第19話 2024/5/24 12:47

「リノそれ俺が食おうか?」

「ん、いや大丈夫……」

「野菜嫌いなのか?」

「どうしても無理というわけじゃないし、初対面の人の前で……弱みを見せるわけにはいかない」

「リノって野生動物みたいだなァ」


 インカーがあはは、と笑う。遠慮とかないんだな、この子。まあ面倒くさい女じゃなさそうなのは、正直助かる。ちょっといじめただけで精神を病まれても困るし。

 僕はしかつめらしい顔を作ってみせた。


「間違えた。初対面の人の前でお行儀の悪いことはしたくない」

「まあまあリノちゃん、大人になって……」

「ところでクリス、足りてなくない? これ美味しいよ、あげるよ」

「結局俺に食わせるんじゃねーか!」

「僕もう満足したしー、このあとデザートも来るからさー」

「リノ、いっぱい食べないとスッスみたいに大きくならないかもだぞ」

「僕の父親百八十五あるしきっと大丈夫」

「あ、そういや俺百八十超えたよー!」

「ぐ……僕もそのうち超えるから……百八十三はほしいから……」

「何その微妙な数字ー?」

「ニューヨークで知り合った、ムカつく野郎の身長」

「なんでムカつく野郎の身長なんか把握してるんだ……」

「え、だって公式のプロフに書いてあるから……」


 呆れるクリスにArre'Nのサイトを見せようとして思いとどまる。あの僕ヽヽヽを、こいつらに見られるわけにはいかなかった。


「いややっぱ見るのもやめとこ。忘れよ」

「スポーツ選手か何かー?」

「まあそんなとこ。お茶取ってくる、インカーは何か欲しい飲み物ある?」

「えっいや自分で行くよ、大丈夫」

「んじゃ一緒にいこ。クリスは荷物見てて」

「分かったー、あ、俺コーラよろしくー!」


 僕の残飯を一瞬で処理しながら、クリスが頷く。僕らは二人で席を立った。



「デザートに合わせるから温かい紅茶にしようかなぁ」

「良いね……おっ、ローズティーがある! 珍しいな、これにしよう」

「ローズティーってローズヒップみたいなやつ? あれ酸っぱくて苦手かも」

「全然違うぞ、薔薇の香りがするただの紅茶だ。イランではよく飲まれてるんだ」

「へぇ、良いね。僕もそれにしよう」


 ティーバッグを開けると、早速ローズの匂いがふわりと漂った。

 インカーに給湯器を先に譲り、コーラを用意しながら隣を見る。身長はやっぱり、同じ位だ。


「……やっぱ身長低い男は駄目かなぁ」

「えっ? 私が高いだけでリノそんな低くないだろ、百七十くらい?」

「あー、んー、多分今そんくらい」

「じゃあ平均日本人女子よりはだいたい高いだろ」

「インカーはどう思う?」

「私? 別に……クリスくらい大きいと大きいなって思うけど、リノは今のでもリノらしくて良いんじゃないか。あ、終わってた、どうぞ」

「ありがと。……僕らしい、か。ふうん……」


 初対面なのに、不思議なこと言うよな。僕のことをまるでよく知っているかのような。見透かされるのは好きじゃない。でもこの場合、僕のことを何も知らないからこそ、何も探られていないからこそ、すんなりと受け止められるのかもしれない。少なくとも、悪い気はしなかった。可愛くて、とかアイドルみたいで、とか言われていたら、嫌悪したかも。ほら、今も隣のジュースバーに立ったオバサンが僕のことチラチラ見てる。

 僕は口許が緩んでいたのに気付いて、普段のへの字に戻してオバサンを少しだけ目で刺した。キリがないから普段はそういうサービスすらしてないが、インカーが傍にいると彼女の分まで僕が守らないといけない気がした。


