不意に声をかけられる。


「オニーザンオニーザン‼︎ テレグラあるよテレクラ‼︎ 今なら60分3000円でいいゾォ」


振り返ると、キャッチの美少女ロボットが立っていた。彼女の顔は無邪気な笑顔で満たされているが、声には妙に擦れた質感があった。田中はスマホの全盛時代に、こんな古臭いサービスがまだ存在していることに驚きを隠せなかった。


「テレクラなんて、今さら誰が行くんだよ……」


田中は小さく呟いて、歩き去ろうとした。だが、後ろから聞こえてきたロボットの声は切実さを帯びていた。


「無視したいデェ‼︎ お客さん全然来なくて潰れそうなんデェ‼︎ このままだと熟女ソープの二の舞デェ‼︎ 日本の風俗文化がぁ……」


その言葉に、田中は足を止め、振り向いた。見ると、キャッチのロボットが大粒の涙を流していた。いや、人工的な目に仕込まれた、ただの水滴かもしれない。しかし、その必死さは確かに伝わってくるものがあった。


「そうかぁ……」田中は一人ごちた。「俺が熟女ソープを守ろうとしていたように、こいつもテレクラを守ろうとしてるんだな……」


妙子たんの顔が思い浮かんだ。そうだ、ピロートークの中で妙子たんが語ってくれたことがあるんだ。テレクラの魅力について。


「わたしも若い頃はボディコンに身を包んで、ジュリアナ東京のお立ち台でパンツ見せびらかしてたわぁ。で、ヒマなときはテレクラでお喋り」


「へー、テレクラどんな感じだったんです?」


「ふふふっ、みんな見栄を張って自分のことを、自衛隊の司令官だとか、登山のインストラクターとか、大手企業のCEOとか言うのよ。わたしも嘘だと分かっても、その話に全力で乗ったわ。だって現実って辛いことばかりだもん。恋愛くらいは理想の自分を演じてもイイじゃない‼︎ ねっ⁉︎田中くん♪」


歩き去ろうとした足を、田中は思わず止めた。妙子たんの言葉が胸をよぎる。


「そうだ、妙子たんが言ってたんだ……人を愛すること、理想の自分を演じること、それが生きる糧になること、壁を越える力になることを」


田中は意を決して、キャッチの美少女ロボットに向き直った。


「さあ、連れてってくれ‼︎ ユートピアに」


ロボットは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐににこやかに頷いた。「あいヨォ‼︎ ちょろペニーご案内デェ」


田中は彼女に連れられて、古臭い雑居ビルへと向かった。看板には、大きく「テレクラ‼︎ 電話少年DX」と書かれている。その名前は、まるで古いテレビ番組のようで、時代の移り変わりを強く感じさせた。


店内の1.5畳しかない個室に到着し、田中は腰を下ろした。狭苦しい部屋の中、微かに感じる加齢臭や、古びた備品の数々。妙子たんとの思い出話をしているような、不思議な居心地の良さがあった。


「ここで待っていれば、女の子から電話が掛かってくるんだろう……まあ、どうなるかわからんが」田中は、どこか懐かしい気持ちでつぶやいた。


「テレクラは高齢化が進んでるようだし……もしかしたら、妙子たんみたいな嬢が引っ掛かるかも」


妙子たん、今どうしてるかなぁ……。


田中は椅子にもたれかかり、ふと遠い目をした。


そんな中、唐突に電話が鳴り響く。

リンリンリリリン♪リリリリリンリン♪


田中は一瞬、現実に戻り、受話器を手に取った。耳元に当てると、アニメボイスな女の子の声が響く。


「ハロー‼︎ わたしメリーさん。今、お店の前にいるの」


田中は反射的に電話を切った。

「……よく考えたら、今のはジョークだよな?人を呪い殺す西洋人形の都市伝説じゃなくて?いきなり切るのは大人気なかったかもな」とつぶやく。


だが、それがテレクラの遊び心なのだと思い直し、次の電話が鳴るのを待つことにした。しばらくして再び電話が鳴り、田中は受話器を手に取る。


「ハロー‼︎ わたしメリーさん。今、あなたの部屋の前にいるの」


田中はちょっとした悪戯心で質問してみた。「今、どんな臭いがする?」


電話の向こうの声は冷静に答えた。「加齢臭がする」


田中は一瞬考え、納得した。「よく考えたら、向こうはテレクラに電話をかけてるの理解の上だろうし、ここが加齢臭するの知ってておかしくないよな」


もう一度電話を切り、ふと一息ついたところで、またしても電話が鳴った。田中は少し警戒しながら受話器を取る。


「ハロー‼︎ わたしメリーさん。今あなたの後ろにいるの……」


田中は急いで振り返る。そこには金髪碧眼のお人形のような何がが立っていた。田中は驚愕のあまり、椅子から転げ落ちてしまう。


「ひい‼︎ごめんなさい、コンドームに穴を開けて事故に見せかけて、妙子たんの膣内にピュッピュッシした件は謝ります。だから呪わないでぇ……」


するとロボットが呆れたように言った。「オニーサン驚き過ぎっしょ」


「ふぇ?」


田中が見上げると、ロボットは両腕を組んで仁王立ちしていた。先ほどのダミ声とは打って変わり、クリアな音声で話し始めた。


「わたしここでテレクラ嬢も兼任してるんだよねぇ。ぶっちゃけ、人いなさ過ぎてそうしないとお店が回らないし」


「活舌いいな? ダミ声は?」


「メリーさんごっこで驚かすために、最初はダミ声で猫かぶってただけデェ」


田中は思わず舌打ちした。「くそっ、こんな単純なことで醜態をさらしてしまった……」


そう呟いて、田中は立ち上がろうとする。しかし、背後からロボットがすっと抱きついてきた。


「ごめんなさい、お客さん全然来なくて寂しかったの」


振り向くと、彼女はキスをせがむように唇を軽く突き出していた。「わたしダミ声ロボットのダミ子と言います。お店が閑古鳥すぎて経験ないけど、やさしくして……ね」


その瞬間、田中の中で妙なイラ立ちが爆発した。妙子たんへの思い出に踏み込むような態度、目の前で自分をからかうように振る舞うダミ子のそれが、全て逆上の原因になった。田中は思わず、彼女にロメロ・スペシャルをかましてしまった。


「ギニャャャ‼︎」


その後、田中はペニーのイラみを鎮めるため、個室にあった「セクシーギャル」という、昭和臭しかしない雑誌を手に取り、力強くピュッピュッシした。満たされない心の隙間を埋めるように、田中はその一瞬にすべてを託した。


田中が用を済ませ、立ち上がると、床に倒れたままのダミ子が小さく呟いた。「ご、ご利用ありがとうデェ……」


その声を背中に聞きながら、田中は店を出た。賢者タイムの後の虚しさが、いつも以上に心に染み入る。


田中の旅はつづく。

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