第25話
アイは早速他の姉妹に話を聞きに行った。
まず、スイのことを案じていたアオに話に行った後、もう夜なのだが、他の姉妹にもスイのことを話した。
みんなの反応は殆ど同じで、スイのことに興味を持って聞いてくれた。しかし、姉妹の誰も、スイの言う若い男のことは知らなかった。
誰か知っている人はいないのか、仲のいい友達なら聞いてもいいのだろうか? 聞くにしてもこの時間はやめておいた方がいいなと考え、この日の聞き込みは終わることにした。
翌日、日が昇って間もない頃、アイはスイのことを話しても大丈夫であろう友達に話を聞いてみた。
「妹のスイが恋をしたらしいの」
「恋⁉」
「声が大きい‼」
近くの岩陰に、友達を誘導して、声を潜めて説明する。
「なんかこの前、船に乗って楽しそうな雰囲気だったらしいの。その中に、若い男の人がいたらしくて、スイはその人のことを忘れられないって言っているのよね」
そこまで説明すると、友達はなにか知っているような、考える素振りを見せる。
「待って……その人って確か……特徴とかって聞いてる?」
「黒くて大きな目……ぐらい?」
その特徴を聞いて、友達は思い至ったらしく、手を打ち付ける。
「その人、知ってる!」
「本当⁉」
友達のまさかの言葉に、今度はアイが口を抑えられた。
「静かにって言ったのはアイだよね」
「ごめん。本当に?」
今度は声を潜めて聞き返す。
「本当。その人王子だよ、実は私もあの日見てたんだよね。スイちゃんが見ていた場所とは違うけど」
友達はそれから、その王子がどこの国の王子なのか、その国がどこにあるのかを教えてくれた。
それを聞いたアイは友達に感謝を伝え、大急ぎで城まで戻るのだった。
「スイ‼」
大急ぎで戻って来たアイは、スイを含む妹達に大慌てで声をかける。
友達から聞いたあの若い男の話を早口で捲し立てる。
そこには当然、アオもいた。
アオはその話を聞いた時、誰にも見えない場所でほくそ笑む。これであの男のことが分かった。王子だというのも納得できる。
人魚姫達は、みんなで一緒に、その王子がいるという場所まで浮かび上がる。
その時のアオは、スイとできるだけ顔を合わさず、離れて浮かび上がった。その最中、アオはスイの表情を窺うと、スイの目はこの先にいるであろうあの男しか見ていなかった。
その目が、その目の見ている先が、アオにとっては憎くて仕方がない。
あの男の居場所さえ分かれば、後はもう殺すだけだ。ただやはり、ただ殺すだけではいけない、スイを本気で怒らせるためにはそれ相応の準備がいる。
人魚姫達が浮かび上がった場所は、王子の城があるという場所。城は、つやつやした、薄黄色の石で造られていた。大きな大理石の階段がいくつもあり、その中の一つが海の中まで下りていた。
アオはその階段を見て考える。もしここに王子が来るのなら、ここから海に引きずり込んでみるのもいいなと。スイの目の前でそうすると、スイも怒らせることができるのではないかと。
アオがそんなことを考えている間、他の姉妹達は金色の丸屋根、建物を囲う丸柱、その柱と柱の間に聳え立つ、まるで生きているかと錯覚するほど精巧に造られた大理石の像に目を奪われていた。
スイは更に中を覗こうと場所を変え、透き通ったガラスの高い窓を見つけた。そこからは、これ以上の物は見たことが無いと言える程の広間が続いており、立派な絹のカーテンと絨毯がかかっていた。それに加え、壁には大きな絵がこれでもかという程並べられており、飽きることはなさそうだった。一番大きな広間の真ん中には噴水があり、高く飛ぶ水はガラス張りの天井まで届く程。太陽に光がガラス張りの天井から差しこみ、水の上や大きな水盤に浮かんでいる美しい水草をキラキラと照らしていた。
スイはその光景を目に焼き付けながら、自分があの王子と一緒にいる場面を想像する。
それからスイは、夕方から夜にかけ、何度も何度もこの場所へやって来た。日が暮れてから、ガラス張りの天井から漏れ出る光が美しい。
スイは一人で陸の近くまで泳いで行く。目の前にあの王子がいるはずなのに一目見ることも叶わない。誰も真似できない程近づいたスイは、遂に狭い水路を遡り、美しい大理石のテラスの下まで行く。テラスの影は水面に長く映っており、スイはそのテラスの下に身を隠した。
「……⁉」
身を隠す直前に見えた人影に息を呑む。
テラスの上には王子がいたのだ。
やっと見つけることができた。今すぐにでも目の前に出ていき、話しかけたいがそれができずに身を顰める。
王子はただ黙って、一人で月の光を全身に浴びていた。
うっとりと、時間を忘れる程王子を覗き見ていたスイが我に返ったのは、もう夜も更けた頃。王子がテラスからいなくなってからであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます