第24話 2024/5/24〜 6月下旬
結局、アイツはリノを庇って二人仲良く意識不明の重体になった。
私は救急車には乗れたけれど、身内じゃないから二人の親に連絡が行って、駆けつけたクリスのお父さんが家まで車で送ってくれた。
彼女だと伝えると、驚かれた。
アイツ、私のこと親に言ってなかったんだ。
なんかホント、温度差に呆れてしまう。
私は母さんにアイツの誕生日プレゼントを相談したくらい……本気だったのに。
馬鹿みたい。
悔しい。
車の中で、我慢できなくなって、泣いた。
クリスのお父さんは、そんな私の様子を心配して、LINEを交換してくれた。クリスが元気になったら、連絡すると約束してくれた。
私は、リノの方の安否も知りたい、とお願いした。
お父さんはちょっと驚いたようだったけれど、了承してくれた。
なんでそんなお願いをしたのか、冷静になってみるとよく分からない。
リノの方は自分で喉掻っ切って歩道橋から身投げしたんだから、完全に自業自得だし、心配してやる義理は無いのかもしれない。
でも、リノはクリスの一番大切な人なんだ。
さすがに私でも分かる。
リノが元気にならなけりゃ、クリスは絶対に元気にならない。
反対にもしリノがクリスより先に起きようもんなら、絶対にまた自殺しようとする。
それをされると、またクリスが苦しむことになる。
私がリノを止めなければ。
二人のことなんか、放っておけば良い。
理屈なら、それが一番簡単な解決策だ。
それでも私は馬鹿みたいに一途だった。
私のこと、好きだよって言ってくれた。
リノよりも私を守るって言ってくれた。
お願いだ、もう一度だけ、信じさせて。
しっかり覚悟を決めてリノを諦めるか、
二人でうまく折り合いをつけてほしい。
アイツらの意識が戻らないまま、生徒会選挙の演説日になった。
クリスは候補者だけど、演説には欠席だ。
私は壇上で、全校生徒を前に語った。
「……本来なら、もう一人、頼りになる人間がこのあと生徒会長の立候補者として皆さんの前で抱負を語るはずでした。
でも、彼は事故に巻き込まれ、現在意識不明の状態が続いています。
彼は、勇敢でした。嘘みたいに真っすぐで、人が傷付くのを放っておけなくて、歩道橋から落ちた人を庇って一緒に落ちたのです。
……私は見ているだけしかできませんでした。死ぬかも、と声を上げただけで、体なんか動きませんでした。後から慌てて駆け寄って、救急車を呼んだり応急処置をしたりはしましたが、彼のように即断即決で動くだけの心は無かったのです。
一部では、彼のことを優柔不断で責任感がないと批判する声があるようです。でも、全くそんなことはありません。私は彼が羨ましいとさえ感じます。ヒーローみたいな人間が、本当にいるんだなと思いました。
ただ、ヒーローだけでは足をすくわれる。しっかり状況を見て後方支援できる人間が必要です。私は自分の性格が、どちらかというとその方に向いていると認識しました。だから私、犬飼インカーは、副生徒会長に立候補します。
そして、生徒会長には、ここに来られなかったヒーロー、雷野クリスを推薦します」
恋人の贔屓目と見られても仕方ないと覚悟を決めての演説だった。けれど、私がそう言った途端、万雷の拍手が巻き起こった。
私が想像していた以上に、私達は受け入れられていた。いつの間にか、こんなに味方がいた。ライサの悪口が自己評価のほとんどだった私が、一年でこんなに変われるなんて思ってもみなかった。
思わず胸が熱くなる。クリス、やっぱお前はすごい奴だよ。ライサの言葉を真に受けなくて良かった。クリスはそんな奴じゃないと突っぱねて、本当のお前を知ることができて良かった。私が私自身を正しく評価できるようになったのも、お前のお陰だ。
だから、早く、戻ってきてくれ。
皆お前を待っているんだ。
選挙の結果、私は副生徒会長に、クリスは生徒会長に決定した。
数日後、クリスのお父さんから授業中にLINEが来た。放課後にスマホの電源を入れて内容を見た私は、息を呑んだ。
『クリスが意識を取り戻しました、取り急ぎ』
『少し意識の混濁があるみたいです』
『ちょっと、説明しづらい事態になりました』
『本人が会いたがっているので、良ければ来てもらえませんか』
数十分置きにそんなメッセージがあり、最後に病院の所在地と病室の番号が書かれていた。私は母さんに連絡して、病院に連れていってもらった。
車の中でLINEに返事を書く。
『今、母に送ってもらってそちらに向かっています。構いませんか?』
『はい、大丈夫です。わざわざありがとう』
『ところで、リノさんの方はどうですか?』
『体の意識はまだ戻っていないようです』
体の?
変な言い方だな、と思ったが、ひとまず先にクリスが起きてくれたことに私は安堵した。向こう見ずな行動をちゃんと叱って、それからリノのこと、相談しよう。
ふーっ、と大きな溜息が出た。緊張しっぱなしだけど、大丈夫。きっと、何とかなる。
母さんと一緒に病室の外でクリスのお父さんに挨拶して、私だけが中に通された。
白いカーテンの中に、ぐったりと横になる大きな体。
「やあ、インカー。来たんだね」
その一声に、私は。
「……お前、誰だ?」
決定的な、違和感。
「……よく分かったな……さすが……」
くつくつと、力なく笑う、そいつは
クリスの顔をしているけれど
「……どうなってこんなことになったのか、分かんないんだけどね……」
ゆっくりと、その視線が私を捉えて
「……どうやら、僕は……
リノ
みたいだ」
クリスが一度もしたことのないような昏い絶望の眼差しを、私は見た。
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