「……僕の見た目の印象聞きたいな、君に」

「あ、気に障ったか? ごめん」

「ううん、僕らしいってどういう意味かなと思って」

「えっと……うーん、人形みたいに綺麗、かな」

「僕、生きてるよ」

「分かってるよ。でも無駄が全然無くて……エネルギーもあんまり無さそう。儚げってやつ? どうやって動いてるのか、不思議」


 なるほど。そりゃ、魅力的には感じないかもな。


「よし、食べ終わったら運動しにいこ。僕だって男だってとこ見せてやる」

「良いのか? 私も運動は得意だぞ、凹むなよ」

「おー、挑発するじゃん……」


 笑いながら席に戻ると、クリスが眩しそうな目をして僕らを見ていた。


「何してんのクリス」

「天使が二人も居て俺は幸せ過ぎて死ぬかもしれない」


 一瞬胸が詰まった。死ぬ、って言葉に、一気に現実に引き戻された気がした。そうだ僕、なんで漫画を貸す話とか、身長が伸びる話とか、未来の話なんかしてるんだろ。お前が死んでどうするんだ、と言葉にしかけて、危うく踏みとどまった。

 気取られてはいけない。

 最後の瞬間まで。


「……バカ、お前が死んだらインカーが泣くだろ」

「リノは?」

「あざ笑いながら内心ぶちギレる」

「怖ぁ……」

「絶対に許さねえからな」

「分かった分かった、冗談だって。デザートまだかなー!」


 すると突然店内BGMが切り替わった。ご機嫌にアレンジされたバースデーソングだ。


「……マジかよ」


 え、このクソ忙しい平日のランチタイムに?

 今日死のうと思ってる最低な野郎のために?


「……いつの間に」

「最初に俺がドリンクバー行った時に、お願いした」

「お前ホント……」


 幸せなバカ。

 大好きだ。

 ごめん。

 逃さない。

 お前だけは。


 絶対に、お前の目と鼻の先で、死んでやるからな。


「ハッピーバースデー!!」


 店員さんが満点の笑顔で僕のプレースマットの上にガトーショコラの皿を置いてくれる。ケーキの真ん中にはローソクの代わりに花火がパチパチと弾けて、プレートの縁にHAPPY 17th BIRTHDAY RENO!! のチョコペン文字。わー、個人情報ダダ漏れじゃん。僕は思わずニヤニヤと笑ってしまい、そこをクリスが逃さず写真に撮りやがった。

 店内が温かい拍手に包まれる。可愛いわねー、とか良いもの見たわー、なんてマダム達の無遠慮な感想も聞こえてきて、もう恥ずかしいどころの騒ぎではない。照れても嫌がっても周りに笑われそうだから、僕はせめてこの主犯に恥ずかしさを押し付けることにした。


「クリス、ちょっとこっち来い」

「えっ何……」

「いいから、ここに目線が合うくらいまで屈んで」

「はい……」


 クリスが僕の席の隣に膝を落とす。僕はその首に思いっきり抱き着いた。


「リノ!?」

「大好き、クリス。ありがとう……」


 ふふ、慌ててやがる。インカーも見てるもんな。あらあら、青春ねぇ、やっぱり女の子じゃない? 声は男の子だったわよ、という囁きが周りで交わされる。クリスが女の子って可能性は考えないのかこいつらは。いや、うん、僕もそれは考えないと思うけど。

 クリスとインカーのデザートも届いたので、クリスは僕の分まで真っ赤になって席に戻った。分かりやすい奴だ。インカーは頬杖をついて満面の笑みを浮かべ僕らを見比べている。嫉妬、とかは無いのか。本当にクリスは良き友人に格下げされてしまっているのかもしれない。もしくは、僕の出方次第では身を引こうと思っているのか。

 それは困るな。僕の今の計画では、インカーも傷つける内に入ってるんだ。お前らは一生、僕のことを引きずって貰わないと困る。


「えー、ハイ、というわけです……」

「何がだよ」

「てかなんで俺のが恥ずかしくなってんの!?」

「自分で蒔いた種だろ」

「俺の計画じゃ今頃リノは涙を流して喜んで照れ隠しに俺の悪口を捲し立てている予定だったのに」

「微妙に解像度の高い妄想をするな、気持ち悪い」

「良かったな、リノもスッスも」

「ん……まあね。……あー、ローズティーおいし」


 インカーに言われて、僕の方の恥ずかしさも戻ってくる。公衆の面前でクリスに抱き着いてしまった。大好き、なんて言ってしまった。仕返しのためとはいえ、普通に照れるより恥ずかしいことをしたのでは?

