第37話 2024/9/17 夕刻
連休明け初日、何事もなかったかのようにあいつは生徒会室にやって来た。
「インカー。今日は家まで送るよ」
「なんで?」
「なんでって、お前。昨日の夜、様子おかしかったじゃん。心配だもん」
「ああ、いやもう大丈夫だぞ」
「いーの。今日は月見だから帰りに団子でも買って食べよ」
「あ、ちなみにちゃんと調べたら満月は明日らしい」
「そうなの!?」
「明日の昼間に満月になるんだって」
「じゃあ実質今晩から明日の夜までが満月じゃん。お得だね」
「リノ」
「何」
「……そういうとこだぞ」
「えっ何」
僕が面食らっていると、インカーはフンと鼻を鳴らして僕の頬をつねってきた。
「クリスの顔でスッスっぽいこと喋んじゃねーよこのパクリ野郎」
「ハァー!? パクッれましぇんけろー!?」
仕返しに僕もインカーの頬を引っ張る。餅のようにふにふにと柔らかい。
「いーでででで! はなへよー!」
「そっちが先にはなしぇよ!」
すると、生徒会室の扉がガラリと開けられて、
「……これはしたり」
クラスメイトの後藤が、ニヤついた顔で立っていた。
「今更学祭の予算増やせだって? もうどこからも捻り出せねえよ」
後藤は空手部と映研の掛け持ちをしている。今回は映研の部員として打診しに来たようだ。
「しかし、素晴らしい題材が手に入ったのでな。是非これを布教せんと部員一同意気込んでおるのだ」
「素晴らしい題材? 何だよ」
「電脳コイル」
「……ほう」
そのタイトルは僕もよく知っていた。僕らが生まれた年の頃に公共放送で放映された傑作と名高いSFアニメだ。SNSではよく名前が挙がるが、さすがの僕でもまだ観たことはなかった。
「あれ映画になってたの?」
「なってござらん。ゆえに我々がダイジェスト版を編集せねばならん。そのための機材が追加で必要になったという次第でな」
「あー、残念だけど諦めて。それはもう映研の活動外だろ」
「遺憾でござる。映研は映画研究会ではなく映像研究会であるゆえ、テレビアニメも対象に入ってござる」
「紙ベースで研究発表すればいいじゃん。上映する必要はないよ」
「だが毎年映研の映画はご来場の皆様に楽しみにされておるのも事実、我が代で伝統を崩すわけには参らぬ。それに……ライノ殿も電脳コイル、興味ござらんか?」
「……ある」
僕と後藤は顔を突き合わせ、二人でニヤリと笑った。
「仕方ねえなぁ。機材って何が要るの」
「編集用のPCとそふとうえあでござるな」
「ふーん。ちょうど僕の古いPCが余っててさぁ。もしかしたらアプリも入ってるかもしれないなぁ」
「おお、それをお借りできるとありがたい」
「ま、クラスメイトの頼みだしね。又貸しはナシだよ。色々データとか要らないアプリ消してから渡すから、三日ちょうだい。コピーガードは平気?」
「何でござるか?」
「知らないか。違法アップロードとかされないように大抵の円盤についてるやつだよ。んー、学祭で流すのは教育授業の範囲だから問題ないんだけど、編集するってなると……いいや、やり方調べとく」
「何から何までかたじけない」
言葉は低頭だが、後藤は尚も不敵に笑っていた。
「まさかピンポイントで興味ど真ん中のやつ持ってこられるとはね、恐れ入ったよ」
「うむ、実はお主に直接掛け合うのが一番早そうな気はしてござった。サブカル好きは変わっておらんようで安心致した」
「まあ、ね……」
クリスのオタク趣味は完全に僕の影響だからね。SFもアニメも、守備範囲は僕の方が上回ってる。……でも、クリス以外のオタク友達は作ってこなかったな。
「……後藤とは、前もオタク話結構してたの?」
「うむ。Xでも相互フォローじゃろう。サルモネラ足利という名前でござるよ」
「あれお前かよ!!」
「ちなみにジョルノ殿は上條殿、海辺のあさり殿は砂川殿でござる」
「ウワーッ!!?」
僕の下らないポストに毎回いいねくれてたのお前らだったのかよ! 恥ずかし過ぎる!!
思わず両手で顔を覆った僕の肩を、逞しい手がポンポンと叩く。
「前みたいな絵が描けなくてスランプになる心中はお察しするが、慌てずに継続することが肝要でござるよ。拙者はこれからもお主のふあんを続けるゆえな」
「ああ……ウン……ありがとうね……」
「絵? お前、絵描くのか?」
「……後藤?」
「おっとそれでは用も済んだことだし拙者はこれで失礼致す。じゃあの」
「ッんにゃろ……!」
空手部の身のこなし鮮やかに、後藤は僕の手からひらりと逃げて生徒会室から出ていった。
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