第2話「ノスタルジーの面影」③
海田は有明にある自宅マンションのオートロックを通った。このオートロックは嫌いだ。旧型だからか、認証に5秒ほど時間を取られる。無駄なことは嫌いな性分であったから、真剣に管理人に苦情を入れようかと逡巡していた。エレベーターに乗って11階で降りる。自分の部屋は一番奥だ。これも毎度憂鬱になる。
海田はドアの鍵を開けて中に入ろうとする。そのとき、後ろから足音がした。見ると30代半ばの男が立っている。
「あの、何か御用ですか」
そう聞き終わる前に、男はバールを振りかぶって来た。咄嗟に頭を腕で守る。腕越しだったが、顔に強い衝撃を感じた。思わず後ろに転倒する。急いで立ち上がろうと海田は肘を地面に突き立てた。そのとき、首筋に鋭痛を感じた。次第に意識が濁っていく。海田の意識は、暗黒の底に沈んでいった。—————
—————海田はゆっくりと瞼を開ける。痛みを感じて腕を見やると、両腕は結束バンドで拘束されていた。ここで襲われたことを思い出す。一気に冷や汗が噴き出る。死の恐怖。今まで捜査官をやってきて幾つもの修羅場をくぐって来たが、監禁されたことはなかった。
恐怖を押し潰し、冷静に辺りを見渡す。少なくとも自宅ではなかった。さらに目を凝らすと、そこが倉庫であることが分かった。意識を集中させてみたが、倉庫内に人間の気配は感じなかった。アクションを起こすなら今だ。
海田はゆっくりと立ち上がる。幸いにも、足は拘束されていなかった。出口らしきものに近づく。そのとき、足裏に冷たい感覚を感じる。しゃがんで手をやる。暗くてよく見えなかったが、触覚からして注射器だった。恐らく自分を眠らすときに使った物で、犯人が誤って落としたのだろう。これだけは犯人に感謝した。
注射器の針を使って、どうにか結束バンドを切った。手首を掴む。きつく締められていたのか、かなり痕になっていた。
海田は立ち上がり、出口から出ようとする。だが外から鍵が掛けられていて出られなかった。唯一の希望がなくなり、絶望を感じていた。
そのとき、外から足音が聞こえる。咄嗟に扉の裏に隠れる。ドアノブが小刻みに振動し、遂に扉が開き始める。その人物は、部屋の中に入って来た。
その瞬間、海田は体当たりした。人物は床に転倒する。今だ。そう思い、外目掛けて全力疾走する。しかし、疲弊していたことに加え、裸足のため思い通りに走ることができなかった。
数十メートル走った後、海田は物陰に隠れた。息を殺す。相手に勝つには不意打ちしかない。近くにあった石を拾う。これをアイツの顔面に投げつけて、姿勢が崩れた瞬間を狙って押し倒す。これしかない。海田は覚悟を決めた。
突然、後ろから気配を感じた。後ろを振り向こうとする。その瞬間、海田は後頭部に激しい衝撃を感じる。そのままアスファルトに突っ伏した。薄れゆく意識の中で、犯人の後ろ姿を見ようと目を凝らす。はっきりとは見れなかったが、確かにスカートを履いていた。海田の意識は、暗闇に沈んだまま元に戻らなかった。
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