第12話 オリヴィアの思惑

 翌日、ヴァイオレットは両親からアリアとの——表向きにはリアムとの——恋人関係を続ける許可をもらった。

 サイラスもオリヴィアもどちらも嫌悪感を隠そうともしていなかったが、好意的かどうかは関係ない。許可されたその事実だけが重要だ。


 同時に、会う頻度を増やすことにも成功した。

 ルーシーの「私が婚約者と会う回数を増やしていきたいけど、お姉様よりも頻度が高くなると生意気だって批判が出る可能性もあるから、まずはお姉様とリアムさんの会う頻度を増やしてほしい」という主張が聞き入れられたのだ。


 増加分に関してはヴァイオレットの部屋で会うことが条件だった。

 おそらく監視下に置いておきたいのだろうが、自室であれば人目を気にせず存分にイチャイチャできるため問題はなかった。




 話し合いが終わると、ヴァイオレットはそのままアリアを自室に連れ込んだ。

 扉を閉めるなり、飛びついた。


「やったね、リア!」

「そうだね。これからは週に二回も三回も会えると思うと、なんだか信じられないな」


 普段はクールな表情を浮かべることも多いアリアが、今はどこかワクワクとした子供っぽい表情を浮かべている。

 その事実が嬉しくて、ヴァイオレットはますます彼女を抱きしめた。


「本当に夢みたい……夢じゃないよね?」

「確かめてみようか」


 アリアがニヤリと笑った。

 あっ、なんかイタズラ思いついた顔してる——!

 ヴァイオレットの脳が警報を鳴らしたときには、すでに彼女の脇腹にアリアが指を這わせていた。


「ちょ、まっ、リアっ……あははははは!」


 元来くすぐりに弱いヴァイオレットは、笑い声を上げながら崩れ落ちた。


「ヴィオラ。大丈夫かい?」


 アリアが笑いながら手を伸ばしてくる。

 悔しくて手を振り払ってやろうと思ったが、ヴァイオレットは仕返しを思いついた。


「もう、普通は頬をつねったりするものでしょ」

「あはは、そうだね」


 和やかな雰囲気で起き上がらせてもらった瞬間、

 ——ちゅっ。

 立ち上がった反動を使って、ヴァイオレットは背伸びをし口付けをした。


「っ……!」


 アリアが瞳を丸くさせて固まった。


「どう? 夢じゃないかな?」


 ヴァイオレットが揶揄うように言えば、アリアはパッと顔を背けた。その理由は、短髪のためにあらわになっている耳の色を見ればわかった。


「リア? どうしたの?」


 いつもは自分が揶揄われている側なので、ヴァイオレットはここぞとばかりに攻め立てた。

 ニヤニヤと笑いながらアリアに近づいていく。

 顔を覗き込もうとしたところで、脇と膝裏に手が差し込まれた。


「おわっ⁉︎」


 横抱きにされ、ヴァイオレットは素っ頓狂な声を上げてしまった。


「り、リア?」

「そこまで僕を煽ったんだ。覚悟してもらうよ」


 そう言って妖艶ようえんに笑うアリアの瞳の奥では、欲情の炎が揺らいでいた。


(リア、完全にスイッチ入っちゃってる……!)


 ヴァイオレットは下腹部がうずくのを感じた。

 いつもは丁寧に愛撫をしてくれるアリアだが、今日はベッドに寝かせるや否や下着の中に手を忍ばせてきた。ピチャッという水音がした。

 アリアが嬉しそうに笑った。


「あれ、ヴィオラ? この音は何?」

「い、言わないで……!」


 ヴァイオレットは顔を覆った。


「お姫様抱っこされただけでもうこんなに? あっ、もしかして部屋に連れてきた時点で期待してた?」

「っ……!」


 ヴァイオレットは顔がカッと熱くなるのを感じた。図星だった。


「そっかそっか」


 アリアが嬉しそうにそう言った後、倒れ込むようにしてヴァイオレットに抱きついてきた。


「——僕もだよ」

「あぅ……!」


 耳元で低音でささやかれ、ヴァイオレットの全身を電流が走った。ビクッと体が震えてしまった。

 可愛いねと笑い、アリアが再び下着の中に手を入れてくる。


 ——そのまま、二人は心ゆくまで愛し合った。




◇ ◇ ◇




 ——夜。

 サイラスとオリヴィアはクラーク家の当主室に集まっていた。


 彼らは夫婦だというのに、その間にはヴァイオレットとアリアのような甘さは少しもなかった。

 具体的にはサイラスが焦った表情でオリヴィアに詰め寄っていた。


「お、おいっ、オリヴィア。これ以上ヴァイオレットとジョーンズ家の次男を接近させていいのか⁉︎ いくらヴァイオレットでも男爵家の次男に婿入れさせるわけにはいかない、このままだとルーシーを次期当主にすることができなくなるぞ!」

