十七歳の誕生日(全2節)

クリスが十七歳になった日(全3話)

第15話 2024/5/15 夕刻

 ゴールデンウィークが明けた。

 休み中はしっかり勉強していたよな? と言わんばかりの中間考査ラッシュに生徒達は阿鼻叫喚だ。そんな中でも、生徒会は無休である。


「まずは総会お疲れ様。さて雷野ライノ君、犬飼君。分かっているだろうが、来月は生徒会の代替わり選だ」


 生徒会長に言われて、俺とインカーは顔を引き締めた。ちなみに俺の名字の読み方は本来カミナリノ、なのだが、呼びづらいのでライノで通っている。サイみたいで厳つくてカッコいいと思う。同じ名字でも可愛いリノにはちょっと似合わないけれど。


「順当に行けば雷野君が生徒会長になるだろうが……君達が不純異性交遊しているという噂もある」

「不純なことはしてないです!」

「そこちゃうわ!」


 副生徒会長が即座にツッコミを入れてきた。生徒会長はいかにもという感じのメガネ男子、副生徒会長はベージュ色のふわふわパーマで学ランもほとんど着用してないエセ関西弁の怪しいお兄さんだ。話すと気さくなのにどうしてそんな人を選ぶ格好を、と尋ねたことがある。彼曰く、生徒会長とのバランスを取っているのだそうだ。そんなキャラ立ちさせないといけないほど生徒会長が強烈なのか? 一年一緒に活動した俺でさえ、よく分からない。


「学園のマドンナと交際しているというだけでマイナスポイントなのだと理解しなさい」

「マ、マドンナて……」


 生徒会長にえらく古風な表現で褒められて、インカーが顔を引きつらせる。インカーは見た目こそセクシーお姉さんと可愛い健康的美少女を兼ね備えた最強の女だが、中身は俺より男子高校生だ。デートはだいたいROUND1。不純異性交遊なんて影すら見えない。

 家に呼べば……とも思うこともある。ただ、俺の家にはまだリノの気配が色濃く残っていて、インカーとリノへの罪悪感から、ちょっと踏ん切りがついていない。


「不純、かぁ……」


 その日の帰り道はいつもよりインカーの口数が少なかった。生徒会長に言われたことを気にしてるらしい。


「まー、仕方ないよなー! 別に生徒会長になりたいわけじゃないしなー」

「やましいことなんか、何も出来てないのにな」

「それはまぁ……ん? もしかしてインカー、俺が手出さないの気にしてる?」

「はっ!? 別に、そんなんじゃねえし……そもそも私みたいな奴、女じゃねえし」

「へっ? インカーは女じゃないの……? いや俺は男でも女でも大丈夫な奴だから気にしないけど」

「えっ、いや、一応性別は女だよ、これでも……」

「なんだよー、ビックリしたなーもー!」


 俺が肩を抱くと、インカーは赤いポニーテールを揺らしながら、ふふっと笑って呟いた。


「女だとは、思われてたのか……」


 ……いや、今のは聞き捨てならないな。


「……インカー。今週末、実は俺の誕生日なんだよね」

「えっ、そうなのか? 土曜? 日曜?」

「土曜。五月十八日。……だからさ、俺んちで勉強会兼ねてお祝いしてくれない?」

「スッスの、家で……えっと、スッスって確か」

「うん、独り暮らしだよ。あ、嫌なら良いけど! 別にファミレスとかでもできるしー」

「……あー。家に行くかどうかは、金曜日まで忘れてて良い?」

「えっ、どゆこと?」

「ちょっと、試験勉強の気が散りそうだから……お祝いはする、するんだけど……金曜日もっかい改めて聞いて」

「何それ……かーわいー」

「可愛いとか言うなっ!」


 それってつまり、バリバリ意識してくれているということだ。

 俺はインカーと最寄り駅で別れるまで、いや家の扉を開けるまでニコニコしっぱなしだった。

 そして家の匂いを嗅いで、すっと真顔になった。



 ゴールデンウィーク中に、リノは日本に帰ってきたらしい。少し背は伸びたが相変わらず不健康な細さで、心なしか表情の翳りが濃くなった気がした。連休最終日、土産を持ってきたからと言うので家に上げると、リノは何かを確認するように部屋を見渡して、それから突然俺に抱き着いてきた。


「リノ……どうしたー? 淋しかったの?」

「……クリス。何も聞かずに、僕を抱いてくれ」

「……お前……」

「無理?」

「……分かった」


 我ながら、ズルい男だと思う。

 彼女のことを大切にしたいと思いながら、最愛のおねだりに喜んで尻尾を振る、馬鹿な男だと思う。

 でも俺はとっくの昔から、リノに全面降伏していたのだった。

 こいつが欲しいというものは何でも用意したし、こいつが嫌だということは絶対に何もしなかった。

 ……インカーを諦めろ、と、言われたら。


「クリス。インカーちゃんと、まだ付き合ってんの?」


 インカーより僕を選べ、と、言われたら。


「……うん。付き合い始めたとこ。まだ何もやってない」

「聞いてねぇし。……そんなら、いーや。僕一度会ってみたい」


 インカーを差し出せ、と、言われたら……。


「……向こうも、そう言ってた」

「へぇ……?」


 リノの目がすうっと細くなる。ものすごく苛ついている時か、呆れている時か、悪巧みをしている時か。どれもありそうで判断がつかない。


「よく分かんないけど好都合じゃん。それじゃ、今度デートにお邪魔しようかな」

「ゴールデンウィーク明けたらしばらく中間試験だから、無理だぞ」

「はあ? そんなんテキトーに……あー、お前らには無理か……。終わんのいつ?」

「二十四日」

「僕の誕生日じゃん!」


 ぱっと嬉しそうな顔になるリノ。ああ、お前が帰ってきて初めて、屈託のない笑顔が見られた気がする。

 何も聞くなと言われたけど、心配だ。気になる。なあ、何があった? イジメか、嫌がらせか? それとももっと、俺にも言えないような、暗い……悪いことか?


「リノ。お前を守るのは、俺の役目だからな」

「余計なお世話だよ。お前は、インカーちゃんだけ見てろ」


 そんなつれない返事を即答するクセに、細い腕が俺の背中をぎゅっと抱いて、大好きだと、ありがとうと伝えてくる。

 口では絶対に認めようとしない、リノなりの愛情。

 リノがそれで良いんなら、俺には何も言う資格は無かった。



 リノが土産にくれたのはアメリカの航空宇宙博物館で買ったと言っていたアポロ十一号の模型だ。月面着陸時の四足仕様。俺は嬉々として枕元にそれを飾った。

 やっぱ宇宙はロマンだよな。具体的な進路はまだ決めていないが、ロボット探索機……人工衛星……H3。なんかその辺に携わりたい夢は漠然としてある。そうなると自然、大学進学先は難関になるわけだから、ただの夢でしかないけれど。

 俺が今まだ首席を張れているのは、大学進学を視野に入れた中高一貫教育を受けていた中学の頃の貯金がデカい。普通の中学校より進度が早く、高一までの授業は中三で受けていた。でも、そこまでだ。ここから先は俺が、リノ抜きで、頑張らないといけない。

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