第13話 順調すぎる日々
アリアとスミス家で話し合った数日後に、彼女の実家であるジョーンズ家を訪ねた。
アリアの他には双子の兄のリアムもいた。今回の訪問の主役は彼だ。
「リアム様、お久しぶりですね」
「お久しぶりです」
ヴァイオレットとルーシーは揃って頭を下げた。
「ヴィオラさん、ルーシーさん。ご無沙汰しております」
リアムは中性的な顔をくしゃっと崩して一礼した。
人懐っこい可愛らしい笑みだ。もう少し男らしい顔立ちであったなら、彼とアリアの入れ替わり作戦は実行されなかっただろう。
「アリアからお話は伺っています。僕とヴィオラさんがカモフラージュではなく本当に婚約する……というお話でしたね?」
「はい。一応長子だし子作りはしておかないといけないのですが、リアム様ならお互い好都合かなと思いまして。もちろんリアム様のほうのお手伝いもさせていただきます」
お手伝いとはもちろん、彼が恋人と会う時間を作るということだ。
それはありがたい限りです、とリアムは破顔した。
「ジョーンズ家は長男のマイロが家を継ぐと決まっていますし、クラーク家に婿入りできて恋人のことも認めてくれるなら願ったり叶ったりです。恋人も許してくれましたし、ぜひ婚約させていただきたいと思います」
「もちろんです。よろしくお願いします」
ヴァイオレットとリアムはガッチリと握手を交わした。
アリアが苦笑した。
「こんなに外交然としているのにお互い晴れやかな婚約は空前絶後じゃない?」
「確かに。ですが、逆にこれぞ政略結婚って感じもしません?」
ルーシーの言葉に、他の三人は揃って「確かに」と笑った。
「でも、婚約までクラーク夫妻が認めてくれるかな? 特に夫人は僕たちのことを嫌っているだろうし」
アリアが心配そうに言った。
「大丈夫だと思います。お母様は口では下に見ているけど、ジョーンズ家の勢いには気づいているからお姉様たちが会うのにも強くは反対してない。本当に嫌ならどんな手を使っても阻止してくるはずですし、間違っても会う頻度を増やすことなど認めなかったはずですから」
「間違いないね」
ルーシーの意見に、ヴァイオレットは大きくうなずいた。
「私たちとジョーンズ家って同じ路線だし、私とリアム様の関係を使って手綱を握るつもりかも。身分主義のお義母様にとって、男爵家に抜かれるなんてプライドが許せないでしょうから」
「なるほど」
「確かに」
ジョーンズ家の兄妹は納得したようにうなずいた。
——ヴァイオレットの読みは当たっていた。
そのころにジョーンズ家の始めた新規事業が当たって経営がさらに上向きになると、オリヴィアは暗に婚約を急かすようなことを言い始めたのだ。
「お前の無能さは世間に知れ渡っています。今更もらってくれる貴族などほとんどいません。なんの取り柄もない足手まといにすり寄られるくらいなら、まだジョーンズ家を取り込んだほうがマシです。彼らの成功はたまたまですが、それを私が引き継げば必然にできますから」
ヴァイオレットたちとしても早く身を固めたいところではあったため、誘導に乗っかる形で婚約のための準備を進めていった。
それから程なくしてクラーク家の領地が魔物に襲われたが、無事に撃退することができた。
死者はおらず、負傷者も軽傷でルーシーの治癒魔法【ヒール】で治せるものばかりだった。それほど
その翌日、アリアが訪ねてきた。
「魔物に襲われたそうだけど、大丈夫だったかい?」
「うん。怪我人は出たけど、みんなルーシーの治癒魔法ですぐに回復できるものばかりだったよ」
「それはよかった。やはり治癒魔法が使える人がいるといいね」
「そうね。けどリアたちの領地はそもそも魔物に襲われる心配がないじゃん」
「まあね」
ジョーンズ家の領地は、その立地上まず間違いなく魔物はやってこない。
そんな事態があるとすれば、周囲の領地がいくつも崩壊したときだけだ。
「でも、そうなるとリアム様には申し訳ないなぁ。そう頻度は高くないとはいえ、魔物が発生する領地に来てもらうことになるし」
