第31話 2024/8/16 昼 続
「……まあまあ、クリスってば幸せそうな顔しちゃって」
ちょっと頬が緩んだのを、インカーのことを考えたと思われたのか。上條がニヤニヤと僕を見てきた。
「そんなんじゃねえし」
「照れんなって。俺、ちょっと安心してんだよ。辛口なんて呼ばれてるけどさ、今のお前はインカーちゃんのことしか見てないの、よく分かるから。甘口の時はチャラすぎたから……誰にでもいい顔してたからな。人気はあったけどなんつーか、んー、ホント甘口って感じ」
「んなこと言われても知らねえっつうの」
「まあそりゃそうでしょうけどね。お前はお前らしく生きて良いんじゃないかなって話!」
「あと辛口って呼び始めたの確かお前からだからな、他人事みたいに言うな」
「そうでしたっけー? でも今の方がカリスマはあるよ、マジで」
「要らねぇ……」
中学の頃の思い出がフラッシュバックする。姫ポジに祀り上げられて、雷野王国なんて呼ばれてた時代。クリスが強くなかったら、僕は一瞬で信者という名の飢えた獣達の餌食になるんだろうな、と予感させるような綱渡りの時代。
スリリングだと楽しんでいたフシもある。ワザと餌を撒くような悪い遊びをしたこともある。そうやって僕に手を出そうとするクズを炙り出した。そういうクズになら何をしても良いと思っていた。実被害で言えば僕の方が上だったから、相手は何も逆らえなかった。中坊の僕は無抵抗のそいつらに『制裁を加える』ことで、可憐な身に不釣り合いな苛烈すぎる加虐欲求を満たしていたんだと思う。
僕にとって、カリスマという単語はその黒歴史と地続きだった。
でも、今は違う。僕はクリスになって、自衛のできる強い身体を得た。と同時に、愛のある加虐を許してくれる彼女を得た。それに、リノの容姿ではなくなったから、その求心力の中によこしまなものは混じっていないのだろうと思う。
理解はできる。
ただ、培ってきてしまったものは中々覆せない。
「……実際さ、今の僕には自分とインカーのことだけで精一杯なんだよ。生徒会長も望んでやってるわけじゃない。僕は……そんなカッコいいクリスじゃない……」
「……良いんだよ、別に。俺らは今のお前も良いなって思ってっから。頑張って甘口に似せようとしなくていい。そりゃあ口も態度も悪くなったけど、お前が頑張ってんの、俺らよく分かってるから。そんな顔すんじゃねえよ、知らねぇ人に見られたら怖がられるぞ!」
「あー……また僕そんな顔してた? 難しいなぁ……」
机に突っ伏して、腕の中に顔を埋める。そんな僕をちょっと笑ってから、上條は続けた。
「……なんつーか、ほっとけないんだよな。甘口ん時は何だかんだ上手くやる奴なんだろうなって安心して見てたんだけど、今のお前は普段の態度と時々、真逆の……んー……弱いんじゃないけど、脆そうっていうか……。今みたいに弱音吐けるうちは良いんだろうけど……やっぱ俺らが見守ってないとって感じがする」
「……上條、そんなキャラだったの?」
「んなわけねーだろ、普段はなるべく気楽に生きてたい派だよ俺は。これは辛口様限定の俺」
「僕のことが好きなの?」
僕が上條を真っすぐに見ると、上條は真っ赤になりながら口をぱくぱくさせてそっぽを向いた。
「……んな顔で聞く? そんなこと」
「ごめ……表情はまだ、どうしたらいいのか分かんなくて」
「……。言い訳すると、友情だと思うんだよ、俺のは……。ダチとして好きなのはそうだよ。お前とは、甘口の頃よりガチで、仲良くなりたいって思う。でも、普段の辛口様だと、なれなさそうな気もする。だから今みたいな状況、割とラッキーって感じで……なぁにこれぇ!? 俺も分からん! これも恋なの!?」
「やめろ、やめとけ! 僕はお前に手出すシュミはねえよ」
「お前と二人きりなのが駄目なんだわきっと。頭おかしくなる。ミツヒロ呼ぼう、あいつ水泳部だから学校には来てんだろうしお前がいるなら飛んでくるだろ」
上條はそう言って、砂川宛に『助けて! 辛口様に女にされてしまう』とLINEのボイスメッセージを録音しやがった。洒落にならん、と送信阻止しようとしたが、音声操作でそのまま送信されてしまう。
五分も経たないうちに、本当に砂川が教室に駆け込んできた。
「辛口様けがさないでよアツシ君!!」
「逆だよ!!」
「逆もなんもねえよ」
砂川にツッコむ上條に僕は更にツッコミを入れた。上條が砂川を手招きし、前の席に座らせる。
「いや危なかった、早く来てくれないと俺の何らかの何かが折れてしまうところだった」
「昼休憩中だったからたまたまね。この下まだ水着」
「マジで!? なんか悪いな」
「いやだって、とんでもないボイメ飛んでくるんだもん。心臓止まるかと思った。なんで二人きりなの?」
「アキラとハルがバックレやがった。辛口様は救世主なんだけど、神すぎて俺がおかしくなるとこだったの」
「ああ〜納得。辛口様カッコいいもんね」
「君らホントに僕の話してる……?」
クリスの中の僕というものが彼らにどう見えているのか分からないけれど、顔がカッコいいとかの次元を超えている気がする。
「カッコいいし、たまにめちゃくちゃ可愛いし。どうしてくれようかって感じ」
「僕が先に好きだったのに!」
「僕はお前らのことそういう目では見てないんだけど」
「あ、僕の好きはファンの好きなので大丈夫です、アツシ君がおかしいのは知りません」
「嘘だろ、お前なら分かってくれると思ったのに……。なんかさー、辛口様って応援したくならない?」
「僕は甘口の頃から応援してますけど?」
「あー、もう、そういうマウント求めてなくてさぁ……」
二人が誰か知らない人の噂をしてるな、と僕は気にしないことにした。何気なくスマホのカレンダーを見る。明日はサマソニの日か……カレンダーに残ってるってことは、クリス、行きたかったのかな。それともインカーかな。あんまりまだインカーの趣味聞いたことないかも。そういやインカーの誕生日も知らない。カレンダーの検索機能で誕生日と入力してみた。
おっ、一番上が上條淳史の誕生日だ。明日だというのは本当だったらしい。その次がインカーか。
えっ、八月二十九日!?
「もう二週間ないじゃん!!」
僕は思わず叫んでいた。
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