甘口と辛口(全2節)

僕が他人を演じた日(全10話)

第39話 2024/9/26 夕刻

 学園祭が近づいてくる。うちの学校では、毎年二・三年は演劇タイプの出し物だ。役割決めの時に僕は昏睡状態で不在だったから、特に担当は決まっていない。演出全体の意見出しをしつつ、人手の足りないところを手伝うことになっていた。辛口様の意見は、なぜかよく通った。

 主演は三谷と高野さん。三谷はこのご時世にスマホを持っていなくて、とりあえず台本渡しとけばチームワークしなくても済むという理由らしい。高野さんは女子票が圧倒的だったんだとか。顔が可愛い上にカマトトぶってなくて文句も遠慮なく言い合えるメンタル強い子だからだよ、と三谷が解説してくれた。僕はそれを平気で言葉にできる三谷もかなりの強メンタルだと思う。つまり、お誂え向きの二人だ。

 内容は健全なラブコメだ。女子と仲良くしていればモテると思っているチャラ男の三谷が、幼馴染の高野さんに指導されてスパダリを目指すマイ・フェア・レディの男版のような感じ。でも、最高にカッコいい男になった三谷が改めて高野さんに告白すると、高野さんはダメンズ矯正に目覚めてしまったらしく、もうあなたには興味ないの! と一蹴。群がるモブ女性達に三谷が押し流されて幕、というストーリー。

 二人ともハマり役過ぎて脚本を担当した北田さんによくこんなストーリー書けたね? と聞いてみたら、北田さん、実は三谷の元カノだった。道理で、マイ・フェア・レディと違って最後まで三谷が報われないと思った。辛口様にだけ教えるんだけどね……と頬を赤くして言われたもんだから、僕はどうしていいか分からず、とりあえず学校帰りのコンビニで見かけた天然ソバージュ頭をチョコジャンボモナカで叩いた。


「およっ、辛口様じゃーん」

「三谷お前、北田さんと付き合ってたって?」

「んー、まあ去年、二ヶ月だけですけどね!」

「あの脚本は復讐だったのか」

「えっそうなの!?」

「気付いてなかったの!?」

「しょ……北田ちゃんを傷つけるような別れ方はしなかったんだけどなぁ」

「別れ方の問題だけじゃねーだろ絶対」

「えー? つかそれは練習頑張ってる俺への差し入れっすか?」

「僕のだけど。まあ、割れた分くらいはあげてもいいよ」

「やりぃー!」


 開封してみたら、チョコジャンボモナカは三分割されていて、三谷は僕の手が塞がってるのを良いことに大きい方から二切れ持っていった。

 こいつのこういう意地汚いとこは結構致命的だと思うけれど、なぜか嫌われる感じじゃない。金欠キャラの割に身なりは小ざっぱりしていて洒落っ気もあるし、金のあるところからしか無心しないからかもしれない。例えば社長令息でボンボンの、雷野クリスこと今の僕。


「うまー、今日のライノは久々に甘口だ」

「違うよ。そんな簡単に甘口に戻れたら苦労してない」

「そんなー! 早く戻りませんか」

「どんだけ甘口に甘やかされてたんだよお前……」

「ライノ両刀説を信じるくらいには」


 突然爆弾発言をブッこまれて僕は噎せた。


「クリスが、お前のこと好きだったって?」

「うーん、すげぇ他人事な言い方ですね……まあ別人みたいなもんか。

 なんてぇか、これどこまで甘えて大丈夫なんかなって怖くなる感じがあったんですよ。急に見返り要求されたらどうしようって。俺に限らず、男女問わず、だったからまあ幸い? 勘違いするような奴は少なかったけど? いや分かんねぇな、耐性ないとキツかったかもしれない」

「……ふーん」


 なるほどね。確実に溺愛されていた僕が基準になっていたから気付かなかったけど、クリスは確かにそういうところがあったかもしれない。というか僕を対人関係の基本にしていたからあいつ自身の甘やかしボーダーがだだ下がりしていた可能性もある。


「……じゃ、今の僕はかなり冷たいのか」

「そう! 淋しい! 甘口に戻ってほしいです」

「悪かったな、僕も戻れるもんなら戻りたいよ」

「俺を甘やかしてると調子戻るかもよ?」

「いや、それは興味無い」

「惜しい! いい誘導だと思ったのに」

「なんも惜しくねぇよ。僕が大切にするのはインカーだけって決めてる」

「はぁ~……すごいね……愛が」

「付き合ってるなら普通だろ……」

「そうかなぁ? 記憶失くしたのに急に彼女だよーって出てこられたら嫌じゃね? よくまあ、好きだって改めて思えますね」

「……んー」


 本当は、記憶を失くしたわけじゃない。でもクリスの記憶と感情は、傍で見ていただけの僕には分からない。

 分からないけれど、クリスのため、インカーを手放すわけにはいかない。

 そして僕自身も……。

 僕をリノとして認識して、しかもそれを良しとしてくれているインカーを。

 僕に傷を付けられても首を絞められても見捨てないでいてくれるインカーを。


「……手放したくない。あいつは僕の心の支えだから。あいつが今の僕を許してくれるから、僕は生きていける」


 僕の吐露に、三谷はニヒルな笑みを浮かべた。


「なんか、辛口様ってやっぱ可哀想だな」

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