「そんなの気にしなくていいよ。リアムお兄様は魔法の研究をしているだけあってそこそこ戦えるからね。それに、妹の恋路のためなんだからそれくらいのリスクは呑んでくれるはずさ。お兄様自身のためでもあるんだしね」
「そうだね」
ヴァイオレットは微笑んでうなずき、机の上のお菓子に手を伸ばした。皿が空になった。
「あっ、最後の一個だ。リア、はい」
「いいよ。僕は結構食べたから。ヴィオラが取ったんだしヴィオラが食べなよ」
「えー、でもリアこれ好きだし、食べてほしい」
「わかった。じゃあちょうだい」
「はい、あーん」
ヴァイオレットはにっこりと笑ってお菓子——一口サイズのチョコを差し出した。
アリアの頬にわずかに赤みが差した。
「っ……そうやって食べないとダメ?」
「もちろん!」
照れくさそうにしているアリアを見て、ヴァイオレットはますます笑みを深めた。
ボーイッシュなアリアは基本的に積極的な性格だが、そのせいか意外と攻められることには慣れておらず、仕掛ける側のときは平然としているちょっとしたスキンシップでも、仕掛けられると照れることが多いのだ。
そんな彼女の恥ずかしがる様を見るのが、ヴァイオレットは大好きだった。
自分自身も恥ずかしくはあるが、それ以上に胸がキュンキュンして下腹部が切なくうずくのだ。
「リア、ほらほら」
口元にさらにチョコを近づけると、アリアは観念したようにヴァイオレットの手から食べた。
「うん、よくでき——んんっ⁉︎」
気がついたときには、ヴァイオレットの口はアリアに塞がれていた。
最初に感じたのはチョコの甘い匂いだった。
「んっ、んんっ……!」
スルッと口内に侵入してきたアリアの舌がヴァイオレットのそれを絡め取り、口の内側を舐めまわした。
ピチャピチャという感応的な音が響き渡り、甘さが口の中にも広がった。
(リアっ、こんなに激しく……!)
支配されている感覚にヴァイオレットは
——彼女の瞳がとろんとしてきたころ、アリアはようやく唇を離した。
息を整えるヴァイオレットを腕に抱き、アリアは
「やっぱり、最後の一個はどちらか一方じゃなくて二人で味わいたかったからね。美味しかった?」
「あ、甘すぎだよ……!」
「ふふ、それは良かった」
——瞳をギラギラさせながら嬉しそうに笑うアリアに、再びヴァイオレットの下半身はキュンキュンと締め付けられるような感覚を覚えた。
アリアが耳元に口を寄せてきて、
「——じゃあ、もっと甘くて美味しいお菓子もいただいちゃおうかな」
「あっ……!」
低音で
「可愛い声出すね。もっと聞かせて?」
「あっ、ああ……!」
耳を舌で犯され、ヴァイオレットはあられもなく喘いだ。
先程よりも鮮明に響く水音に、脳内が溶かされていくようだった。
「待ってリアっ……!」
「どうして?」
「は、恥ずかしい……から」
「ふーん?」
アリアが口角を吊り上げた。ヴァイオレットの抵抗が口だけであることなどわかっているのだろう。
その予感は正しかった。
「——体は素直に喜んでるみたいだけどね」
「あっ……!」
秘部をなぞられ、ヴァイオレットは甲高い悲鳴をあげた。
そこからは、もはや口で抵抗することすらできなかった。
それからも順調に交際を続けた。
ルーシーやリアム以外に露見することもなく、両親、特にオリヴィアが何かを仕掛けてくるそぶりも見えなかった。
ヴァイオレットはアリアが存分に甘やかしてくれるために魔法への執着を捨てることができていたし、ルーシーは婚約者と、リアムも恋人と仲良くやっているようだった。
もちろん、彼らとヴァイオレットの仲も良好だ。ルーシーに関しては両親や使用人の前ではギスギスした感じを演じているが、リアムやアリアを交えることで少しだけ一緒にいる時間を増やした。
全てが順調だと思っていた。
——だが、悲劇は起こった。
ここ十年間で魔物の被害が皆無だったジョーンズ家の領地が、突如として魔物の大群に襲われたのだ。
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