第42話 2024/10/5 10:55

 食堂に案内し、とりあえず全員分の席を確保した。フィーネちゃん、セルシアさん、フィーネちゃんのお兄さん、セルシアさんのお兄さんらしき金髪の人、その子供。食堂なら屋台もあるし、ちびっこでもすぐに退屈はしないだろう。


「で、あのですね。ここまで引っ張ってすみません、雷野クリスは僕です」

「ああ、やっぱり……」

「フィーネさんと、セルシアさんですよね。リノから聞いてます」

「リノさんは、お元気なんですか?」

「えっと、リノは……」


 言いながらチラッと野郎組を見る。


「あ、すみません。兄の雙葉ふたばと、兄のジム仲間で義理の兄のディゾールさん、その子供のウルスラ君です」

「雙葉って言うな。お前がフィーネで認識されてんなら俺ぁガンホムでいいだろうが」

「セルシアさんはディゾールさんの生き別れの弟さんだったんですよ〜」

「琴乃、無視すんじゃねえ」

「兄の雙葉・ガンホム・葦原です。可愛い名前なのになぜか嫌がるんですよね〜」

「可愛い名前だからだろうなァ」


 ディゾールさんがくつくつと笑う。セルシアさんが人懐こい笑みを浮かべながら僕に右手を差し出してきた。


I'm glad to see you,お会いできて嬉しいです、 Chris-kun.クリス君。 I'm your dear friend僕はあなたのセルシアと, Celsia.いいます

Nice to meet youどうも初めまして、セル, Celsia.シアさん。 I heard that you areあなたは腐れアダルト a rotten adult.だって伺ってますよ

Oh, Reno-chan said?ああ、リノちゃんからかな? He's good boy!かわいいなぁ! How is he?彼は元気?


 僕が仏頂面で対応しても、セルシアさんは笑顔を崩さない。本当に、相変わらず嫌な大人だ。


「……お二人とも、リノのことを知りたくて僕に?」

「あの、すみません。リノさん急に休学になってしまって、夏休みが明けてからもいらっしゃらないんです。心配で……」


 僕は胸が熱くなった。ああ、友人ってちゃんと僕にも居たんだ。何も事情は知らなくても、ただ居ないというだけで心配してくれる人が。笑顔になっていいものか迷って、微妙にはにかんでしまった。


「……ありがとう、僕の……リノのこと、心配してくれて。

 学校からは事情は説明されてないんだ?」

「はい。個人都合とだけ。」

「リノはね……いや、英語で話した方がいいか」


 僕は英語で植物状態って何と言うのだろう、と軽く調べてから説明した。


『……あいつは昔から病気でね。それが急に重くなって、今は植物状態だ』

『そんな……』


 セルシアさんが口を左手で覆い、チラッとディゾールさんの方を見る。ディゾールさんはウルスラ君を屋台の方に誘っていった。

 自殺未遂したと言うのは避けた。死にたい、死ななきゃという考えに取り憑かれるのも、病気みたいなもんだっただろう。

 フィーネちゃんも痛ましそうに顔を歪めた。


『リノさん、全然そんなことおっしゃってなかったのに……』

『リノちゃんが何かに悩んでいたのは確かですよ。僕も大人として、ちょっとだけ人生相談のようなものは受けました。ティーンズによくある何かだと思っていたんですが……そういう事情があったとは』

『……僕はあいつのこと、諦めてない。医者になって、絶対あいつを取り戻すって決めたんです』

『ええ、僕も遠い地からですが応援させてください。僕の可愛い獣ちゃんにまた会いたいですから』

『な……何を言って……』


 僕の顔が赤くなる。いや待て、今僕はクリスなんだぞ。赤くなったらおかしいだろ!


『あれ? そこは聞いてないですか。へぇ……じゃ、彼の尊厳のためにも僕らがどんな仲だったかは伏せておきますね。頑張って起こして問い詰めてください、世界一カッコいいボーイフレンド君』

『……!!』


 この野郎、「クリス」をからかって楽しんでやがる。僕は拳を握り締めた。場が暗くなりすぎないように、かもしれないが、それにしたってやり方があるだろう。


『セルちゃん、年下を虐めるのは感心しねェな』


 黙って座っていたガンホムさんが急に口を挟んできた。地響きのような迫力があって、緊張が走る。しかしガンホムさんはそれ以上何か話す様子は無く、くあっと欠伸をした。

 セルシアさんは彼の注意をなぜか嬉しそうに受け止めて、僕の方に向き直った。


『そうですね、すみません。君があんまりリノちゃんに似ていたものだから、ついからかってみたくなって。僕の悪い癖ですね』

「似てはないッスよ』

『姿じゃなくて、言動がですよ』

『そう、ですか……』


 そりゃ、中身はどっちもリノだからね。似てるのは当然だ。

 でもこの人の相手をするのがクリス本人じゃなくて良かったと思った。クリスがこの人に転がされて、うっかり懐いてしまう事態は絶対に避けたい。めろめろのデロデロに甘やかされて駄目にされてしまう未来が見える。インカーを挟んでただでさえややこしい僕らの関係に、この人を交えるともう絶対ロクな結果にならない。

 ……クリスがボトムになるんだろうか。いや、さすがに完全なガチムチ男に対してトップはこの人もできないか。嫌だな、どっちがボトムになるにしろ嫌だ。つーか何考えてんだ僕……。


『……とりあえず、リノの話はそんな感じです』

『あっ、あの、教えてくださってありがとうございました! リノさんのことは心配なままですが……』

『こちらこそ、ありがとうね。あいつのこと気にかけてくれて。あいつも喜んでると思う』


 そう、リノは、僕は嬉しかった。

 本当のことは、言えないけれど。

 リノの僕は無価値じゃなかった。


 ……そんなの、本当は分かってたはずだ。それでも、いやだからこそ、僕に価値を幻視する人達に甘える自分が許せなくて、僕は僕を殺した。

 リノは昔から甘やかされて生きていた。だから甘えられない事態に弱かった。クリスの体に移って、甘えられない人間としての成長を求められて、僕はようやく少しずつ、僕の未来を想像しようとしている。大人になったら、の話をしている。

 この人達は、多分クリスとしての僕とも仲良くしてくれる。加虐趣味だって、今はセルシアさんに縋る必要もない。それなら、これからも……。

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