「騒ぎ立てないでください。不愉快です」


 オリヴィアは不快感を隠そうともせずに眉をひそめた。


「あ、あぁ、すまない」


 サイラスはあっさり引き下がった。

 男性社会のこの世界では、妻の苦言に夫が身を縮こまらせることなどまずあり得ない。


 しかし、それが日常化しているのがクラーク家だった。

 サイラスは己に自信がないため引っ張ってくれるオリヴィアに逆らうことができないし、そんな環境だからこそ彼女も居座り続けているのだ。


 ちなみにオリヴィアが防音魔法を使えるため、二人の会話が外に漏れることはない。

 彼女がある程度の魔法師としての才能を持ち合わせていたからこそ、ルーシーも様々な魔法を使うことができるのだ。


 オリヴィアはハァ、とため息を吐いて口を開いた。


「ジョーンズ家の今の勢いはまぐれに違いないですが、一応波に乗っていることだけは事実です。あえて会う回数を増やしてあげたのは、よりジョーンズ家との親密性を高めるためであって彼らの結婚を許可したわけではありません。無価値なヴァイオレットをジョーンズ家の手綱を握るために使えるのならば、これほどの有効利用もないでしょう」

「おぉ、なるほど。確かにそうだな!」


 サイラスは先程までの不安そうな表情から一転、実に楽しそうにうなずいた。


(どうせ私の話の本質など理解していないのでしょうね)


 自分の言葉を鵜呑うのみにして信じて疑わらない夫を内心で馬鹿にしつつ、オリヴィアは言葉を続けた。


「ヴァイオレットとジョーンズ家の次男がどれだけ仲良くしようが婚約しようが、結婚さえさせなければルーシーを次期当主にする道が閉ざされることはありませんし、それに今回はそのルーシーの申し出なのです。あの子の懸念も少々心配しすぎだとは思いますが一理ありますし、あの子がより婚約者と親密になれば自然と次期当主へと推す声も高まるはずです」


 オリヴィアはニヤリと悪どい笑みを浮かべた。

 ——自分がそのルーシーに騙されていることにも気づかずに。


「そうだな。ルーシーのほうが明らかに市民からの評価も高いし」

「えぇ。ヴァイオレットがいくら雑用をこなそうが、それが平民どもに伝わることはありませんからね」

「まさにタダ働きだな。哀れなやつだ!」


 サイラスが腹を抱えて笑った。


「下級貴族なのですから、当然の報いです。ルーシーを推す声が無視できないほどに高まったら、機を見てヴァイオレットを罠にでも嵌めて評判を地に堕としてやればいい。ルーシーもヴァイオレットのことは憎んでいますから、喜んで乗ってくるでしょう。そのときまでにジョーンズ家の経営も乗っ取れるようにしておけば、全てが私の思うままです」

「そういうことか! さすがはオリヴィアだな!」

「ふん。子爵家の落ちこぼれと男爵家を手玉に取ることなど簡単です。策謀で私に勝てる者などいるはずがないのですから。せいぜい滑稽に踊って楽しませてくれればいいのですが」


 オリヴィアは見下したような笑みを浮かべた。

 そして、この話は終わりとばかりにサイラスに近づいた。


「この家のことは私に任せていればいいのです。あなたの一番の武器はこっちなのですから」

「おぅ……!」


 オリヴィアは通常時でも存在感のある夫のモノを服の上から撫でた。


(これしきで喘いで情けない限りですが、これだけは本物ですね。というより、これがなければ私が伯爵家の夫人などという席に収まるはずがありませんから。この男も運がいい)


 うめき声をあげるサイラスを心の中でせせら笑いながら、オリヴィアはそのズボンに手をかけた。

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