罰か、救済か(全4節)

僕らの運命が決まった日(全4話)

第23話 2023/8〜 回想

 私がどうしてクリスに惹かれたのかの話をしようと思う。

 私には年子の兄貴がいる。ライサという女の子っぽい名前だけど、絶滅危惧種のような不良少年だ。昔ライサの補導で家に来た警官のお姉さんに、将来お姉さんみたいなお巡りさんになりたいのだと言うと、こんなお兄さんが身内にいるとなれないわよと一蹴された。ので、その件では結構恨んでいたりする。

 金髪は地毛。真っ黒に焼けた肌は元々色黒だったのもあるけど、多分日サロにでも行ってるんだろう。ライサは身長がとても低いから、他の不良に舐められないようにしているんだ。私がライサの身長を追い越したのは私が小三の時。思えばその頃から、ライサの言葉の節々に、私をこき下ろす言葉が含まれるようになった。

 馬鹿だなと自分でも思うが、クリスと出会うまで、ライサの言葉に自分が傷ついているということには気付いていなかった。デカ女なのもそうだし、勉強ばっかりしてるのもそうだし、女らしさがないのも、男子からモテないのもその通りだ。その通りだから、自分が悪いんだと思っていた。

 それを何気なしに生徒会室でクリスに雑談として振ったら、大真面目に指摘されたのだ。


「……えっ? 普通にモラハラだろ、それー!」

「モラハラ? でもあいつ私のこと大事だってよく言ってるし、イジメとかでは無いと思うんだけど……」

「本人にその気が無くても、インカーちゃんがその言葉で凹んでたり、悲しい気持ちになったりしてるんなら、モラハラって言うんだよ!」

「……ふーん……そんなもんなのか……」

「しんどいんなら反論した方が良いし、それは気が引けるってんなら俺が全部否定してあげるよー。

 ちょっと平均より背が高いかもしんないけど、俺よりは低いし。勉強ばっかりしてるってのも嘘だ、こうやって生徒会活動もちゃんとしてるし運動部の助っ人もやってるだろー。女らしさがないとかどこ見て言ってんだって話だし、男子からモテないのはインカーちゃんが人気過ぎてアタック掛けづらいってだけ! 証明終わり!」


 まだ生徒会で一緒に活動を始めて二ヶ月しか経っていないのに、この人懐こい男はドヤ顔でグッと親指を立ててきた。何の根拠があってそんなこと自信満々に言い切れるんだろうか。恥ずかしくて顔に血が上る。


「……きゅ、急にどうしたよ……」

「急? 別に普段のインカーちゃん見てて把握してること伝えただけだから、俺の中では急でも何でもないんだけどなー。

 あ、俺に言われたのが嫌だった? やっぱ兄貴本人の口から否定させた方が良いか……」

「いやいや、それは良いよ、スッスはあいつと関わらない方が良い。不良共に目ェ付けられると面倒くせぇんだから」


 慌てて止めたけど、問題はそこじゃない。普段の私を見ててって言ったか、コイツ?


「つか……私お前とそんなに仲良かったっけ?」

「そんなにって?」

「なんつうか、そんな褒めて励ましてもらうような……」

「えっ? 別に、普通に友達だろー。励ましはするけどアゲてるつもりはあんま無かったなー、客観的事実ってヤツだよー」

「普通に、友達かぁ……」


 確かに、コイツはそういう奴かもしれない。人気を取りすぎず、誰からも嫌われない才能があると思う。よく見たら真っ当にカッコいいのに、人当たりがチャラくて三枚目ポジションに落ち着いている。それでいて勉強も運動もできるから、同級生や先生から頼りにもされている。

 誰にでも友達と言い切れる奴。

 そう。誰にでも友達って言ってるんだろうけど、嬉しかった。


 家で生徒会の話題を口にしたからだろうか。

 間もなく、ライサはクリスの悪口を私に吹き込むようになった。

 チャラい八方美人、流されやすい、優柔不断で責任感がない、本命がいるくせに女子のことを狙ってる……。

 どこから情報を仕入れてくるんだろうな、と私は呆れた。先輩ネットワークというやつか。

 ライサは同じ高校だが偏差値の低い園芸科に在籍している。真面目に手に職を考えている子達と、入りやすいから何となく通ってる不良達が混在するクラスだ。面白いことに、入学したては不良ど真ん中だった連中も、卒業する頃にはそれなりにマトモな、草木を大切に育てる職人気質になるらしい。それと、なぜか歴代の生徒会と仲が良い。うちの高校の学園祭が地域の人達に親しまれているのは、園芸科の生徒達の協力あってこそだという。

 そんな園芸科の二年生であるライサに、生徒会の一年であるクリスの悪評を垂れ流されてはたまらない。私の代で伝統を崩すわけにはいかないのだ。


「雷野はそんな奴じゃないって……」

「はァ? インカーはあいつの何なの? 俺の言うこと信じられないのかよ」

「いや、本命がいるのは本当だし知ってるけど……」

「だろ。しかもそいつ男らしいぜ!」

「え、あの写真キーホルダーの可愛い子、男の子なのか!」

「キモいよな、それなのに女子狙ってるってのが」

「だからそこは誤解だと思うんだけどなァ……」

「インカーは男女だから逆に気をつけろよ、逆にな!」


 なはは、と意地の悪い笑みを向けられて、私は今度ははっきりと自分が嫌な気持ちになったのを自覚した。ああ、そうか、こういう心ない言葉達が少しずつ私を削っていってるんだ。クリスに諭されるまでは、こんな簡単なことに気付かなかった。でも多分、ここで悲しい顔をするとクリスが標的になる。


「別に、どうせ何もねーよ。私なんか」


 そう言って軽く顔をしかめる。

 今まではこれで凌いできたし、多分これからもこれで大丈夫。

 ただ、すごく胸が痛かった。



 クリスは自分で本命が居るとは一度も言ってない。でも、話題の端々で、同い年の親戚が半同居していること、中高一貫の進学校をその子と一緒に中卒で辞めたこと、その子はクリスより賢くて県内一の私立高校に進学したことなんかを自慢げに語るもんだから、よほど鈍い奴じゃなけりゃ、クリスにとってその子が特別なんだなってことは分かった。

 だが、そうか。男の子なのか。

 だから普通に彼女募集中で〜すなんて言ってるのか。

 その言葉がどれくらい本気なのか、私には分からなかった。

 金髪の彼が特別なのは間違いないけれど、本気で恋愛対象として見ているのかどうか。

 見ていないといいな、と思った。

 あいつが言葉の通り、彼女を探しているといいな、と。

 ……今思えば、願望で目が眩んでいたんだ、みっともない。

 ああ、そうだ。

 その頃には、私はクリスに片思いをしていたんだ。

 兄貴とは違う、人を傷付けず、気配りのできる、それでいて太陽みたいに明るいアイツに。

 皆は金髪の彼を本命の彼女だと思って遠慮しているし、それならこんな私でも、もしかしたら、なんて。



 バレンタインデー。生まれて初めて、本命チョコを買った。

 さすがに気恥ずかしくて、誤魔化すように生徒会長と副長の分も同じのにした。

 我ながら、浮かれた馬鹿だったと思う。

 夢なんか見てないで、もっとちゃんと、アイツのことを見ておくべきだったんだ。

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