第38話 2024/9/17 夕刻 続
「なんかマズかったか?」
インカーが不思議そうに首を傾げる。僕は険しい溜息をついた。
「……いや、……あー、クソッ……クリスみたいに上手く描けないから、黙っておいて欲しかったのに……」
「クリスも絵描けるのか」
「……描いてたよ、趣味絵だけどね。去年サ終したネトゲのフレンドのキャラとかよく描いてた。それなりに人気あったから、あいつのフォロワー全員それ関係だと思ってたのに……まさかリアフレが混じってたなんて……」
てか、あれ? それだと僕の元々のアカウントの絵も、クリスのリポストであいつらの目に入ってたってことだよな。もしかしてそこから中の人同一人物化バレすることある? クリスのアカウントでは事故のリハビリ中ということになっていて、デッサン以上の真面目な絵を投稿したことはなかったけど、絵柄が完全に変わるまでは、もう絵の投稿はしない方がいいか?
うわぁ、他人に成り済ますって本当に難しい。話し方、絵の描き方、ご飯の好み。色んなところからボロが出てくる。
「お前らの絵見てみたいなー!」
……こっちはこっちで能天気なこと言ってるし。
「クリスの絵なら見せられるよ」
僕はクリスのアカウントを開いてメディアを遡らせた。普通の人間キャラからドラゴン、獣人、天使、モンスター、風景に至るまで、あいつは卒なく描きとっていた。
「すげーなスッス、これ全部自分で描いてたの?」
「そうだねぇ、モデルはいたけど描くのにAI補助とか模写とかはしてなかったよ」
「へぇーっ、……この綺麗な天使がお気に入りだったのかな、よく出てくる」
インカーがメディア欄の中でピンクブロンドの長髪キャラに目を留めた。六枚の羽を広げ、黒い森のそばのうつくしい湖の畔で黄昏れている。右向きの顔だから紫色の瞳だけど、僕はその反対側の目が深紅であることを知っていた。
「あー、それはねー、僕」
「えっ?」
「そのキャラ僕の。正確には堕天使、六翼だから」
「……リノらしいな」
「褒めてないよね?」
「綺麗だけど堕天使っていうのが」
「やっぱ、褒めてないよね?」
「貶してるつもりもないぞ!」
「正当な評価だって言うのかよ!」
「キレんなよ、お前が好きで作ったキャラなんだろーが!」
「だって堕天使カッコいいじゃんか!!」
「だから悪いとは言ってないだろー!」
もうサ終してしまったからほぼ無意味な言い争いをしながら、僕はクリスの絵を眺めた。
淋しいな、と思う。閉鎖されてそろそろ一年になるのか。ファン活動は、やってる人はまだやってるのかな。クリスはその後別のネトゲを始めようとはしなかった。ちょうど学祭前だったみたいだし、生徒会で忙しくなったのもあると思う。僕は別のネトゲを始めたけど、キャラクリエイトの範囲は到底及ばなくて、とりあえずストーリーは終えて高難易度をちょろっとやっただけで放置している状態だ。多分受験が終わるまでは再開しないだろう。絵だって、もう描かない方が良いのかもしれない。
僕は綺麗で傲慢だった。課金もそれなりにしていたけど、希少アイテムはフレンド達から貢がれるのが常だった。VCありでプレイしてたから性別はバレていたと思う。いや、分かんない。クリスとニコイチだったし、クリスはゲームの中でもいつもの調子だったから、クリスの彼女がボイチェンで参加してると思われていたかも。
去年の今頃……か。そういえば去年の月見の日が最後のログインの日で、僕はクリスと二人、ゲーム内で綺麗なロケーションを探し回り、ダイヤモンドダストの中に浮かぶ満月を眺めてたんだった。
もう皆と会えなくなるんだね、淋しいな、と言った僕に、俺はこれからもずっといるだろー! なんて言って笑ってくれたのに。
……いないじゃんか。
嘘つき……。
「……早く帰ってこないかなぁ」
「ん、もう帰る?」
早く帰って、のところだけ聞こえたのだろうか、インカーが反応する。
「そうだね、そろそろ月も出てるだろうし。今日は帰るか……」
校門を出て駅に向かう下り坂。
東の空に、オレンジ色の月。
名月だなんて周りに持て囃されて、
満月でもないのに、
満月のフリをしている。
いっそ何者でもなければ綺麗だったのに。
「……なんか、まだ色があんまり綺麗じゃないね」
僕は、僕だけはお前を正当に評価しよう。
「昇ってくれば白くなるんじゃないか?」
インカーがそうやって隣で笑ってくれる。
未来を信じていてくれる。
「……インカーも早く門限無しで月見できるようになってよ」
「大学合格したらだなァ……」
「勉強見てやろうか?」
「それはいーよ、大丈夫」
「都内じゃないと許さないからな」
いつか満ちる未来の話ができるのは、
インカーがいてくれるから。
困ったな……。
インカーを手放したくない。
望月の欠けたることもなしと思へば。
そんな未来などあり得ない。
僕が得られる幸せって本当は、今が最大値かもしれない。
インカーの思う未来には、僕はいないかもしれない。
そう思うと怖くて、足が竦みそうになるけれど。
運命の前に自力で輝くすべを持たない僕は、
立ち止まることを許されていなかった。
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