インカーが十七歳になった日(全5話)

第30話 2024/8/16 昼

 クリスのスマホを眺めるのに抵抗が無くなってきた。

 僕との何倍もクラスメイトとLINEしているな、と遡る。色んな奴から色んな相談を受けては、それをテキトーに返信している。そんなんでいいのか、人付き合い……いや、既読無視上等の僕が言えた話じゃないんだけど。

 インカーとのLINEも、思っていた何倍も淡白だった。僕とのLINEの方がテンション高いくらいだ。というかこれ、どう見ても僕が本命だろ。どんな神経してインカーと付き合ってたんだ、お前……。

 いや、もしかしたら僕の立ち位置は「推し」だったのかもしれない。衣食住全部支えるみたいに意気込んでた割に、僕から誘わないと、何も手出ししてこなかったし。叶うことのない片想いだとでも思い込んで、割り切ってしまったのだろう。割り切って、彼女を作った。正解だよ、お前はどこまでも道を踏み誤らない奴だな。僕さえいなければ……。

 ああ、もう、そういう思考回路はやめないといけないんだった。僕が今いなくなるのは駄目だ。クリスが帰ってこられない。インカーも可哀想だ。僕は二人に償わないといけないのだから。

 「甘口」がいつ帰ってきても良いように、「辛口」こと僕はクラスメイトとも交流を続けている。クリスみたいに即レス神対応みたいなことはできないしするつもりもないが、珍獣扱いされているのか、僕が返信投げるだけで勝手に盛り上がった。あと、なぜか皆、僕に丁寧語を使うようになった。期末の成績は過去イチ悪かったというのに、解せない。そんなに「辛口」が怖いのか?

 夏休み期間中の学園祭準備登校のシフトを決める時も、僕は謎の名誉枠として毎日召喚されることになっていた。仕事は無し。いや、まあそりゃ生徒会もあるから多分ほぼ毎日学校には行くんだろうし、仕事が無いならありがたいけど。


「僕のこと何だと思ってんの?」

「えっ、神様ですけど」

「……お前に聞いたのが馬鹿だったか」


 盆明けに生徒会の仕事を終えて昼に教室に差し入れしにいくと上條が独りで頑張っていたので、呆れた僕は連絡しろよ! と叱ったのだった。他のシフトの奴らはバックレたらしい。


「普通にクラスメイトだろ、僕も。頼れよ」

「んあー、だってさぁ……お邪魔しちゃ悪いですしぃ……」

「インカーは今日来てねえよ」

「そうなの!?」

「書類業務は僕一人で仕事した方が早いもん。インカー呼ぶのは人手か愛想が必要な時だけ」

「なんでッスか! 呼べば毎日イチャイチャし放題でしょ?」

「生徒会はラブホじゃねえんだよ」

「そんなストレートに……青少年の教育に悪うございませんか」

「お前の頭ン中は手おくれだよ」

「くぅ~! さすが辛口様……そこが好き……」


 僕はもう何も言わず、自分の席に座って焼きそばパンの包みを開けた。上條も羨ましくなったのか、隣に来てパンの山を物色する。


「そういや辛口様、俺の誕生日明日なんですよね」

「だから?」

「これ全部貰って帰っても宜しいですか?」

「……こんなんでいいの、お前」

「えっ、それって、実は何か特別なプレゼントがご用意されていたり……?」

「んなわけねーだろ」

「ですよねー」

「別に最初から皆にあげるつもりで買ったから、全部持って帰っていいよ……」


 会話をしていて、はたと気付く。


「そういや、僕今年誕生日プレゼント貰いそこねた」

「えっ!? あー、事故りましたもんね」

「うーん、まあ、うん……」


 クリスも僕も裕福な家だから、欲しいものって特に思いつかない。

 僕が欲しかったプレゼントは、クリスとインカーの絶望で。

 それは神様に許してもらえなかった。

 クリスさえいてくれればそれで良かった僕が、クリスだけがいない世界に落とされた。

 報いなのだろう。自業自得なのだろう。

 だからそれに巻き込んだインカーも含めて、僕は償わないといけない……。


「……でも、記憶喪失になっても誕生日のこととかは覚えてるんスね」

「……」


 そうだった。失敗した。今年は誕生日プレゼント貰えてないって言えるということは、毎年貰っていたのを覚えているということになる。


「……なんか、ちょっとだけ思い出したんだよ。僕と……毎年誕生日を一緒にお祝いしてた奴のこと……」

「あー。……辛口様、多分それ、思い出さない方がいいやつッス」

「へっ?」

「それ、前はカバンにつけてた写真キーホルダーの金髪のあの子でしょ。今つけてないってことはその元本命ちゃんと何かあったんですよ、記憶喪失になる前に……。だからもう、インカーちゃんのことだけ見てやがれこの野郎、です」

「……そっかぁ」


 外したのは、僕が僕のキーホルダーを付けて歩くのが馬鹿らしかったからだけど。僕が、リノがクリスの本命だと思われているというのは意外だった。どんな説明してたんだあいつ。

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