 いや、正気に返ってはいけない。とにかく溜飲が下がったのは間違いないのだから、これでいい。


「……ホントは去年みたいに家でケーキ作っときたかったんだけどさー、さすがにテスト期間中にそんな余裕無くてさー」

「お前、今の状況で僕を家に呼ぶ選択肢があったの」

「えっ……あっ、そっか……なんか毎年のこと過ぎてそこまで考えてなかった」

「そんなだから僕につけこまれるんだぞ」

「気を付けます……ん? いや、まあ気を付けはするけど」

「なんか問題あんのか?」

「嘘だろ、ここにも天然がいたよ……お前ら似た者夫婦だな」

「だからただの友達だって。リノもスッスもお互いに好きなら問題ないんじゃないのか?」

「僕のことをクリスがどう説明してるかは知らないけど、僕はクリスのこと恋人としては見られないんだよ」

「どうして?」


 インカーに真っすぐな目で見つめられる。今気付いたけど、こいつの瞳は屋内だと金色に見えるんだな。狼か鷹か。強者の目だ。下手な嘘はつけない、と僕の直感が言っている。女の子と付き合いたいとか、クリスを言い包めたのと同じ手は通用しないだろう。


「うーん、立ち入るなぁ……。今はやめない? 他のお客さんに丸聞こえだから。場所変えよう」

「次どこ行こうかー?」

「運動しにいきたいってリノは言ってたよな」

「じゃあいつものラウワンかなー?」

「三人ならボウリングも回せそうだよね」

「げっ、ボウリングか……」

「インカーは苦手? んじゃ僕と交互に投げよ。全部スペアにしてみせっから」

「そんな上手いの!?」

「アメリカで友達と遊びに行った時にほぼスプリット処理係させられてた位には得意」

「……天才って何でもできんの?」

「俺に聞かないでよー。ちなみに確実にリノじゃできないことはあるぞ。登山だ」

「あー、リノは細っこくて脂肪が無いから……」

「真っ先に死ぬ。やるとか言い出したら全力で引き止める」

「くっ、僕はここまでだ……置いて行ってくれ、頼む……ガクッ」

「だーからそもそも登らせねえから!」

「ラウワンに登山練習できるやつない?」

「ラウワンに多くを求め過ぎだろ。肺活量上げるならカラオケでもいいよー」

「巧妙にスッスの得意分野に持っていこうとしたな」

「ボウリングだとリノ無双になりそうだから……スポッチャなら勝てるのも多いんだけどな」

「スポッチャでも良いよ、でもお前らの学校の生徒でごった返してんじゃねえの? 個室かブース借りられるヤツの方が良いと思うけど」

「あ……確かに。とりあえず空き状況確認するか……」


 ネットで空き状況を調べ始めたクリスの顔がみるみる曇る。


「……全然空いてない。ボウリングもカラオケもスポッチャも二桁組待ち。唯一たった三組待ちなのが……ダーツ」

「ダーツ」

「私はやったことないな……」

「僕もないな。クリスもないよね?」

「ない。つまり、逆にフェアなのでは?」

「相変わらず能天気なのな、お前」

「ポジティブって言って! んで、もうフリータイムの順番待ち予約していいー?」

「うん、しちゃおう。インカーも良いよね?」

「いいよ、ありがとな」

「ところでラウワンってここからどうやって行くの?」

「え? 徒歩だよー」

「徒歩?」

「で良いんじゃないか?」

「待って待って、最寄り駅まで電車で動かない?」

「一駅の差しかないよー?」

「地図アプリだと徒歩三十六分って書いてるよ!?」

「そんなもんじゃないか?」

「インカーまで……もしかしてお前ら普段あの高校から徒歩でラウワンまで行ってんの?」

「あっちから出てる無料シャトルバスが一時間に一本だから、乗り遅れたら走った方が早いよな」

「俺は春に二輪免許取ったから、二ケツできるようになったら楽になるとは思うよー」

「……さすがに付き合えない。タクシーか、せめて電車乗らせて」

「金が……」

「タク代くらい! 出すから!!!」


 今度は僕が情けない悲鳴を上げる番だった。

 誕生日なんだから僕に合わせろ、分かったな、この脳筋ども!

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