第4話 試練の弓

虎之助が広間から案内された先は、清洲城の中庭だった。

城内の重々しい雰囲気から一転し、広い空間が広がっていた。

風が静かに吹き抜ける中庭には、数名の弓兵たちが待ち構えており、弓を持った武士たちの姿が目に入った。


「お前の試練はこれだ。」


信長に仕える家臣の一人が、無骨な表情で虎之助に一言告げる。目の前には的が立てられ、そこに弓矢を命中させる試練が待ち構えていた。

的までの距離はかなり遠いが、虎之助は眉一つ動かさず、真っ直ぐにその的を見つめた。


「弓の試練か……。」


虎之助はかつて、父と共に狩りをしていたことを思い出した。

村の男たちは皆、弓を扱う技術を持っていたが、彼の弓の腕前は特別だった。幼い頃から父に鍛えられ、狩りで鍛えたその腕は確かであった。

しかし、戦場での弓と狩りでは勝手が違う。

ここで失敗すれば、信長の軍に加わることなど夢物語になるだろう。


「この試練でお前の覚悟を示せ。信長様が望むのは、技術だけではない。その心根を見せてみろ。」


家臣の言葉が、冷たく響いた。虎之助は弓を手に取り、的をしっかりと見据えた。弓を引く感触は、懐かしさとともに彼の手に馴染んだ。


「俺にはもう後がない。これが俺の新たな道を切り開く第一歩だ。」


心の中でそう呟きながら、虎之助は静かに息を整えた。弓をしっかりと引き絞り、矢を放つ瞬間を待つ。

周囲の視線が彼に集中しているのを感じたが、それすらも今は意識の外だった。

頭の中にはただ、的と矢筋しかなかった。


「……今だ!」


次の瞬間、虎之助は矢を放った。風を切って飛ぶ矢は一直線に的へと向かっていく。

鋭い音とともに、矢は的の真ん中に命中した。


「見事だ。」


その瞬間、周囲からどよめきが起こった。

信長の家臣たちもまた、虎之助の腕前に驚いた様子だった。弓兵たちがにわかにざわつき、信長の意向を伺っていた。


「次だ。」


しかし、試練はこれで終わりではなかった。家臣の声が冷たく響く。

虎之助は再び弓を手にし、次の矢を放つ準備をした。今度の的はさらに小さく、遠くに設置されていた。

それでも、彼の目には迷いはなかった。

虎之助は再び矢を放つ。


矢は風を切り、再び的を正確に射抜いた。

その腕前に家臣たちはさらに驚き、信長への報告を急いだ。

虎之助の弓の技術がただの狩りの技術ではなく、戦場でも役立つものであることを証明したのだ。


「お前の覚悟、そして腕前……見せてもらった。」


信長が再び広間に現れると、家臣たちは深く頭を下げた。

信長は虎之助をじっと見つめ、その冷静な目の奥に興味を感じさせる表情を浮かべた。


「虎之助、私の軍に加わることを許す。」


その言葉に、虎之助の胸は高鳴った。

ついに、彼の願いが叶ったのだ。

しかし、信長はすぐに続けてこう言った。


「だが、戦場は弓だけで生き残れる場所ではない。お前には今後、より厳しい試練が待ち受けている。覚悟しておけ。」


信長の言葉には、さらなる試練が続くことを暗示していた。しかし、虎之助はそれでも一歩も引かなかった。

彼には、もっと大きな目標があったからだ。


「ありがとうございます。俺はこの身を信長公のために捧げます。」


こうして、虎之助は織田信長の家臣として新たな歩みを始めることとなった。

その道のりは決して平坦ではない。

だが、虎之助の心には、父の仇を討ち、村の無念を晴らすという大きな目標があった。

信長の下での試練を乗り越え、彼はやがて戦国の荒波を渡る強者となる道を進み始めるのだった。


続く


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