第2話「ノスタルジーの面影」②

回想をしていると、誰かに背中を突っつかれた。後ろを見ると、木本がコーヒーを差し出してくる。


「はい、コーヒー。何か作業するときはこれがなきゃね」


そう言いながら自分のデスクに向かっていった。厚意を無下にする訳にもいかず、カップを口元に近づける。やはり香りからして代用コーヒー。しかも自分が嫌いな玄米由来の物だった。飲んだふりをしてデスクの上に戻す。これは後で捨てておこう。


そんなことを考えていると、けたたましく館内放送が鳴りだした。


「南関東県品川で人が倒れていると入電。被害者は海田正司かいだ しょうじ。刑事局研修所教官。先月から続く『連続刑事局員殺傷事件』の同一犯によるものだと思われる。広域・重要犯罪事案に認定。一課三係に出動を命ずる」


「よし、全員出動だ。10分以内に用意して駐車場に集合しろ」


全員慌ただしく部屋を飛び出していく。それにしてもあの海田が被害に遭うとは。命に別条がなければいいが。そんなことを考えながら、津上も部屋を飛び出していった。——―—―


—————20分ほど掛けて品川に急行した。既に地元警察が辺りを封鎖しており、野次馬は完全に外側へ出されていた。立哨の警官にAR時計で身分証を提示する。


規制線を超えると、一人の男が地面に倒れているのが見える。まさか。そう思って駆け寄ると、地面にあの恩師が倒れていた。呆然とする。


「もしかして知り合い?」


「研修所の担当教官です。恩師でした…」


「もし気分が悪いなら外で待っていていい。自分で決めろ」


城内からの意外な優しさを感じて拍子抜けをしたが、津上は冷静に切り返した。


「いえ、大丈夫です。悲しむのは後にします」


「本当に大丈夫なんだな?」


城内は津上の目を見ながら確認する。それに津上は頷いて答えた。


「分かった。私は所轄の刑事に話を聞いてくる。君たちはアーボットを使って、このご遺体から情報を集めろ」


そう言って城内は走っていった。木本はAR時計を操作してアーボットを起動させる。アーボットは素早く遺体を検視し、周囲の遺留物なども残さず回収した。


「被害者は海田正司。54歳。南関東県有明に居住。家族は息子と娘が一人ずつ。妻とは死別」


木本は淡々と読み上げていった。


「頭部に6センチ大の挫滅創ざめつそう。死因は後頭部を殴打されたことによる外傷性くも膜下出血」


そこで木本は読み上げるのをやめる。


「どうしたんです」


「『後頭部を殴打』と書いてあるからてっきり後ろから不意打ちされたんだと思っていたけど、このご遺体には前腕に防御創がある」


防御創。他者の攻撃を防ごうとして付く傷のことだ。これが前腕についていると言うことは、被害者が加害者と対峙したと言うことを意味する。


「その防御創はどれぐらい前に出来たものですか」


木本はAR時計のホロディスプレイを操作する。


「死亡する2~3時間前。それがどうしたの」


「恐らく被害者は近くの場所で監禁されていたと思われます」


「その根拠は?」


「手首に拘束痕があります。日常生活で拘束痕が付くことはありません」


「『監禁場所が近く』と言うのは?」


津上はしゃがみ込みながら遺体の足元を指さす。


「被害者の足には靴下だけで靴は履いていません。靴に慣れた現代人が裸足で移動できる距離はたかが知れています」


津上は立ち上がる。


「そして靴下で出歩く人はいません。つまりこの靴下の繊維を辿れば、監禁場所もすぐに割り出せます」


そう言いながら野次馬の方向に顔を向ける。その中で、自然と一人の男に視線が行く。あの男には何かを感じた。

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