第41話 2024/10/5 10:48
学園祭当日。まさか遊んでいられるとは元々思っていなかったが、執行部長から僕名指しで呼び出しがあった。学祭の執行部は有志の三年生がメインで、執行部長は代々、前生徒会長だ。
「ライノ君、久しぶり。悪いが緊急事態でね。今正門前で立ち往生してる一般の方達がいるんだ。いや、一般枠なんだけど一般人じゃないらしくて、とにかく目立っていて流れが滞ってしまっている。君が行って何とか混乱を収めてくれまいか」
「大丈夫ですよ。どんな人達なんですか? 有名人?」
「どうやらそうらしい、寡聞にして僕は分からなかったのだが、副生徒……ではもうなかったな、白木君が駆け込んできて教えてくれた。なんでも、世界的に活躍している格闘技の選手と、ロックバンドマンと、そのご家族らしき方々だそうだ」
「なんかチグハグですね……」
「火急頼まれてくれ。コロナ明けの久々の一般公開なのだ。我々にもノウハウがない」
「了解しましたー」
練習した甘口の笑顔で、にっと笑ってみせる。前生徒会長はそんな僕を見て安心したように頷いた。
執行部の腕章を持たされ校門に向かうと、遠目からでもバッチリ分かる、熊みたいな大男の姿が見えた。人の波の上にゴツい肩と首が飛び出していた。あれ多分、二メートルはゆうに超えている。言われていた格闘技の選手だろう。あんだけ飛び抜けていたら、そりゃ目立つだろうな。
「すみませーん、ここは正門です、立ち止まらないでくださーい、そのまま中に入ってくださいー」
人を校庭に流しながら中心に近づく。件の人物が大きすぎて気付かなかったが、その隣で肩車をしている親子も二人とも銀髪で、かなり目立つ。
……というかあの銀髪、見たことがある。
僕は思わず足を止めた。いや、人の整理のために敢えて彼らに背を向けて、心を落ち着かせた。
なんで、セルシアさんがここにいるんだ。
隣にいた水色髪の子は多分フィーネちゃんだ。
肩車してる子供は……じゃあ……セルシアさんの子?
いやおかしいだろ。二十歳であんな小学生みたいな子供がいてたまるか。そしてあの恐ろしくデカくて黒い前髪が鬱陶しい人はきっとフィーネちゃんのお兄さんということなんだろう。総合格闘技のプロだって言ってたし。
何? 何しに来たの? いや一般でチケット取ってここに来てるんだろうけど。なんで? そもそもなんでセルシアさんは日本にいるの? 暇なの? そしてその子供は何なの??
色々聞きたいことはある。でも僕は今、リノじゃない。雷野クリスは、あの中の誰とも面識は無いのだ。
リノから留学の時の話を聞いたことにするか。それならフィーネちゃんの顔やセルシアさんのことは知っていてもおかしくない。でもいきなり知らない男子生徒に名前を呼ばれたら警戒されるだろう。初めは気付いていないフリをしつつ、自己紹介をして、向こうが名前を言ったら改めて聞いてみよう。
「こんにちは、ようこそー執行部ですー。すみませーん、一般のお客様は立ち止まらず中に入ってください、どうぞー、はい、来てくれてありがとー。
お客様、他のお客様に対する迷惑行為はおやめくださいねー」
ぽかんと口を開けて巨漢を見上げていた少年の背中をそっと中へ押しやり、立ち止まってセルシアさん達にスマホを向けていた男の肩を笑顔で叩く。男は振り向き、こちらを百八十オーバーの厳つい生徒だと見るや首を竦めてそそくさと中に入っていった。
「お、やっと動けそうだな」
ゴーグルサングラスを掛けているから表情はあまり分からないが、どこか愉快そうに巨漢が首を巡らせた。
「だからセルシア連れてくるのは嫌だったんだよ……」
巨漢に肩を持たれている一つ括りの金髪の男が溜息をついた。よく見たら、顔立ちはびっくりするほどセルシアさんに似ている。兄弟かもしれない。セルシアさんは銀髪の子を肩車したまま、フフッと笑って金髪の男に声を掛けた。
『
『
「お父さんは、日本語で喋ってください」
セルシアさんの肩の上の子に遮られ、金髪の男が難しい顔になった。なるほど、本当はそっちの子供なのか。
とにかく、話が途切れた今がチャンスだ。
「こんにちは、執行部の者です。申し訳ないですが、流れが滞っていますので皆様を先導させてもらいます。」
「あっ、ご迷惑おかけしてすみません……」
フィーネちゃんがぺこりと頭を下げ、その途端、野郎共の無言の圧が僕にぐっと掛かってきた。
何だよ、全員彼女の護衛ってわけかよ。言っとくけどその子が髪を水色に染めたのは僕のためだからな。なんて当然、クリスの体で言えるわけもなく、ただ押し負けるつもりはないので甘口スマイルで対抗してやった。
「いいえ、これも仕事ですから。あ、これパンフレットです。お目当ての演目などは決まっていますか?」
「いえ、私……その……」
フィーネちゃんの歩みが遅い。僕はそれに気付いて振り返った。
フィーネちゃんの兄と思しき大男は、右手で金髪男の肩を持ち、左手で白杖をついていた。
格闘技の選手なのに目が見えないのか、試合で見えなくなったのか。気になることは尽きないが、今はフィーネちゃんの返答待ちだ。
彼女は意を決したように面を上げた。
「えと。この学校に通ってる、雷野クリスさんに会いに来ました」
……リノ絡みか。そういえば、彼女にはクリスの話もした気がする。僕は笑顔を保てなくなり、誤魔化すために首を捻った。
「……なるほど? ひとまずそれじゃあ、付いてきてください」
「あ、はいっ」
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